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オールドイースト  作者: よこ
第1章
13/532

1-2 オールドイーストに来た日(6)

謎の家を出ると、歩きながら、リパウルは返信用のメッセージを打ち込んでいた。


【街の案内をしています。三十分後、到着します】


…器用だな。


アナベルは感心した。メッセージがやり取り出来て、持ち運べる電話というのは、ものすごく便利だ。カディナでは一部の人間しかもっていなかった。


リパウルはメッセージを送信すると一仕事終えた後のように安堵のため息をつく。


「エナって…恐いの?」


何の気なしに訊いてしまう。


「うーん、どうかしら…」

と、リパウルが考えながら話そうとしたら、再びメッセージが届いた。リパウルは慌てて確認する。


「“なら、そのまま終業していい”って」


リパウルはそのメッセージに、簡潔な謝罪メッセージを返信すると、アナベルに向き直り

「ごめんなさい、お騒がせしました」

と、アナベルにも謝罪した。


「ううん、それより今の…」

エナのことより、先ほどの少女の方がよほど気になった。


「エナの話?」

「いや、あの女の子…」

アナベルの言葉にリパウルは、ふーと、息をついた。


「ルーディアかぁ…」


***


…ルーディアのことは、外では話せないの。



「だから、少し、別の人の話をしてもいいかしら?」

バス停でバスを待ちながら、リパウルはやや言いにくそうに切り出した。


「うん、いいけど…」

「さっき行った家…アルベルト・シュライナーといって、土壌地質研究所の、研究主任の一人なんだけど…」

「へぇ、偉い人なんだね」

と、相槌を打つ。リパウルは気弱に微笑むと

「その人は、その…アナベルと同じ越境者だった人で、自分に少し余裕が出来てきたから、地方からの留学生や、オールドイーストの遠方から来る苦学生に、無償で自宅を宿として提供してて、食事などを含めた、生活支援をしている人なの」

アナベルは驚いた顔になる。丁度、そのタイミングでバスが到着した。


「それって…」

「そう。そんなにたくさんの人数は面倒を見られないんだけど…先月の七月で、今までいたハインツという大学生が、職を得て官舎に入ってしまったの。で、今、部屋に空きがある状態なの…多分…」

言いながら、リパウルはアナベルを促し、バスに乗車した。


「あの、それ…」

「そう、でも、ごめんなさい。私の一存では決められないの」

アナベルは先ほどの謎のやり取りを思い出した。リパウルは続けて

「ただ…、アルベルト…シュライナー氏は、その…」

と、口にするが、どう言ったらいいか、迷っているようだ。


「変な人なの?」

リパウルの様子にアナベルは首を傾げた。


「違っ!!」

ふいに、リパウルが大きな声を上げかけ、慌てて自分で自分の口をふさぐ。バスの中だった。恥ずかしかったのか、妙に顔が赤い。


「そうだよね。話だけ聞くと立派な人だな、と…」

アナベルも慌てて、自分の発言のフォローをする。


リパウルは赤い顔をしたまま、無言で頷くと

「そう、つまり、あなたのことを知ったら、きっと支援を申し出てくれると思うの…」

最後はため息混じりだ。


「あの、ドクター・ヘインズは、その人のこと…」

「え…?」

「苦手なの?」


リパウルは絶句した。そう見えるのか。いや、どう見えてほしいというのか?


「苦手…ではないわよ。多分…」


いや、ある意味では苦手なのかもしれない。リパウルは妙な具合に納得しかける。


アナベルは尚も聞きたいことがありそうだったが、ためらっている。おそらくルーディアのことだろう。


「だから、あなたとエナさえ構わなければ、よい話だと思うの」

ようやくリパウルは、ここまで言えた。


「私は全然構わないよ。むしろ願ったり適ったりだ」

と、アナベルは勢い込む。


「でも、その、アルベルト…シュライナー氏は男性だし、もう一人の下宿人はリース・ウェルナーといって、あなたより一級上の男子学生よ。その、男性ばかりだけど、大丈夫?」

「だって、その…」

と、言いよどむ。現に地下には、女の子が住んでいる。


「あ、そうね。でも実質的には、その…」

「うん…でも、大丈夫じゃないかな。私、カディナでもカイルと二人暮しだったし」

「でも、叔父さんでしょう?この場合は、ちょっと違うし」


アナベルは少し硬い表情をしてリパウルを見つめる。リパウルは取り繕うように

「もちろん、二人とも紳士よ。あなたが気にならないのなら、大丈夫。おかしなことは起こらないと思うわ」

「おかしなこと…」

「ええ、いいの。ごめんなさい、よけいな気を回しすぎね」


咳き込むような調子で、慌しくリパウルはフォローした。


アナベルはこの手の話題に弱い。苦手だといってもいい。男性に対して、自分が女性であることを、拒絶したい願望がある。が、客観的に見れば、リパウルの懸念は妥当なものなのだろう。アナベルは不自由さにため息をついた。


「もし、その、シュライナーさんに会う機会があって…」

「うん」

「自分が苦手なタイプだったら、あきらめるよ」

「…アナベル」

「ごめん、正直にいうと私、大人の男がちょっと苦手なんだ…」


アナベルは、少しこわばった表情でそう告げた。その横顔を見ながら、リパウルは余計な気を回したことを、後悔した。


タフで聡明で屈託がない…リパウルの抱く、アナベルの印象は、今の時点ではそんなところだ。が、闇がないわけではないのだろう。ざっくりと聞いただけでも、彼女の境遇は明るくはない。そもそも父親がいる筈なのに、彼女が叔父の治療費を工面しなければならないというのは、どうしたわけか。エナの口からも、アナベルの話にも、彼女の父親のことは、ほとんど現れない。亡くなったのだとしたら、そう伝えられているだろう。


「アナベル…私が言うのも変だけど、アルベルトはいい人よ…」

「うん、そうだと思う。ドクター・ヘインズが妙な人を紹介するとも思えないし、あの子も…」と、声を潜める。「そんな変な人のところにいない気がするんだ。その、上手くいえないけど」

「そうね」

と、リパウルは強く頷いた。


***


 その日はそのままリパウルの部屋へと戻った。研究所の所員専用の宿舎で、リパウルの言うとおり、なかなか快適だった。


リパウルが、リビングルームのソファの背もたれを倒してベッドにし…そういう仕様なんだそうだ…布団を敷けば、簡易ベッドが出来た。

「友人なんかは、足がはみ出る…って、ぶつぶついうんだけど、アナベルには…かろうじて大丈夫そうかな?」

と、リパウルはベッドとアナベルを見比べながら苦笑する。


アナベルは即席のベッドに感心してしまった。


「アルベルトの家が駄目だったら、うちで暮らせばいいのよ」

いいながら、リパウルは片目を瞑る。


出来れば本当にそうしたいところだが、所員用の宿舎だ。身内や、たまの来客ならともかく、同居となると不可能だろう。第一、母親であるエナがつき離しているというのに、他人のリパウルに、そこまでお世話になるのは流石にためらわれる。


一日で色々ありすぎた。カディナを発ったのが朝のこととは思えない。時差を含めると、一日以上になるのか。初めての場所だったが、アナベルは横になるなり、熟睡してしまった。


翌朝はリパウルの声で、目が覚めた。


「ごめんなさい、疲れているのに。出勤しなくちゃいけないから、あまり長く寝かせてあげられないの」

申し訳なさそうに謝る声と、きれいな顔が一日の始まりというのは、そうとうの贅沢だ。アナベルは起きた瞬間、自分がどこにいるのかすぐに自覚して、跳ね起きた。


「いえ、こちらこそ。寝坊しちゃって」

猛烈に恥ずかしい。


「いいのよ、疲れているに決まっているでしょ」

と、リパウルは気遣うように微笑んだ。


朝食の準備は、すでにリパウルが済ませていた。


昨晩の食事の時も思ったのだが、リパウルには欠点がない。昨晩の食事も、今の朝食もきわめて美味である。リパウルはありあわせで大したものは出来ないというが、謙遜でないとしたら、本気になったらお金が取れるんじゃないだろうか、とアナベルは真剣に考えた。


「ドクター・ヘインズ、彼氏とかいないの?」


思いついたまま、疑問を口にしてしまう。リパウルは、ベーコンをカットしていたナイフを、ガチャンと皿に滑らせる。


「な、な、なんで?」

「あの、ごめんなさい。失礼な質問だった?だって、美人でやさしくて料理も上手で、もったいないなぁって思って…」


余計なお世話だが、自分が男だったら、絶対猛アタックするのになぁと、妙なことを考えてしまう。完璧すぎて近寄りがたいとかなんだろうか。リパウルは苦笑した。


「褒めすぎよ。でも、ありがとう。彼氏は…募集中かな?」


いないのか!!オールドイーストの男どもは何をしているのか!?


アナベルは愕然とした。


***


 今日一日をどうするかについては、昨晩打ち合わせしていた。リパウルは、平日はほとんど使っていないというプライベート用の携帯を、アナベルに貸してくれた。少し操作してからアナベルに渡すと

「昨日教えたとおり、私以外からはかからないように、設定してあるから大丈夫。あと、バス用の電子マネーカードね。これがあれば、セントラルシティ内なら、大抵どこへでも行けるわ。裏に路線図があるから、よく見てね」


二つのアイテムを受け取りながらアナベルは頷いた。昨日決めたとおり、まずは図書館に行く予定だ。


「昨日の感じだと、ひょっとしたら、ボスから呼び出しが掛かるかも。どちらにしても、エナを無視して進められないし…」


…大変そうだな、と申し訳なくなる。面倒なことは丸投げしているくせに、決定権はないというのは、とても大変そうだ。


「ごめんなさい…」

「え、やだ、アナベルのせいじゃないわよ。こちらこそごめんね。気にしないで。私、愚痴っぽいの。なかなか直らなくて…」


リパウルは困ったように微笑んだ。なるほど、欠点がないわけではないのか。でも言うほど愚痴っぽい感じもしない。


「ううん、愚痴じゃなくて事実だと思う。でも、私も必要以上に申し訳ないって、言わないようにするよ」

と、アナベルは答えた。リパウルは、彼女にキスしたくなった。




 リパウルは、アナベルとバス停で別れた。セントラルシティの中央図書館は九時には開館しているので、丁度よい時間に辿り着くだろう。リパウルは、始業前に研究所の自分用の業務スペースに入り、PCを起動する。朝一番で、昨日の報告と、相談事項をまとめてエナ宛に送信したい。そう思いながらメッセージソフトを開くと、エナからメッセージが届いていた。


【アナベルの件:九時に執務室に来られたし】


朝一番だ。なんとなく、エナはアナベルにはさして興味がないのかと思っていたのだが、そうでもないのか?リパウルは、エナがアナベルの事情を自分に全く伝えていなかったことに、腹を立てていた。


急な予定と重なってしまい、自分もムラタもどうしても外せない。ロブの息子に頼んだが、即座に断られた。申し訳ないがムラタに代わって、寮に案内して、説明会に出席させてくれないか…、伝達事項はその程度だった。


アナベルが言ってくれなければ、今頃彼女は寮で途方にくれていた筈だ。まだ、十五歳で、あんなに色々なものを背負って、それなのに、周囲のことも気遣える。自分が十五歳の頃とは真逆だ。その頃の自分のことを思い出すと、自己嫌悪でへこみそうになる。間違いなく、当時の自分は、世界は自分を中心に回っていると思っていたのだ。


 リパウルはため息をついて、時計を見上げた。今、出れば、九時丁度にエナの執務室前だ。リパウルは、自分のスペースを後にした。


「失礼します」


こちらが来るように指示した場合は、いちいち入室指示を待たないこと。時間に貪欲なエナの指令の一つだ。


 ノックして一声掛け、そのまま入室する。エナは机上の資料から顔を上げる。

リパウルは指示を待たずに、昨日の報告を済ませる。


「勝手をしてすみません。ですが、彼女の事情を考えると、シュライナー氏にお願いするのが一番よいと判断しました」

「彼と連絡は?」

「いえ、まだです。了承頂ければ、直ちに手配します」

リパウルは質問したいことが山ほどあったが、ボスの言葉を待つ。


「…あの子は、何か批判めいたことを言ってた?」

「いえ、批判めいたことは一切言われませんでした」


思い返してみると、アナベルの口から今回のことで、エナを批判する言葉は一度も吐かれなかった。泣くのを堪える様な表情は、何度か見せたが。


「わかりました。シュライナー氏に連絡を取ってみて。それと、バイトの件だけど、まだ、決まってないようだったら、先ほどあなたが言ったハウスキーパーで、一件、やらせたいところがあります。ルーディアの件も、もう一人の学生とシェアすれば、収入の足しに出来るでしょう」

「ありがとうございます」


リパウルはほっとして、ボスに感謝した。エナは執務机の上を指で軽く叩きながら

「本当は勉強だけに専念させるつもりだったのだけど、あの子の成績は余りにもひどいから」


「…申し訳ありません」

「いえ、あなたが知ればアナベルの意思を尊重しようとするだろう、とは思ったの。そうね、身内が気になって勉強できません、となっても本末転倒ね」


バイオロイドであるエナには、一般的な意味での“身内”はいないのと同じだ。経験や知識から類推出来ても、いまひとつ実感にはならないのかもしれないと、リパウルは思った。


「学業の方も出来る限りサポートするよう努めます」

「よしてちょうだい、時間の無駄よ。あなたには自分の研究があるでしょう。これは、あの子が勝手に選択したこと。条件をクリアできない程度の人材なら不要です」


…やはりエナは厳しい。が、ボスの考えをきいて、リパウルは少しだけ納得した。


「あと、必要なことはメッセージで送るわ。動きがあれば報告を入れて。なければ不要です」

「わかりました」


退室の知らせだ。少しほっとする。


目礼して、部屋を出ようとするリパウルにエナは

「こんなことで時間を使わせてしまって申し訳なく思っているわ。…アナベルのことはムラタが一任することになっていたのだけど、昨日は外せない予定が入ってしまって…」


「いえ、それは…」

「ロブの息子が素直に承諾していれば、あなたを煩わせる必要もなかったのだけど、…まあ最初から、当てにはならないことは分かってはいたのだけど…」

「え?」


最後の方の呟きはぼやきに近かった。リパウルは思わず訊き返してしまう。ぶつぶつ言っていたエナは、リパウルの返しに、目を瞠ってから、にっこりと笑顔を返す。


「いえ、こちらの話です。業務時間中に私の個人的な用事であなたを拘束してしまって、すまなかったわね。ありがとう、リパウル」

と、ねぎらいの言葉を掛けた。


リパウルは少し微笑むと

「いえ」

と短く返し、退室した。


 そのまま真っ直ぐ、業務スペースに戻ると、メッセージソフトを立ち上げる。土壌地質研究所のアルベルト・シュライナーに宛てて、メッセージを作成する。あいさつは簡潔に、必要なことだけを。途中、何度も読み返し、納得してから送信した。それから、業務スペースを後にして、研究施設へ向かった。


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