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オールドイースト  作者: よこ
第2章
126/532

2-3 十七歳(7)

かなり軽めですが、BL描写が少しだけあります。苦手な方はご注意ください。

レストランの外にでると、ウバイダは自分の言葉を実行に移した。携帯を取り出して、イーサンに電話をかけ始めたのだ。


「うん、そこ。来られる?…わかった」

言葉少なく通話すると、すぐに電話を切った。

「え、イーサン、来るのか?」

「ああ、彼のうちはここから近い」


妙な話をたくさん聞いたせいで、変に身構えてしまう。出来ればもう少し、色々整理してから対面したかったような…。と、待つほどもなくミニバイクに乗って、イーサンがやってきた。バイクを止めると、その場において、無表情で近づいてくる。


「今日、親父さんは?」

前置き無しで、ウバイダは、イーサンに尋ねた。

「エステルのところだ。来るか?」

「いいかな?」

「連絡は?」

「今からする」

それだけ言うと、ウバイダは携帯を鳴らす。


「ああ、イーシャ。今日はイーサンのところに行くから。明日帰ったら、母さんに話すよ。いつも迷惑かけて…アナベル?かわるよ」

無言のままウバイダから携帯を渡される。アナベルはうろたえながらも受け取った。


『あ、アナベル?大丈夫?どうなったの?』

「いや、今、イーサンが迎えに来てて」

『え?イーサンそこにいるの?アナベル大丈夫?ウバイダと何か…』

「いや、多分、そういうんじゃないと思う。その、バス停まで送ってもらうから、私は大丈夫。その、イーシャは…」

『ああ、慣れてるから、平気。アナベルが大丈夫なんだったら、いいわ。母さんはがっかりすると思うけど』

「ごめん、役に立たなくて」

『ううん、そんなことないわよ。イーサンと仲直りしたんでしょ?』


…そもそもケンカをしてたのか?と、アナベルは問いたい。人の関係と言うのは本当に、よくわからない。


「そうだね、多分…。ごめん、よくわからない」

と、言うと電話の向こうでイーシャが笑った。

『そうよねー。付き合いきれないっていうか。じゃ、明日、学校で詳しく教えて』

「うん、あの、ウバイダに…」

『ああ、返さなくて平気、じゃ、気をつけて帰ってね~』

と、明るく言うと、イーシャは通話を切った。アナベルは少し申し訳なさそうな表情になって、携帯をウバイダに返した。受け取った相手の顔は、すでに微笑が戻っている。


「じゃ、バス停まで送ろう」

「え、いいよ。二人で行きなよ」

と、アナベルが断ると、イーサンが

「ここでお前に何かあったら、お前のお目付けがうるさい」

と、無愛想に言うと、バス停に向かって先に立って歩き始めた。仕方なくアナベルはバス停まで送ってもらうことにした。


 結局、バス停でバスが来るまでの間、イーサンとウバイダは付いていてくれた。二人は並んで立っていたが、一言も言葉を交わさない。バス待ち列に並んで立っていたアナベルは、なんともいたたまれなかった。どう解釈しても、自分はただのお邪魔虫ではないか。こんなにバスの到来を待ち望んだことはない。


バスが来たので、アナベルはほっとしてバスに乗り込んだ。

「あの、今日は色々ありがとう」

と、アナベルは、かろうじてウバイダに伝えられた。ウバイダは、アナベルの言葉に、柔らかい笑みを浮かべ、無言で頷いた。


***


 バスが、街灯の明かりだけの薄暗い道路の向こうに姿を消して、ようやくイーサンは踵を返した。ウバイダも黙って付いて歩く。ミニバイクを置いた場所に戻る少し手前で、ウバイダが足を止めた。イーサンも気が付いて、足を止める。


「イーサン」

「なんだ?」

「キスしない?」


ウバイダがそう言うと、イーサンは何も言わず、彼にキスをした。ゆっくり丁寧に唇を重ねてから、少し離れる。


「めずらしいな」

「そう?」

「外でされるの、いつもは嫌がるじゃないか」


イーサンのうっとりとした表情を堪能しながら、ウバイダは自分も似たような顔をしているのだろうと思った。イーサンの言葉には答えず、ウバイダは、今度は自分の方からイーサンにキスをする。周囲には人の姿がまだあったが、構わないと思った。彼は自分の恋人で、自分は彼の恋人だ。お互い満足するまでキスをしてから、ウバイダは額をイーサンの肩に預けた。


「帰ろう」

「そうだな」

ウバイダは、イーサンの声が、緊張でかすれているのに気が付いた。それに、自分の声も同じようにかすれていた。


***


 二週間あまりアナベルを悩ませていた、偽装デートも無事、幕を下ろすことが出来た。アナベルは久しぶりで爽やかな月曜日を迎えた。茶番につき合わされたのだということは分かっているが、ウバイダとのデートは、振り返ってみると、意外と楽しかったので、事情を知らない女子だったら、確かに犠牲になったかもしれないと、思ってしまったほどだ。


なるほど、イーシャやウォルターが心配する筈だ…と、思いかけて、そういえば、全部イーサンの仕込みだったのだということを思い出して、不愉快な気分になった。


…なんだ、一体?どういうつもりなんだ?とは思ったが、もうすんだことだ。そう思って切り替える。

今日からは学期末試験に向けて、いよいよ勉強に集中しないと、そう思い返すと、ベッドから跳ね起きた。


 ランチタイムにイーシャと合流すると、早速昨日の話になった。

「アナベル、昨日、大丈夫だった?」

「イーシャこそ、ウバイダのあの電話、大丈夫だったの?あいつ、帰ってきたの?」

「ううん、あ。電話の方は大丈夫。でも、母さんちょっと怒ってた。女の子を放ってなにやってるんだって」

「いや、バスが来るまで、ついててくれたし、ディナーは美味しかったし、結構楽しかったよ」


「楽しかったの?」

と、イーシャが意外そうに目を見開いた。

「え?変かな?ウバイダって、中等校のころ、結構、女子と付き合いがあったの?」

「そうねー。大抵の女子はイーサンとウバイダのことは知ってたみたいだけど、自分の兄を捕まえてこんな風に言うのはなんだけど、結構、女子受けするタイプと言うか…」

「そうだね」

なんと言っても王子だ。


「アナベルもそう思う?」

「うん、好みではないけど、言ってる意味は分かるよ」

「そっかー。なら、そうなのね。えーと、だから女友達は結構いたのよ」

「なんだね。だからか、あんまり構えなくてすんだし、イーシャやイーサンの話も聞けて

…」

「え?ウバイダ、妙なこと言ってないでしょうね?」

と、イーシャが顔をしかめて確認してくる。


「そんな変な話はきいてないよ。セントラルに進学した理由とか」

アナベルは慌てて答える。

「ああ、そんなことか。そういえば、あらたまって話したことなかったか…」

イーシャはほっとしたように息をついた。


「ウバイダは料理学校に行ってるんだね」

「そう、今は三年で、来期はどうするかって、父さんとも話してるんだけど」

「そうなの?」


「父さんは、ウバイダはセンスがあるから、もう二年、もっと上の専門学校に通わせたいみたいなんだけど、ウバイダは欲がないっていうのか」

「そうなの?」

「うーん、学費かけるのは悪いって、アブドウジャのとこに修行に入るって言ってるんだけど、父さんは難色をしめしてるの。ただ、そんなはっきりと話してるわけじゃないんだー。ウバイダって、いつもニコニコしてるけど、人とぶつかって自己主張するってことがあまりなくて…何を考えてるのかよくわからないのよね」


イーシャの説明を聞いて、ようやく昨日のウバイダの憤懣の中身が見えたような気がした。おそらく、イーサンもモハメドの親父さんと同意見なのだろう。


「そっかー。なんとなく納得…」

「そういう話もしたの?」

「いや、でも、なんとなくそういう感じの話しになったというのか…」

「ふうーん、結構打ち解けたのね」


「イーシャは、ダンス、そんなに熱心だって今まで知らなかったよ。その…ごめんね。」

と、アナベルが話を振ると、イーシャは慌てたように、

「え、別に…好きでやってるだけで、私なんて全然…」

と、手を振った。と、急に背筋を伸ばして

「でも、昨日、ウバイダからの伝言を伝えるついでに、ドミトリィのこと話してみたんだ。母さんに。うちに来たがってるって話。ウバイダに腹を立ててる今がチャンスって思って」

「すごいね…」

ウバイダも見習えとアナベルは言いたくなった。


「そう、怒って落ち込んでたから少し話しやすかったの。こっちのことはどっちでもよくなってるっていうか」

「それって、どうなの…?」


アナベルの方は、母親とは月に一度しか会わない上、約一年前まで会ったこともなかったのだ。イーシャのような母娘関係というのが、正直どういうものなのか、よくわからない。が、そういうものなのかと、アナベルの方が悄然となってしまった。




 宅配のバイトは十一月までで辞めることになっている。マネージャーは残念がってくれたが、古典の追試の時に、急に休んだこともあって、勉強の方に時間を割く必要が出来たという理由を、受け入れてくれた。もうじき十一月も終わりだ。ミニバイクで走る時の澄んだ空気が、季節の変わり目を如実に伝えていた。


 宅配のバイトを終えると、自転車に乗り換えて、ウォルターの家へと向かう。家に着いてインタフォンを鳴らすが、誰も出てこなかった。また、居留守かと、アナベルは鍵を取り出して、屋内に入るが人の気配がしない。マウンテンバイクはあったから、居る筈だと思うが普段なら、廊下の途中でアナベルが来たことに気が付いて、出て来るのに、と、わけもなく不安になってくる。


キッチンまで行くと、リュックを置いて、しばらく待つが出てくる気配がない。そういえば、昨日カフェで見たとき、なんの表情も浮かべていなかった。何かあったのか?と、不安のあまり胸のあたりがザワザワと痛くなってくる。ウォルターの部屋まで行ってドアを叩いて声をかけてみる。


「ウォルター、具合でも悪いのか?」

と、背後のドアから

「何?」

と、声がかかった。アナベルは飛び上がらんばかりに驚いた。


「あ、そっちか…」

「ああ、五時半か。ごめん、ちょっと寝てた…」

言いながら、まだ眠そうだ。珍しいこともあるもんだ。もっともここ数日、なにやら忙しそうではあったのだが。


「大丈夫か?作業終るまで…」

「うん、こっちで寝てていいかな。すんだら起こして」

と言うなり、また書庫の中へと姿を消した。眠そうな以外、普段通りだ。アナベルは安堵のあまり泣きそうになってしまった。


 いつも通りに作業を終えると、今度は書庫の方へ声をかける。室内から、返事が聞こえたので、アナベルはキッチンに戻って、コーヒーを入れる準備を始めた。のっそりとウォルターが入ってきた。珍しく手に何も携えていない。


「大丈夫か?眠いんだったら」

「いや、ちょっと…」

と、意味不明な呟きと共に、ウォルターは椅子に座った。何ももっていないことに気が付いて、逡巡するように、自分の手を見て、諦めたようにため息をついた。アナベルは

「コーヒーでいいんだよな?」

と、確認をしながら返事を待たずに淹れはじめる。


「あ、うん…」

と、ウォルターが呟くと待つほどもなく、コーヒーカップが目の前に置かれた。ウォルターはほっとしたように、コーヒーを口にした。


「昨日、どうだった?」

と、息をつきながらウォルターが尋ねる。

「偽装デート?」

と、アナベルが応じると、ウォルターが少し、表情を緩める。

「そっちこそ、どうだった?」

「何が?」

「イーサン、見に来てたろ?ちゃんと女に見えてたって、言ってたか?」

と、アナベルは流しを背もたれにして、テーブルの方を向き直る。


「うん、普通に可愛かったよ」

と、ウォルターがコーヒーを飲みながらあっさりと言った。

「あ…そう…」

何やらアナベルの方が照れてしまう。

「あの…イーサンは?」

「イーサンも褒めてたよ。結構いいなって」

と、相変わらず淡々とウォルターが言葉を続けるので、アナベルの方が動転してしまう。


「えっと、ディナーの場所が結構いいレストランで、本当に、あの格好で助かったなって…」

「そうなの?あれ、君が買ったの?」

「いや、リパウルが…ほら、今月誕生月だから…」

と、早口で説明する。と、ウォルターが急にむせた。


「大丈夫か?」

「あ、うん…そうなんだ。ドクター・ヘインズ、センスがいいね」

「そう、アルベルトも便乗したって、だから、一式貰い物だ。あ、ペンダントだけはカイルからだけど…」

と、言いながら見ると、ウォルターがコーヒーカップを凝視して、固まっている。


「へえ、カイルさんから。…よかったね」

「そう、リースまで手紙書くだろって、便箋をくれて…」

エナまでお祝いを…と言いかけて止めた。ウォルターは嫌な事を言われたらしいのに、流石にそれを聞いたら不愉快だろう。

「そうなんだ、すごいね…」

「そう、今年は特別だなー。でも、色々助かったけど…」

と、ふと、ウォルターの様子がさっきから変に単調なのに気が付いた。


「どうかしたのか?」

「え?何が」

「いや…」

気のせいだろうか?アナベルはふっと笑って

「心配しなくても、お前からも何かせしめようとか考えてないから…」

と、冗談を言った。が、ウォルターは何故か俯いてしまった。


「なんだよ?その、本当に嫌味とかじゃないぞ?」

返ってアナベルの方が慌ててしまう。と、ウォルターがコーヒーカップをテーブルに置いて

「あの…」

と、言いかけた。と、インタフォンが鳴って

『俺だ』

と、イーサンが来訪を告げた。ウォルターが珍しく、思い切り顔をゆがめた。

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