兄貴分
考え事をしていると、ノックと共に一人の男が部屋に入ってきた。
「よう、エル」
「……早速、愛称か。確か貴方は……」
「クイックだ」
帽子の鍔を指で押し上げながら笑って名乗る男性。
この盗賊団は人が多く、年齢も様々ならば普通に女性が何人もいる大所帯だ。なので名前や顔を覚えるのに苦労しそうだと宴会の時点で思ってはいたのだが、クイックと名乗る彼は特徴的なので印象に残っていた。
シャツにベスト、ジーンズにチャップス、普通の物よりも大きいバックル。中でも特に特徴的なのは、室内でも脱がないテンガロンハットだろう。
旧世界の中でも古い方の歴史に出てくる、所謂カウボーイだとか呼ばれていた者達の恰好だ。腰にはホルスターがあり、一丁の拳銃。これも今時手間の掛かる回転式拳銃。ガンマンというわけか。
と、このように前時代的と言うか時代錯誤と言うか……全体的に古臭い男だったのだ。しかし古臭いとは言え歳は二十代半ばというところではあるので、本当に旧世界からやって来たかのようである。
正直、これは目を引くというか、要するに目立つ。
今時、このような服は売ってなどいないだろうに……オーダーメイドだろうか?
「宴会の時に紹介されたと思うが、新しく貰った名はエルディだ。このような恰好ですまない」
「気にすんな」
横になっていた状態から起きはしたが、ベッドに腰掛けた俺は上半身に何も羽織っておらず包帯が巻かれた状態を晒してしまっていた。身形を整えていないので謝ったが、クイックはそう言ってくれながら部屋の隅に置かれていた樽に座る。あの樽の中身は何だろうか、酒か?
「というか気にしすぎだ。お前、もう王族でも貴族でも何でもないだろ。ここじゃ、形式ばった恰好も挨拶も態度も必要ねえよ」
「それもそうだが……今まで、そうやって生きてきた。急に変えられるものでもないだろう」
「はあ、堅っ苦しいねえ。俺も元は貴族だが、お前程には凝り固まってなかったぜ?」
「……そうなのか?」
盗賊団には様々な事情を持った者がいることを知った。その中には元々権威を持っていながらも追い落とされた者がいてもおかしくはない……か。
「ああ。お前が元貴族なんて嘘だ、と周りに言われる程だ」
楽しそうに笑いながらクイックが言う。立場を追われたことなど、彼自身は気にしていなさそうな態度だった。
……よくよく考えてみれば、俺もあまり気にしてはいないな。王位継承者から一気に犯罪集団へと身を落としたというのに、抜け出そうとも王位を取り戻そうとも思っていない。不思議なものだ。
「それで――妹の方なんだが、部屋を離されて心配じゃないのか?」
と、突然そのようなことを聞かれた。
「……もしかして、それを心配して?」
「いや、まあ、な。普通、盗賊団の中に身内を放り込まれたら、もっと心配するだろ? なのにお前は平然としてるから、どっちかって言うと……お前への興味の方が強いかもな?」
「そうか――」
俺への興味とは言うが、それでも妹の身を案じてくれていることは確かだ。全く、この犯罪集団はどうなっているんだ? 理由も聞かず騎士達に手を掛けてまで俺達を助けてくれたガルム達に、嫌な顔もせずに受け入れてくれたシルギィ、そして様子を見に来てくれたクイックと、心根の悪い奴はいないじゃないか。
そう思い、思わず軽く笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「いや、すまない。妹なら心配要らないだろう、ここには優しい奴が多い」
「……そうかねえ?」
そう言うとクイックは帽子を押さえて少し目深に被り直す。
「あまり過信するなよ? 同じ元権力者として忠告しておいてやるが、俺達は必要なら人だって殺すんだぜ?」
「……それは……」
確かにガルム達は俺達を助ける為とは言え、何の躊躇いもなく騎士達を手に掛けていた。それは、今後は自分にもその必要性が生じる可能性がある、という事実だ。
「確かに、この盗賊団は不当に立場を追われたり国にいられなくなった連中だ。だからこそ、他人に優しくも出来るし、出来る限りは必要な分だけを盗むだけに止めようとする」
「――必要以上には盗まないと?」
そこは意外だった。盗賊というだけで、盗めるものは全て盗んでしまうものだと思っていた。
「ああ。何もかも全部盗っちまったら、今度はそいつが国で生きていけなくなっちまうだろ?」
「なるほど……確かにそうだな。金も食料もなければ、この団にいる者達のように生活出来なくなり国を追われる可能性が高い」
これは俺が馬鹿だったな。当然の帰結だ。
「だがな、不当に国を追い出されたからこそ貴族や王族に対する恨みも強いんだ。だから、この団では一般人は必要なければ殺さない。だが、貴族やらは殺しても構わないってことになってる」
肩を竦め両手を広げて溜息交じりにクイックが告げる。
「だが、貴族こそ全て盗むだけにしてやれば良いのでは? 何も命まで奪わなくとも……」
俺の言葉にクイックはもう一度、深い溜息。
「はあ……あのなあ、王じゃなかったにしても王位に就く立場だったんだから、少し考えれば分かるだろ? 強い恨みを持ってる奴等に、いくら嫌いでも殺しちゃいけませんよ、なんて言って集団生活が成り立つか?」
「あ……」
そうか、それでは統率が取れなくなる。不満を持った者を無理に抑え付け続けると、それはどこかで爆発してしまうものだ。だが、しかし……ガルム達から話を聞いて、俺の国からしてみてもそれを守れていたとは思えない。持てる権力で不満を力付くで抑え続けていたからこそ、溢れる者がいるのだから。
「軽率だった、すまない」
「…………」
クイックは頭を下げた俺を見ると、仕方ない、といったようにもう一度溜息。とは言え、その溜息の吐き方には、何か優しさを感じた。
「あと、態度や口調は早めに切り替えとけ」
「別に、このままでも支障はないだろう?」
「……元爵位持ちの仲間から、そしてとっても優しい俺から、もう一つ忠告だ。あまり、そういう王族然、貴族然とした態度取ってると、反感買うぞ?」
「……忠告、感謝する」
そうか、王族や貴族を恨む連中が多いという話を聞いたばかりなのに、それらしい態度を取っていれば自分から敵だと宣言しているようなものだ。
「そこは、そんな堅苦しい言い方じゃなくてだな……はあ、まあいい」
彼には何度も溜息を吐かせてしまうな。それにしたって、そんな自分に根気よく色々教えてくれる彼は本当に面倒見が良いのだろう。
「これから色々教えていってやるから、暫く下手なことしないように俺と一緒に行動しな」
この言葉が、そのまま彼の面倒見の良さを物語っている。
「それは助かるが……いいのか?」
「もう仲間だぜ? 断る理由があるか?」
逆に問われてしまうが、そういうことではなく……。
「盗賊ということは盗みも働くだろう。だが、見ての通り俺は怪我人だし、足手纏いにしかならないのではないか?」
俺の疑問に、彼は目元を手の平で覆ってまたまた溜息。本当に溜息ばかり吐かせて申し訳ないのだが、俺からすれば新生活というよりも人生が突然逆転したような状態なのだ。今ばかりは勘弁してもらいたい。
「いや、まあ……そうだよな、うん。俺も最初はそうだったからな、仕方ない。こうなりゃ、とことんお前に付き合ってやるぜ、エルディ」
「あ、ああ。申し訳ない、助かる……」
「ああ、もう、だから口調! 気を付けろよ。そこは簡単に、サンキュー、とかでいいんだよ」
注意されたというのに、その言葉に思わず笑ってしまった。
「なんだ、恰好だけじゃなくて、言語まで旧世界のものじゃないか」
城での勉学で昔の言語も習っていたから分かったが、あれは何世代も前に廃止された言語だ。今は全ての国がジアスと呼ばれる共通言語を使用してやり取りしているので、彼のように昔の言語を使う者はあまり見ない。
ならば勉強の必要などないと思われそうだが、遺跡の解読に必要だったり稀に旧世界の道具が発掘されることもあるので、未だに旧世界の言語も機会は少ないが必要ではあるのだ。
「お、この服のことも分かってるのか」
笑いながら言った俺の言葉にクイックが嬉しそうにする。
「ああ、カウボーイというやつだろう? 旧世界の資料で見たよ。そんな服、この時代によく手に入ったな」
「俺のは特注だ。だから他にこんな格好している奴はいないし、個性的でいいだろ?」
どうやら彼自身は、その恰好で目立つことを少なくとも恥ずかしいなどとは思っていないようだ。自信満々に言った彼の表情から、本当に好きでその恰好をしていることが分かる。もしかしたら、誇りですらあるのかもしれない。
「ああ、そんな恰好をしている貴方のことは他の誰かと間違えそうもないな。よろしく頼むよ、クイック」
「そうだな、間違えないでくれると嬉しいね」
これが、自分の兄貴分となるクイックとの、ちゃんとした出会いだった。
それからの俺は、彼に言われた通りに彼の後を付いて行動を共にした。もちろん、それにはリリシア改めリリィも一緒だった。盗みにも連れて行かれたが、俺は盗み方なんて知らないし怪我もあったので、暫くはただ見学して学ぶ期間だった。そして意外にも、リリィは盗みが上手かった。犯罪の才能があるというのはどうなのか、とも思ったが……リリィ本人は喜んでいたので別にいいのかもしれない。
というかリリィは、俺以上に現状を受け入れすぎだと思う。
他にも一緒に色々なことをした。
一緒に悪さをしては一緒にガルムに怒られもした。怪我が良くなると喜んでくれもしたし、盗みを手伝えるようになっても失敗ばかりの俺を、冗談交じりにからかったり怒ったりしながらも慰めてもくれた。元は王族だと、盗みが出来ないと、俺が馬鹿にされた時には彼が怒ってくれたりもした。
彼は俺とリリィの中で、本当に兄のように慕う存在になっていった。食事時なんて、彼も俺達を弟分、妹分と思ってくれているのか、自分の分の肉を分けてくれたり、なんていう光景が当たり前のようになっていったんだ。
この頃からの俺の口調や態度は、殆どが最初は彼の真似をしたもので、彼の存在は今後の俺を作る大事な一部であったのだと思う。