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Color of Thieves  作者:
シルギィの洞窟
7/51

落ち延びた者達

 新しく盗賊団の一員となったエルディとリリィの歓迎会が終わった。その宴会は朝まで続き、今は早朝になり殆どの団員が酔い潰れて眠り呆けている。

 ここは洞窟の最奥の泉。

 シルギィはその泉に続く階段に、エルディ達が来た時と全く同じ姿勢で項垂れたまま座っていた。

「…………」

 歓迎会の騒ぎが嘘のような静けさの中、シルギィは黙ったまま佇む。

「……大丈夫」

 そう呟くとシルギィは顔を上げ、真っ直ぐ、ここではない何処かを見つめる。

 ――いや。それは見つめると言うよりも、何かを睨み付けているとも言える程に真っ直ぐ、力を伴ってさえ感じられる程の視線だった。

「必ず手に入れる。それが……」

 余りにも力を込めて握った拳が震える。

「例えそれが――何を犠牲にするものだったとしても」

 一人切り誰に言うでもなく、自らに言い聞かせるように呟き、シルギィは再び項垂れてしまう。

「もう俺は、止まれやしないんだから……」

 その嘆きのような呟きを聞く者は――誰もいなかった。




 ――歓迎会が終わった翌日。

 俺は割り当てられた部屋で一人、横になっていた。怪我のこともあるので動き回れないだけだが……それにしたって、新人に一部屋丸ごと与えてしまっていいものなのだろうか? どうも盗賊という割には太っ腹すぎる気もする。

 因みにリリィは別部屋だ。妹とは言え女性なので、一緒の部屋というのは何かと都合が悪い。そこは部屋を一人ずつに割り当ててくれたシルギィに感謝だ。

 そして一人部屋を与えてくれたことにも感謝したい。色々とあったし、色々と知った。今は只管(ひたすら)に考え事をしたい気分だった。

 だが愚痴りたいこともある。歓迎会はいい、酒を飲むのも宴会なら当然だ。だからって、怪我人にまで飲ませようとするのはどうにかならなかったのか? 怪我をしているからと断り続けたのだが、それでも聞かない奴もいて、いくらか飲まされてしまった。成人はしているが少し天然な所もある所為で、幼く見られてしまい飲ませて貰えなかったリリシアが羨ましかったぐらいだ。

 本人は膨れていた。まあ、兄の欲目で見てもリリシアは膨れても可愛いと思うので、その顔が見られただけで俺は満足だが。

 まあ、それはもう良しとして置いておこう。

 順を追って考えると、先ずは謀反に関してだ。

 カイズ将軍……不思議な男だった。武神と呼ばれるまでの実力者でありながら、誰よりも多くの功績を残しながら、ただの一兵で構わないと、爵位も領土も必要としていなかったし欲しもしなかった。

 そんな男が何故、謀反など? 王位を求める程の欲など持ち合わせて……いや、待てよ? 逆に考えれば、王位こそが本命であり、王以外の爵位などには興味もなかっただけなのではないか? だとすれば急に反旗を翻した、という不可解さは解消される。虎視眈々と狙っていたのだろうか……反逆の機を。

 どちらにしても、今はこれ以上は何も分からないし、答え合わせもできはしない。

 それに正直なところを言うと、もはやどうでもいい。俺は継承権を持ってはいたが、謀反は父が殺され俺が国を捨て逃げたことで既に成された事だ。今は盗賊、これからは王族としての振る舞いも思考も邪魔なだけだし、このような状況では逆に煩わしいだけだ。

 それに……嬉しいことも一つだけある。

 リリシア――今はリリィか。この状況になったお陰で、彼女は好きでも何でもない男と無理に結婚させられずに済むのだ。盗賊という立場はあるが……少なくとも好きになった男と一緒になろうとする努力は、前よりも報われることになるだろう。

 次にこの洞窟なのだが……なんと、実は精霊を祀る神殿なのだそうだ。入口にあった祭壇らしき岩は、本当に祭壇そのものだったという訳だ。精霊とは、御伽噺(おとぎばなし)ではなく実在するらしい。

 この神殿は大地を司る精霊――確か、アウルムルアムという名だ。それを祀る神殿らしく、()の精霊はこの大地そのものや豊穣を司るとか。確かに、入口を開く際にガルムがその名を言っていた。

 まあ、実際に妖精の死骸が神殿中にごろごろと存在するのだ。本当に精霊というものが存在していても不思議はない。

 だが、そんなことよりも重要な話を聞いた。

 いや、精霊の話も世界からすれば十分に重要なのだが……俺に取ってはそれ以上に重大な話だったんだ。それに関してはガルムが話してくれた。内容はこうだ。

「この洞窟を開け閉めする、あの呪文を言えば私でも入口を開けられるのでしょうか」

 このリリシアの疑問は、事情を知っていれば軽く聞けるようなものではなかった。

「いや、正確には誰でも開けるには開けるんだが……まあ、素質とか色々あって、今のところは誰にでもってわけにはいかねえなあ」

「何だかややこしいな」

 俺の言葉にガルムが気付いたように笑って続ける。

「あ、でもな、昔はこういう神殿を祀ってる祈祷師って連中がいてな? そいつ等は定期的に神殿を開いては祈りに来てたんだぜ」

「祈祷師? そのような存在は聞いたことがないな……」

「私も初めて聞きました」

「そりゃそうだ。滅びちまったからな」

 言うとガルムはぐいっと酒を煽る。

「昔話になるのか?」

「と言う程に昔じゃねえな……なんせ、俺がその祈祷師の生き残りだからな」

「は……?」

 それはどういうことだと疑問を浮かべる俺とリリシアに、その疑問を口に出す前にガルムが何処か遠くを見つめるようにして話してくれた。

「神殿を開けた時、お前等は少なくとも驚いたし、なんで開くのか全く分からなかったろ?」

「あ、ああ……まるで魔法のようでもあると……」

「その通りだ、こりゃこの世界の魔法だからな」

「まあ、魔法……本当に魔法があるだなんて、素敵な話ではありませんか」

 リリシアの言葉にガルムは苦笑しながら新しい酒を注ぐと続ける。

「が、これは素敵な話じゃねえんだよなぁ……残念なことに」

 言ってまた酒を一口。

「理由が分からねえ、意味が分からねえ、そういう得体の知れねえ力ってのは、まあ……怖いと思われちまうモンでな」

 どこか懐かしむ様子で酒を味わっているガルムに、横からダグが続いた。

「要するに、祈祷師と戦争になったら勝てねえって思われたわけだ」

「戦争だって……? つまり、何処かの国と戦って敗れたのか? しかし、俺達がその存在を知らないという事は、史実からすら消えているんじゃ……」

「察しがいいな。戦争なんてしてねえよ、する前に一方的に狩られたんだ」

「な――!」

「最初は……どっかの戦争の拠点に使い易い場所に祈祷師が住んでたんで、邪魔だから燃やしちまえ。次に……あいつ等は得体の知れない力を使う、世界の脅威だから消しちまえ。てな具合にな」

 生き残り、と言う事はそれを経験して何とか生き延びて今ここに居るという事だ。なのに、それなのに、ガルムはその話を笑って俺達に聞かせてくれた。

 それは、王族としての俺の無能さを自覚させてくれるに十分な内容だったのだ。国に居ながら、そのような戦争は聞いたことがなかったし、その事実や祈祷師の存在そのものが史実から消し去られていたことにも気付いていなかったのだ。

 王になる者として、俺は出来る限りの努力はしたつもりだった。出来る限りの勉強を、出来る限りの行動を、したつもりになっていただけで……国の裏側に全く気付けていなかった愚か者、とんだ道化師(ピエロ)ではないか。

 王位を失った俺には意味が無いのかも知れないが、それでも……この話を、この話を聞き感じた情けなさと憤りを、絶対に俺は忘れないと誓った。

 後はシルギィに会う前に聞いた、ガルム以外の話だ。これもまた、王族としての自分の未熟さを知るものだった。つくづく自分が嫌になるし情けないと感じる。

 ブチは普通に俺の国、イマァスで暮らしていたのだそうだ。だが、子供の頃に母をそこで亡くしたと言う。なんでも、母と一緒に買い物をしていた時、馬に乗った騎士が進むのに目の前にいたから邪魔だ、というだけの理由で馬で母が蹴り殺された。住民は見て見ぬふり、騎士は爵位を持つ者が多い為に逆らえば無事では済まないので誰も助けられない。

 そして、目の前で母を殺され泣いていたブチに、騎士は一人残されては可哀相だと剣を向けたと言う。

 ……彼等風に言うのならば、とんだクソったれ野郎だ。

 そこを通り掛かったシルギィに助けられたらしいが……これは本当にシルギィなのかどうか疑わしいのが悲しいところだ。ブチの話が本当ならば、ブチが子供の頃からシルギィは本当に見た目が変わっていないことになるが……まさか、本当にそうなのか? ブチが嘘を話しているような雰囲気ではなかったしな……まあ、そこまで拘ることでもないが。

 それにしても……恐らく俺が産まれる前か産まれた直ぐ後の話にしても、嫌になる。何せ、他でもない自国の話だったのだから最悪だ。

 ビビとダグも似たようなもの。それぞれが最低な状況に追いやられ、不当な理由等で国に居られなくなるか追い出されている。

 野党など悪党だと決め付けて掛かっていた前の自分を、殴るなどと言わずいっそのこと楽に殺してしまいたくなる事案だ。

 あのまま王になっていなくて良かったと心底思う。この事実を知れた自分を誇りに思う。

 そして間違いなく――俺の父はクソッタレだったのだと思った。

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