第二の名前
「信頼していた臣下の一人であったナイジ=スタータス=カイズ将軍が謀反。重大な話があると集められていたので当然、護衛もいるにはいたが全てカイズの手の者だった為に謀反は成功、父である国王の首が落とされるのを俺はこの目で見て逃げてきた」
既にガルム達には知られていることだ。俺はシルギィに対して自分達の事情を素直に語って聞かせていた。
「へえ。よく逃げ出せたモンだ」
シルギィはシルギィで王族だからと俺達を直ぐに殺すつもりはないのか、それともまだ王族だと信じていないのか、最初に見た時から姿勢一つ変えずにこちらの話に耳を傾けては時折今のように相槌を挟む。
「一応は王族だ、いざという時の為の脱出通路は知らされていた。まあ、追手達の目の前で隠し通路だったものを開いて逃げてきたので、もうその通路は秘密でも何でもなくなってしまった訳だが……」
「敵の目の前で開いたのか? それじゃ結局、追われる羽目になるんだから意味ねえじゃねえか」
「いいや、意味はあった」
盗賊の頭と王位継承者の会話だというのに、この場には刺々しさの欠片もなかった。本当にただの世間話、という様子でシルギィは相槌を打ったり疑問を投げたりしてくる。
「カイズの手が国の何処にまで及んでいるのか分からなかった。下手をすれば騎士全てかも知れない……まあ、俺としては裏切っていないと信じたい者も大勢いたんだが……それはいい、今は置いておこう。王城の入口は封鎖されている可能性の方がどう考えても大きいだろう? ならば、追手は掛かるが逃げられる道に逃げるのは道理だ」
「なるほど、そりゃ確かに道理だが……でもガルム達が通らなきゃ危なかったのは事実だろ? お前の怪我、相当酷かったらしいじゃねえか。下手すりゃその……なんつったっけ? 妹が一人残されるところだ」
「リリシアです」
「そうそう、リリシア、リリシアだ。悪いな」
こいつは本当に盗賊の頭目か? 野党だ盗賊だと言っても、そんな感じが全くしない。本当に昔からの友人だったかのように接してくるので、話している事情は少なくとも重い内容ではあるはずなのに、この部屋には全く重い雰囲気などありはしない。
「そこは、まあ、確かにその通りなんだが……だからこそ頼みたいことがある。貴方方は王族や貴族は殺すことに躊躇いがないと聞いた。俺はどうなってもいい、謀反が起きなければ王になっていた男だ、殺されも文句は言えない」
「……ほう?」
今まで楽し気にさえ思える明るい表情で聞いていたシルギィの表情が真剣味を増す。
「だがリリシアだけは見逃してもらえないだろうか。彼女は確かに王家の血筋ではあるが、俺がいる時点で王位継承権など持ち合わせてはいないし、政略結婚させられるはずだっただけの娘だ。こんなことは言いたくないが、王家的には今は価値のないただの生娘。せめて命だけでも、助けてもらえると嬉しい」
「…………」
頭を下げたので彼がどのような表情をしているのは分からなかったが、黙っていても視線が俺に注がれていたのは何となく分かった。
「俺からも頼むぜ、シルギィ。折角助けたんだ、でも王族だったんでサヨナラってのは後味悪いし……何より、こいつが言う通り嬢ちゃんには王家の責なんて殆どなかったはずだしな」
俺の横からガルムが口添えしてくれる。約束は守って彼からも庇ってくれるらしい、野党としては律儀すぎるようにも思えるが、今はそんな彼に有難さしか感じない。
「顔上げな」
頭を上げるとシルギィが俺の目をじっと見つめてくる。
「…………」
「…………っ」
なんという視線だ。
居心地の悪さすら感じる程までにシルギィは人の目を真正面から見据えてくる。それは内側全てを見通し、嘘も言い訳も許さないと断言されているかのようだった。そして、目を反らすこともまた、許さないと。
「んー……」
暫く俺を見つめていると、シルギィは最初に見た時のように気だるげに項垂れて乱雑にがりがりと頭を掻いた。
「事情は分かった、妹に王族的な価値がないのも理解した。あと、お前等に行き場がないこともな」
項垂れたまま言うと、シルギィは顔を上げてビビに声を掛ける。
「ビビ、こいつ等が乗ってきた馬逃がして来い。元々は城に繋がれてた馬だろ、可愛がってた奴がいたかもしれねえ。そっからバレちまうとまずい」
「お、おう。そりゃ考えてなかったわ、すまねえ。直ぐ逃がしてくる」
「おう、そうしろ。ダグ、ブチ、まだ空いてる部屋あったよな? 軽くでいいから掃除してきてくれ」
「分かった」
「げえ、俺達が掃除かよ」
文句を言いながらもシルギィに言われて、ぞろぞろと部屋を出て行く。
「ガルムは新人歓迎の宴会の準備だ。行け」
「…………! おう!」
ガルムがその言葉に喜々として小走りで出て行った。
どうやら助かった……か? 新人歓迎と言っているし、この洞窟に迎えられる雰囲気だ。リリシアも殺されるような流れにはなっていなさそうに思える。
「……ま、今ので分かるだろうけどな。よろしく頼むぜ、新しい兄妹」
「あ、ああ……! ありがとう、助かる! 命を助けてもらっただけではなく、住処まで……」
「ありがとうございます、シルギィ様」
俺に続いてリリシアがスカートの裾を摘み上げて優雅に頭を下げるが、シルギィは苦い顔をして手をぶらぶらと振った。
「やめろやめろ、そういう礼の仕方はもうナシだ。全く、王族からいきなり盗賊の仲間にされたんだぜ? そこら辺もうちょっと悩んだらどうなんだ」
「いいや、こちらとしては生かしてもらえるだけ有難いんだ。それにどちらにしろ、この怪我では逃げるつもりだったとしても、な……。自分も妹も命があるだけ助かる」
「私は兄様も無事であったのが何よりも嬉しいので」
「……そうかよ」
俺達のその言葉に、シルギィがほんの一瞬だけ悲しそうな表情をしたような気がしたのだが、彼は苦笑してそう言うだけだ。気のせいだったのだろうか? 悲しそうであり、そして何かを諦めたような顔をした気がしたのだが……だが、彼は会った時から自信に満ちたような表情ばかりで、突然そのような表情をする人物には見えない。
あるいはそれは、盗賊になってしまうこれからを嘆いてしまう、心の奥底にいた俺自身の表情だったのかもしれないが。
「さて、それじゃ……もう立ってもいいぞ?」
シルギィが言う。実を言うとリリシアはずっと立っていたのだが、俺は国王に謁見するように跪いてずっと話をしていた。
「いや、これは……怪我のせいで立つ程の力がないのもあって……」
「んだよ、仕方ねえなあ」
言うとシルギィが笑って、なんと頭目自らが俺の傍に寄り添って腕を肩に回して立ち上がらせてくれる。
「お、おい、ちょ……頭目がそんなこと……! 俺達はもう部下なんだから……っ」
「そうです、シルギィ様。兄様は私が……っ」
慌てて止めようとする俺達にシルギィが大袈裟な程のリアクションで溜息を吐いた。
「バッカ。あのなあ、俺は確かにここの頭目だがボスだの頭だのなんて滅多に呼ばれねえし、大抵呼び捨てにされてる。ガルムだって俺に敬称も敬語も使ってなかったろうが」
「それは確かにそうだが……」
「それに確かに俺達は盗賊だが、そこには事情も誇りもある。その辺の奪うだけ奪い尽くすただの野党と一緒にしてくれるなよ。仲間は支え合うモン、そうだろ兄弟?」
言って、その自信に満ちた笑みを俺に真っ直ぐに向けてくる。
「だからお前等も俺に敬語やらはナシだ。取り敢えず泉に運ぶぞ。ありゃ精霊の泉だからな、原理は知らねえが……浸かるか塗れば怪我の治りも多分、早まるぜ」
「あ、ああ……ありがとう……」
「それでな、こういう言い方は失礼なのかもしんねえが……まあ、俺は礼儀なんてモン知らねえから許せ。お前等、名前を変えちゃくんねえか?」
シルギィが俺を泉の横に降ろしながら、リリシアを振り返って言う。
「名前? それは……」
「もしも王位を取り戻すつもりだってんなら、ここを放り出す。ここを拠点に戦争でも始められちゃたまんねえ。でも、そうでないのなら前の名前は邪魔だろ? 追手にも見つかりやすくなっちまう」
「ああ……そう、だな」
ガルム達が話していた、前の名が邪魔になるという事情、それは俺達にも確かに当て嵌まるのだと実感する。
「そうだな、みんな前の名前の略称だったりビビみたいに特徴で決めたり……お前小さくてすばしっこそうだから、猿とかどうだ?」
「嫌だよ! い、いてて……!」
思い切り叫んだせいで背中の傷が痛みだした……!
「はは、冗談だ。そんだけ元気なら怪我も直ぐに治るだろうぜ」
「では私ならリリィなどですか?」
「リリィか、いいな。それじゃ妹の方はリリィだ、これからはそれ以外で呼ばねえから早く慣れろよ?」
「はい!」
リリシアはまるで新しい冒険が始まるかのような明るい表情で元気に頷く。お前は本当に物事にあまり動じないね……。
「お前はエディシアルだったな……じゃあ、エルディ、なんてどうだ? ちょっと俺と似てるだろ。見た目的な年齢は近そうだし、似た名前にしてみたぜ」
「あ、ああ、それでいい。それにしても驚いた……盗賊の頭目がこんなに若いなんて」
上着を脱がされてシルギィが手ずから背中に泉の水を掛けてくれている中、素直に驚きを口にするとシルギィが更に驚くような冗談を言ってくる。
「悪いが、こう見えて俺は団員の中で最年長だし、見た目がこうなだけで中身は爺さんだ」
「まあ、お上手な冗談です」
「だな」
リリシアが口元に手を当てて笑うのに俺は頷いて返すが、何故かシルギィだけは憮然としていた。
「……まあ、信じられねえのは分かるし、別にいいけどな」