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Color of Thieves  作者:
シルギィの洞窟
3/51

起点

 多くの者からカイズ将軍、そう呼ばれるナイジ=スタータス=カイズという男。

 将軍と呼ばれる役職に負けず劣らずの大柄な肉体に精悍な顔付き。髪の手入れは余り気にしない性質なのか、普段は乱雑な黒の長髪に顎鬚、という強面な様相だ。何かミスをやらかして彼に説教か怒声でも浴びせられる下っ端騎士達はたまったものではないだろう。

 俺からすれば、彼は確かに凄い男ではあったが、そうであると同時に異質であったようにも思えていた。

 彼が騎士になって将軍と呼ばれる騎士を束ねる立場になるまで、それほどまで時間は要さなかったのだ。見た目的には年相応にも思えるのだが、彼はそもそも騎士へと志願した年齢が遅かった。成人など疾うに越えている時点での志願。

 それでいて武功を上げる速度も尋常ではなかった。

 戦争では常に誰よりも先頭に立ちながら指揮を飛ばすという指揮官としては異例なやり方。誰よりも武功を上げているという事実から分かるように、それは誰よりも敵陣の中心に近いということなのに、傷と呼べるような傷を見たことがない。

 ――そう、彼は異質だった。

 それを見逃していたつもりはない。我が軍には最強の騎士がいると、高を括っていた訳でもない。ただ、彼が味方なのだと油断していたのは確かだ。

 有能な者が敵に回ってしまうと、あまりの強敵になるのは事実。その可能性を知ってはいたはずなのに、俺は自分達にその状況が回ってきてしまうことを失念していた。

 王よりも有能な者が居るのならば、その者が国を治めるべきであるし、それも道理。民がそれを望む場合もあるだろう。今回の件は自分が命を狙われ逃げるしか術がなかったので、謀反を起こした本当の理由、詳細は知ることができないのが歯痒い所だが。

 しかし、それも今更である。

 父が倒れ継承者が逃げ出した時点で継承権など何の意味も持たないし、何より俺自身に王位継承権を取り戻したいという気持ちもなければ復讐したいといった感情もない。

 ただ妹に普通に暮らしてほしいだけで――本当は死にたくはないが、首を差し出せばリリシアには手を出さないと言うのならば、首を差し出そう。

 まあ、その話は置いておこうか。

 カイズ将軍が異質だと思った理由は何もそれだけではないのだ。いや、人間離れした出世は何よりも異様ではあるが、それ以外にも気になる部分はあった。

 自分は王子ということもあり、彼に剣術を学ぶことも多く接触する機会は多かったのだが、時たま不思議な顔をするのだ。

 王族が形だけの剣を学んで何になるのか、と自分でも思ったことがあっただけに、そういった理由かと思っていたのだが、それはどうも違うようだ。それに気付いたのは、自分の様子を見に来た国王である父が背を向けた時の表情だ。殺されそうになった今ならば分かる、あれはその者を殺すことを決めた時の目だったように思う。

 カイズ将軍と父の間に何があったのかは知らない。むしろ、何もなくカイズ将軍の一方的な感情でしかなかったかも知れない。

 しかし、その表情を見る機会があったからばこそ助かったこともあるのは事実。

 リリシアを眠らせる薬は既に作成済みで持ち歩いていたし、身構えていたからこそリリシアだけでも庇うことが出来たのだから。

 速攻で効き目が出て直ぐに眠ってくれる訳はない。その日は城の中を騎士が普段以上に大勢行き来している上に、所々で小声で話す騎士達を何人も見た。しかも謁見の間に集まるように呼ばれた理由が、カイズから王家に取って外せない話が御座います、などと言われたものだから俺は急いでリリシアを迎えに行って紅茶を飲んでから行こうと、眠り薬を盛ることが出来た。

 謁見の間で立ちっ放しの中うつらうつらしていたのは可哀相だったが、そこは我慢してもらうしかなかった。眠そうな彼女を支えていたお陰で咄嗟に庇うことが出来たのだから。

 因みに俺の背中をばっさりと斬り捨ててくれたのはカイズ本人ではなく、追従していた騎士の一人だ。カイズは俺達をその場で殺すつもりはなく、王家が変わることを民に証明する為に公開処刑だの何だのと怒鳴っていた。

 しかし、怒られた騎士も間抜けなもので、いいや、ここで死なせても同じこと、などとカイズに反論。その隙に俺はリリシアを抱えて謁見の間にあった隠し通路から脱出。

 もちろん、目の前で隠し通路を開いたので追手は付いて来てしまったわけだが、足の速さには自信があった。背中の痛みのせいで本調子ではなかっただろうが、それでも騎士達の詰め所辺りまでは行けた訳で、あとは一番手前にいた馬を勝手に拝借して逃げていた。

 まあ、結果が野党に王族が助けられる、という何とも不可思議な現状になった訳だが。

 さて、状況整理はこんなものでいい。大分前から意識は戻っていたのだが、目を開けるのも億劫な程に弱っている。それでも早めに起きないと、リリシアがどうなるか分かったものではない。

 目を開けて視線だけで辺りを見回してみる。凹凸のある土色の天井に壁、地面。寝ている俺の場所には何かの毛皮が敷いてあるようだ。

 どこかの洞穴か?

 俺達を助けてくれた四人組の男達が火を起こして、その火で鍋で何かを煮ている。スープか何かだろうか、美味そうな匂いがするのだが、しかし何故かあまり食欲はなかった。

 そしてリリシアは既に目を覚ましてしまっていたようで、野党達と一緒にスープを飲みながら笑顔で談笑していた。

「お、ま……」

 お前、度胸あるな。そのまま声を出そうとしたが、上手く喋れない。折角目が覚めたというのに、横になったままだというのに、何故か眩暈がする。

「ん? 起きたか」

 大柄な男性が俺の声に気付き振り向きながら言うと、寝ている俺の横に皿を置いてくれた。本当にスープだった。

「食っておけ」

「……食欲、が……」

「死にたくなけりゃ、食え」

「…………」

 少し憮然としたものの、逃げてから何も口にしていないのは確かだ。ここは好意に甘えて、無理やりにでも食べておこう。

「大丈夫ですか、兄様」

 俺に眠らされたことなど気にしていないのか、リリシアが横に来て俺の身体を起こすのを手伝ってくれた。

「ああ……すまない。心配を掛けた」

 俺がそう謝ると、リリシアは笑って意地悪なことを言ってくる。

「あら、心配する時間なんてありましたか? 私は眠っておりましたので」

「…………」

 黙るしかなかった。

 こうなったら少しでも状況整理をしておこう。食べながらというのはマナーがなっていないとも思うが、相手は野党の上に状況が状況だ。それに、もう王族でも何でもない。気にしなくていいだろう。

「それで……その、先ずは礼を。すまない、助かった」

「ああ、気にすんな。それより助かって良かったじゃねえか。ブチの話じゃもう少し血が出てりゃ死んでたってよ。しぶとい奴だ」

 大柄な男が、どうやら深刻だったらしい状況を笑い飛ばしながら言う。助かったのはありがたいが……まあ、初対面にそこまで心配してくれと言うのもおかしいか。

 さっきから彼が受け答えしているので、この大柄な男がこの四人の纏め役みたいなものなのだろう。

「それで、さっきの話なんだが……」

「は? さっき?」

 俺の言葉に大柄な男がきょとん、とすると禿頭の男が大柄な男を肘で小突く。

「多分追われてた時の事だろうよ。こいつ、自分がすぐに起きたと思ってんじゃねえか?」

 ん?

「あ? あー……あのな、一応教えとくけどよ。お前、倒れてから二日か三日は寝てたからな?」

「そ、そんなにか……」

 そりゃリリシアも平然と起きている訳だ。

 自分では流れた血の量がまずいだけであって、斬られた傷自体はそこまで深刻ではないと思っていたのだが、そうでもなかったのかもしれない。

「にしたって起きるの早すぎる気もするけどな。本当にしぶとい奴だ」

 しぶといって……そうか、その言い方からすると本来なら治療されても目を覚まさなかった可能性もあるのか。このような形で自身の生命力を確認することになるとは。

 だが、そうなると問題は……俺はリリシアを見た。

「どうされました?」

 どうにも状況が分かっていなさそうな笑顔で返される。一応、小声で確認してみようとしたら、大柄な男が言う。

「悪いが、事情ならその嬢ちゃんから全部聞いちまった後だぞ」

「…………」

 目を覆った。

 自分達が野党に対して王族だと知られたらどうなるか……リリシアは分かっているのか? いや、恐らく分かっていないよな。

 それにリリシアばかり責められない。追手の騎士が既に言ってしまっているし、どちらにしろ誤魔化さなければならないことには変わりがなかったのだから。

「その……命だけは、助けてもらえないだろうか?」

「おん?」

 言って俺は野党に治療の為に脱がされて置かれていた服を指差した。

「礼代わりという訳じゃないが……残念な事に斬られて穴は空いてしまっているが、一応絹製だ。売ればそれなりにはなるだろう。何なら今着ている俺と妹の服全部でもいい。着替えは欲しい所だが……それ以外は何も持っていないんだ」

「…………」

 野党達は四人が四人顔を見合わせて少し考えた後に笑う。

「そうだな、その服は貰おう。だが、少し提案がある」

「提案?」

 大柄な男がリリシアを見てから俺に向き直った。

「嬢ちゃんから聞いた話だと、お前等はもう継承権も失った……まあ、言わば国には戻れないお尋ね者なわけだよな」

 その言葉に思わず溜息が漏れた。お尋ね者って……。

「そうか、そうなるんだよな……」

「だったらよ」

「ん?」

 小太りな男が鍋のスープを掻き混ぜながら言葉を受け取って続ける。

「お前達、盗賊になれ」

「…………」

 はあっ!?

「はい!」

「リリシア!?」

 思わずリリシアの肩を掴もうとした所で、俺は再び地面に突っ伏してしまった。まだ体力は戻っていないし、大怪我の起き抜けにそんなことをすればこうもなる。気絶する前と違ってかなり痛みもあるし。

「じゃあ、嬢ちゃんと詳しい話しとくからよ。食うだけは食ったみたいだし、お前はもう暫く寝てな」

「は、はは……っ」

 否定したい。リリシアを止めたい。でも腹が膨れたせいなのか、まだ怪我が安定していないのに急に動いたせいなのか、再び意識が眠りに落ちてゆくのを俺は防ぐことが出来なかった。

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