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小さな恋の小瓶  作者: 黒雪
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お弁当

あたしには同棲を始めて、もう3年程経つ彼氏が居る。

お互い仕事をしているけれど、あたしの方が早く帰宅するのと、元々料理が好きだったから、食事はあたしの当番だ。


毎朝、お弁当を持たせている。

同棲を始めた頃に、彼氏が作ってくれと頼み込んできたので、それ以来特別なことでもない限りは毎日作ってる。

もちろん、手作りで。

毎日空っぽになって返ってくるお弁当箱を見る度に、作った甲斐があったな、なんて嬉しくなるのだ。

美味しかったよと声をかけて貰った時なんて、報われた気がして仕方無い。


あたしは毎日飽きもせずに作り、彼は毎日飽きもせずに食べてくれる。


心陽(こはる)、ごちそうさま」

「はいはーい」


今日も渡された空っぽの弁当箱。

でも、今日はいつもと違った。


「ねえ心陽」

「なあに?」


珍しく、何か言いにくそうにしながらあたしに弁当箱を渡し、名前を呼んだかと思ったら黙り込んでしまった。

一体何なのか分からず、洗い物の手を止めて彼をただ見ていた。


暫くして意を決したのか、あたしの両肩を掴む。


「実はさ……」


彼の語り始めたことに、頭痛と眩暈を覚えた。


---------------


今日の昼休みのことだ。

いつもの様に楽しみの心陽の弁当を開けて、頬張っていた。

同僚の羨望の眼差しに優越感にも似た物を感じながら愛情の籠った手作り弁当を楽しむ。

半分ほど食べた辺りで、後ろから声を掛けられた。

何事かと振り返ると、同期の女性社員と、最近入ったばかりの女性社員が立っていた。


「何?」

「あー、うん。寿田君って恋人居たよね?」

「はあ?何、急に」


鳩が豆鉄砲を喰らうとはこの事だろうかと思うほど唐突で、多分間抜け面になっていただろう。

それくらい驚いたのだ。


「水田ちゃんがね……」


困った顔をしている所を見ると、恐らく同期は頼まれたのだろう。


「水田さんがどうしたの?」

「あの、よかったら、これ……」


差し出されたのは弁当。

いや、俺あるから。

心陽の以外要らないから。

そんな心の声を圧し殺す。


「これは?」

「お弁当です……!食べてほしくて……!」

「……俺、彼女居て、彼女と住んでるんだよね。で、彼女にお弁当作って貰ってるから受け取れない」


変な優しさは逆に傷付ける。

きっぱり断るのも優しさだし、心陽の以外は要らないからね。


「わ、私のお弁当の方が美味しいです!」


俺の怒りの導線がプッチンプリン。


「心陽の弁当のが美味いから!何言っちゃってんの!美味いから3年間毎日食べてるんだよ?!心陽の料理食べたら他の食べらんないから!何なら弁当勝負でもする!?俺は心陽のしか食わないけど!他の奴に比べて貰おうよ!それで心陽のより君の弁当が買ったら食べてあげるから!明後日ね!」


---------------


と言う感じで、啖呵を切ってきたらしい。

阿呆だ。

あたしの意見とかは何処に消えたんだろうか。

そして明後日って。


「だから明後日は弁当2つで宜しく!」

「何で2つ?」

「片方は食べる為で、片方が比べる為」

「最初からその人の食べる気ないよね」

「俺は心陽の弁当が勝ってるって見せたいだけだしね!」


ああもう、本当に大馬鹿だ。

でも、これで下手に断ると彼の面目は丸潰れになってしまう。

啖呵切って作って貰えませんでしたは可哀想だし、その女の人が更にすり寄る可能性もある。


「はあ……。良いよ作ってあげる。でも、今回だけだよ?次は相談なしに決めたりしないこと」

「ありがとう心陽!大好きだ!」


彼につくづく甘い自分に溜め息しか出なかった。


-----------------

2日後の朝。

少しいつもより早めに起きてお弁当の準備。

本当はいつもみたいに作りたいんだけど、彼が何としても勝つんだってうるさいから、気合いを入れることにした。


先ずほうれん草のバター炒めを作り、その後に茸のクリームソース和えを作る。

そして、オムレツを作って、それから一口サイズのハンバーグを数個作り、海老フライとクリームコロッケも同時進行。

昨日の内に煮込んでおいた、鶏のトマトガーリック煮を温め直す。


出来上がったものを彩りを考えながら詰めて、おかずは完成。


ご飯はあえて白米。

おかずが多いから、白米の方が良い。

ただ、白米だけと言うのも少し味気ないな。


と言うことで、半分はチキンライス。

分け目が斜めになるように詰めて、分け目の部分に海苔を細く刻んだものを切り取り線の様になるように配置して完成。


朝から頑張ったなあ。


お弁当と朝食が出来た頃、彼が起きてきた。

朝食は、ご飯とお味噌汁、鮭の塩焼きとだし巻き卵、昨夜の残りの筑前煮。

彼は機嫌よくそれを頬張って、元気よく出勤していった。

それを見送ってからあたしは出勤。

彼は会社まで約1時間で、あたしは約15分なのでだいぶ余裕がある。


本当にお弁当は大丈夫なのかと言う不安を覚えつつ、仕事に向かった。


仕事中は案外、気にならなかった。

仕事に打ち込んでいるときは、そう言ったものを忘れられる。

同じ会社じゃなくて良かったと心から思う。

いや、同じ会社ではあるんだけど。

私はヘルプで今、他社へ来ていて、彼とはオフィス自体が違う。

だから、変に絡まれなくて良かったなと、心から上に感謝しながら、仕事を進めたのだった。


---------------


ちゃきちゃきと仕事を終えて、会社を出た。

彼の方が終わるのは遅い筈だから、先に帰ろうと数歩進んだ辺りで、彼が走ってくるのが見えた。

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