お母さん
夕ごはんのときだった。
「市役所に申しこんでおいたアレだけど、いよいよ明日の夕方、うちにやってくるんだ。ほら父さん、明日は会社だろ。だからかわりに、オマエがちゃんと出迎えるんだぞ」
お父さんがうれしそうに言う。
「そうなの……」
ボクは気乗りのしない返事をした。
新しいお母さんがやってくるといっても素直に喜べるはずがない。ボクの心の中には、今でも死んだお母さんがいるのだから。
そんな気持ちをさっしてか……。
「気にいらないときは返すこともできるんだ。とりあえず会ってみたらいいさ」
お父さんはボクに気をつかってくれた。
次の日の夕方。
ボクは玄関で、新しいお母さんを出迎えた。
それは市役所が貸し出している父子家庭向けの母親ロボット。お試し期間の一カ月は無料らしい。
見かけはまるで人間だ。それにスマートできれいときている。
これが本物の人間なら、お父さん、とび上がって喜ぶだろう。
「こんにちわ。よろしくね」
母親ロボットが笑顔で右手をさし出す。
その手は冷たかった。
ロボットは体温というものがないのだ。そして涙が流せない。
この日から三人家族になった。
母親ロボットの性能はすばらしく、どことなく甘いにおいまでもする。ロボットであることを、つい忘れてしまうほどだった。
「どうだ、新しいお母さんは?」
「うん、とってもやさしいよ。お母さんにはかなわないけどね」
「そいつはよかった。けどな、死んだお母さんと比べられたら、ロボットもたまらんのじゃないかな」
「でもね、お母さんがいたころに、なんだかもどったみたいだよ」
いつしかボクは、新しいお母さんのことをとても好きになっていた。
お試し期間が終わって、母親ロボットとの別れの日がやってくる。
「どうだ、延長してみないか?」
母親ロボットを見やりながら、お父さんがボクに聞いてきた。
「お金がかかるんでしょ」
ボクは延長を断った。
本当は……ほんとはこれ以上いっしょにいたら、別れがいっそうつらくなると思ったのだ。
そのときである。
母親ロボットのほほに、なぜかひと筋の涙が伝って落ちた。
「えっ! どうして?」
ロボットは涙を流せない。ということは本物の人間なのだ。
「だまして、すまなかったな。父さん、この人と結婚しようと思ってるんだ。でも、オマエの気持ちを思うと、なかなか言い出せなくて」
お父さんが耳をまっ赤にしている。
「お父さん、おめでとう」
ボクはにっこりしてみせた。
「ありがとう」
新しいお母さんは涙をぬぐい、それから両手でボクの手をつつんだ。
あたたかな温もりが伝わってくる。