お父さん
今日の夕食も七時を過ぎた。でも、遅くまで働くお母さんのことを思うとしかたない。
「お湯、わいたわよー」
台所からボクを呼ぶ声がする。
――毎日、メンドーだなあ。
テレビを消して、ボクはしぶしぶ立ち上がった。
食器棚の引き出しから、インスタントカップを取り出す。どこのスーパーでも売っている、ひとパック五個入り有効時間十分という商品だ。
ついでにカップチューリップも取り出す。
「インスタントって、なんだか味気ないね」
それぞれのカップの注入口を開け、それからボクは熱いお湯を用意した。
「そりゃあ、本物のようにはないわよ」
「でも毎日お同じものじゃ、やっぱりあきてくるしさあ」
「それって安いのよ。値段のわりに中身もまあまあだしね。お母さんだって、ほんとはもっと上等なのがいいんだけど、なんたって高いでしょ」
がんばって働いているお母さんのことを思うと、今日もこれでがまんするしかない。
カップにお湯を八分目ほど注いでから注入口にふたをした。
できあがるまで五分ほどかかる。
テレビの続きを見ようと居間にもどった。
しばらくすると……。
「ごはんだぞー」
今度はお父さんの呼ぶ声がする。
食卓のいつもの席に、いつものようにお父さんが座って待っていた。
「テレビばかり見てないで、勉強もしっかりやるんだぞ」
お父さんはお湯を吸って咲いたチューリップには目もくれず、これまたいつものようにお決まりの説教を始めた。
「そうよ。これから勉強、もっとむずかしくなるんだからね」
お母さんもここぞとばかりに言う。
「わかってるよ」
ボクはうつむいて返事をした。
それからも……。
「学校じゃあ、友達と仲良くしてるか?」
いつもと一言も変わらないセリフを、お父さんはいつもの口調でくり返していく。
その声をテキトーに聞き流しながら、ボクもいつものようにだまって食事を続けた。
十分ほどたった。
チューリップの花びらがしぼんだ。そして、お父さんもしゃべらなくなった。
「もう、ダメになったわ。いつもあっという間ね」
しぼんでゆくお父さんを、お母さんは残念そうに見ている。
やがてお父さんは、原形まで小さくなりカップの中に消えてしまった。
――こんなの、よく考え出したな。
ボクはいつもうんざりする。
夕食が終わり、お母さんが片付けを始めた。
ボクには最後の役目がある。
いつものように使用済カップのお湯をすて、いつものように台所のゴミ箱にほうりこんだ。