ポーカーフェイスは願い下げ
昨日のこともあってか学校へ向かう足取りが重い。
なかなか起きられなかったのはポーカーフェイスのせいで学校に行きたくないからだろう。
僕はポーカーフェイスが更に苦手なった。
こんな時どう対処していいかとか、気まずさを我慢して明るく振る舞うのかとか、人とのコミュニケーションを怠ってきた僕には答えなど出せないだろう。
教室に着いた僕はふとポーカーフェイスを横目で確認した。
はい、今日も読書に勤しんでいます。
今日も平和です。
しかしポーカーフェイスが読んでいる本はきっと危ない本だろう。
前言撤回。
昨日事実を知ってしまった僕は平和ではないという判断をする。
でもどうして皆ポーカーフェイスが危険な本を読んでいるということに気が付かないのだろう。
知ってはいるけど言い出せないのか、ただ単に興味がないのか、自分も同じ本持ってる!やべっ!etc…
僕は興味がない、に一票を投じます。
所詮他人には無関心なのだろう。
昨日までのポーカーフェイスに対する僕みたいに…。
ポーカーフェイスを観察していたら1日はあっという間だった。
今日の発見はポーカーフェイスのお弁当は色どりがなく、茶色ということだけ。
ザ・男子の弁当って感じだった。
自分で作ったのか、誰かが作ったのか。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
僕はもう帰るんだ。
鞄を持ち、教室を出ようとした時だった。
「今日は相手にしてくれないのかしら」
「えっ!?」
目の前にポーカーフェイスが立ちはだかった。
今なんてーー
「今日は話相手してくれないのか、と聞いているのだけど」
「ポー…ゴホン。本橋さん。こんにちは。」
「え?いや…こんにちは。」
咄嗟に出た言葉は生まれた時から何万回使ったであろう、おなじみの挨拶だった。
身体に叩き込まれてるんだろうね。ははっ!
「それより…磯谷くん、と言ったかしら。」
「はっはい!」
くそ。こいついつの間に俺の名前をサーチしやがった!
「私、あなたに相談があるの。」
「なんでこざいましょう。」
「私、昨日あなたに本のことについて言われたじゃない?あれから考えてみたの。」
「なにをですか。」
「だから私のバイブルの18禁の本よ。」
バイブルなのー!?
という冷静なツッコミは置いておいて…。
考えでも改めたのか?
「いや、ね、私達ってよくよく考えたら高校2年じゃない?それでもっと深く考えてみたらね、まだ17歳なのよ。違法だわ。」
「あ、確かに。」
「私はなんという罪を犯してしまったのでしょう。地獄行きだわ。というわけで私と地獄に落ちましょう。これ、死ぬ前の約束ね?」
「は?なんで僕が…」
「隠しても無駄よ。持ってるのよね?こういう本。むしろお得意なのよね?分かるわ。そういう顔してるもの。」
失礼なやつめ。
やはりポーカーフェイスは眉ひとつ動かさず淡々とした口調で話す。
僕はこんなに赤面しているというのに!
こんなのフェアじゃない。
だから僕はポーカーフェイスのことが…
「苦手だ。」
「え?何が?」
「僕はポーカーフェイスが苦手だ。」
言ってしまった。
ずっと思っていたことを。
僕の発した言葉が反対の意味ならどんなにいい雰囲気になれただろう。
でも平気だろう。
コイツはポーカーフェイスなんだから。
僕は目線をポーカーフェイスに向けた。
「そういうこと、普通言う…?」
「あ…。」
僕が驚いたのはポーカーフェイスの表情だ。
眉の間にシワを寄せ、下を俯き、顔が真っ赤だった。
「一体どうしちゃったの?本橋さん?」
「…うるせぇ。」
言葉は遣いまで変わってる。
こんなポーカーフェイス見たことない。
まるで感情があるようー。
いや、違う。
僕は勘違いをしていたんだ。
ポーカーフェイスにだって感情はあるはずなんだ。
ただ表に出さないだけで。
僕が知ろうとしないだけで。
ひょっとしたら今僕は最低な人間になってしまってるのではないか。
嘘が得意なはずだったのに。
どうして苦手、なんて思っていたあるがままを言葉に出してしまったのだろう。
目の前のポーカーフェイスいや、女の子が目に涙を溜めている。
こんな時僕はどうしたら‥。
「好きだ。大好きです!」
よし、これなら大丈夫だろう。
さっきと反対のこと言ってやったぞ。
「あ…いや、えっと…あの…」
本橋さんの顔がさっき以上に赤く染まった。
なんかおどおどし始めた。
そこで僕はある重大なミスに気がついたんだ。
好きって愛情表現だよな。
つまり僕は今、本橋さんに愛情表現をした、告白をしたということになるのか!?
「待って待って!違…」
いや、ここでまたやっぱ苦手ですなんて言ったらさっきの状況に逆戻りだ!
頭が真っ白になってなんの策も浮かばない。
二人きりの教室で二人ともおどおどしている…
こんな状況に出くわしたのは初めてだし、これからもなくていいです。
「私っ!帰るね!磯谷くん、さよならっ!」
「あ!」
なんの言葉もかける暇もなく本橋さんは逃亡した。
僕はその後を追いかけたりはしなかった。
追いかけたとこで今の僕には何もしようがないからだ。
この日から僕と本橋さんは目も合わすことなく、会話をすることもなかった。