透ける
小さな研究室で助手が博士に声をかけた。
「博士、ついに透視薬が完成しましたね」
「うむ。これが世の中に普及すればあらゆる場面で利用できる。医者はレントゲンに頼らずに済むし、建造物の欠陥、空港での危険薬物を運ぶ人間の有無も文字通り一目で見ることが出来る。ただ、ごく限られた人間にしか使用出来ないようにせねばな」
「便利な力はそれだけ犯罪に転用されますからね」
「その通りだ。動物に投与しても悪影響は出なかった事だし、いよいよ人体実験に入るとしよう。物が透けて見えるかどうかは実際に投与せねば分からぬからな」
「それならば博士、是非私に投与していただけないでしょうか?物が透けて見える世界、一度体験してみたかったのです」
助手の申し出に博士は喜んで頷いた。
博士は助手に薬を投与すると、助手は不思議な物を見るように周囲を見回すと、
「……!」
助手は大慌てでその場にしゃがみ込む。
そしてこう言った。
「博士……。どこにいらっしゃるのですか?」
自身の手や体を必死に見ようとする助手の姿を見て、博士は悟ったように落胆した。
薬は確かに効果を発揮しているのだ。
しかし、物も生き物も地面も自分自身さえも透明に見えてしまっては何も見えていないのと一緒ではないか……。