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15

 水沫は昨晩寝坊対策のため、おとぎの家に泊まったらしい。朝はきっとおとぎの幽霊をも逃げ出す怒鳴り声で目覚めたのだろう。

 というわけで今日は朝早くから五人揃って不知火と海市の父親が働いていた研究所に来ていた。

 現在の研究所は本土に移動しているらしく、ここは廃墟状態になっているのだという。

 海市と水沫は水沫の母親のコネで本土の研究所に長期休みなどを利用してアルバイトに行っているらしい。別に研究自体の手伝いをしているわけではなく、お茶を運んだり掃除をしたり、資料の整理をしたりといった雑用を任されているようだ。

「俺は科学者と宇宙飛行士になるのが夢だからなー」

「小学生の心を持ったまま成長しちゃったって感じですね。せめてどちらかに絞ったらどうですか? 無理でしょ、現実的に考えて」

「夢はでっかい方が良いんですー。いつか叶えてやるんですー」

 研究所の中は他の廃墟達とは違い、とてもきれいに片付いていた。まるでほんのつい最近まで使われていたかのように整然としているのだ。

 いや、もしかしたら本当につい最近、もしくは現在も人が出入りしているのかもしれない。

 この研究所は再び研究のために使用されようとしているのかも。

 水沫が言っていた。もう一度楼閣島で『眠り姫』の研究をしようとしている人間がいると。そして『眠り姫』の性能を確認するために、島の住人達を実験台にし、再起動させてみようとしていることを。

「見つけた」

 とある研究室を指差しながら不知火はそう言った。

 そしていつものように不知火が何かを掴んだような仕草をすると、真夜樫達の瞳に過去の研究所の風景が広がったのだった。

「不知火っ! 大丈夫か!」

 小さな不知火を片手で抱きかかえ、もう片方の手で小さな海市の手を握りながら父親が研究室から勢い良く飛び出してきた。

 小さな海市はとても心配そうに父親と妹を交互に見やる。

「うん。何もないよ」

 小さな不知火は目をぐいぐいと擦りながら何ともなさそうに言った。

「目、見せてみろ」

「目?」

 小さな不知火はそう言われ、目を擦るのをやめた。父親は自分の娘の瞳に顔を近付け、はあと大きなため息を吐いた。

「機械の暴発で瞳の色素が減ってる……」

「しきそ?」

 小さな不知火同様真夜樫もどういうことか分からず、彼女の瞳を横から覗いてみることにした。そしてすぐに大きな変化に気が付いた。

 瞳が青くなっていた。

 そういえば前に一度話したことがある。瞳が青いけどクォーターなのかと。その時はクォーターだと言う話で落ち着いたのだが、本当は違ったのだ。

 この研究室に設置されたある機械の暴発により、瞳の色素が減ってしまったため青かったのだ。

「……もうダメだ。水沫もあんなことになってしまったし、やはりこれは失敗作だ。改善の余地もない。……でも……」

 昨日おとぎに両親のどちらかが北欧系なのかと質問された時、水沫が何か言いかけたことを真夜樫は思い出していた。

 父親が言う水沫とはここにいる水沫のことで間違いないだろう。ということは水沫も機械の暴発により青い瞳と銀色の髪になってしまったのだろうか。

水沫の顔を盗み見ると、「君の思っている通りだよ」と言って笑いかけられたのでどうやらそれで正解のようである。

「ねえ、お父さーん。下ろしてー」

「おっと……ごめんごめん」

 一人思考の海を彷徨っていた父親だったが、小さな不知火が下ろせ下ろせと暴れ出したことにより、現実に引き戻されたようだ。

すぐに小さな不知火を床に下ろし、優しく頭を撫でた。

「不知火、目が青いよー」

 小さな海市にそう言われ、小さな不知火は不思議そうに首を傾げる。

「お父さん。私の目、青い?」

「う、うん。さっきの機械が壊れちゃっててね。目が青くなっちゃったんだ。嫌、だよな?」

「ううん! 絵本のお姫様みたいで嬉しい! それに水沫お姉ちゃんと一緒だし!」

「絵本のお姫様? もしかして眠り姫?」

「うん! 眠り姫大好き! お父さんも好きだもんね!」

 眠り姫。最近違うところで聞いたことがある。

 そう、真夜樫達が破壊するためにパスワードを探しているあの機械の名前だ。

「そうだな……。……無名の機械、名付けるならば眠り姫」

「あれ? 新しいお歌? むめ……むめいのきかいーなじゅけるならばーねむりひめー」

「不知火。今までお父さんが教えた歌、しっかり覚えてるか? 思い出せるよな?」

「うーん……思い出せる!」

 小さな不知火はにひっと歯を見せて笑った。

「良かった。今まで教えた七個の歌、いつでも歌って絶対に忘れないようにしておくんだぞ。最初の二音がとっても大事だからな。その歌が、きっと必要になる時がくるから」

「お歌が?」

「うん。海市も不知火に教えてもらって覚えてくれるか?」

「えー、やだよ! 歌なんか歌いたくない! 俺は科学者になるんだー!」

 小さな海市はそう言うと一人で研究所の奥へと走っていってしまった。

走り去る息子の背中をしょうがないやつだとでも言いたげな優しい瞳で父親は見つめた。

 小さな海市が見えなくなると、父親は不知火に向き直りもう一度念を押すようにこう言った。

「じゃあ不知火にお願いする。分からなかったらもう一度教えるから、絶対に記憶してその時まで忘れないようにしてほしい。責任重大だ。やってくれるかな?」

「うん! 絶対忘れない!」

「そうか。ありがとう、不知火」

 父親に頭を撫でられる小さな不知火は小猫のようにとても愛らしかった。

「遠野リーダー! AG001にまた異常反応です!」

「そうか。今行く。……不知火。お母さんを呼ぶから海市と三人で帰ってくれるかな?」

「分かった! お父さんもすぐ帰ってきてね!」

「うん、分かってる。すぐに帰るよ。絶対ね」

 もう一度部下に呼ばれ、父親は小さな不知火を連れて研究所の奥へと消えた。

 彼らが消えてしまうと、真夜樫達のいる場所は先程と同じ研究員も『眠り姫』も存在しない、静かな研究所に逆戻りしていた。

 会話の中に次に行く場所も出てこなかったし、先程のものが最後の歌なのだろう。

 後は歌の初めの二文字を組み合わせてしまえば良いだけだ。

 真夜樫達は研究所を後にし、とりあえず写真部の部室に行くことになった。そこでパスワードを解読してしまおうと言う話になったのである。

 何本か電車を乗り継ぎ、学校の最寄り駅へ到着した頃には昼を過ぎていた。

 学校への道を歩いていると、海市が当然こう言った。

「そうだ。今、思い出した。あの日から親父は家に帰って来なくなったんだ。それでそのままお袋と不知火と本土に移住して会えずじまい。親父が犠牲になったって話もこないだの春休みに初めて教えてもらったんだ。水沫の母さんにな」

「そう、だったんですか……」

 真夜樫はそれ以上言葉が出なかった。

 不知火と海市はあの日を境に一生父親と会うことが出来なくなってしまった。

何も知らない不知火達はさぞ不思議に思っただろう。何でお父さんは帰って来ないのか、いつ帰ってくるのかと何度も母親に聞いたことだろう。

 母親は何と答えたのだろう。お仕事が忙しいとか、もうすぐ帰ってくるとか言って子供達を安心させたのだろうか。

 でも父親は三人の元に帰ってくることなく、たった一人楼閣島で死んでしまった。

 不知火と海市、そしてその両親達の気持ちを考えるだけで胸がものすごく苦しくなった。

「前にも話したが、母さんは十年経ったら二人に手帳を渡してほしいと頼まれていたそうだ」

「それでこの間の春休みに……」

「おじさんは生きてるうちにプログラムを完成させることが出来なかったんだ。あの手帳にも記してあったよね? 十年の間に『眠り姫』を破壊するプログラムが自動で生成されていたんだよ。後はパスワードを入力するだけ。そうすればプログラムが実行され、破壊が完了する」

「じゃあすぐにでもパスワードを解読しちゃいましょうよ! 善は急げです!」

「そうだな。さっさと七個の歌を組み合わせちゃおう!」

 海市と水沫、おとぎの三人は一斉におーと手を振り上げる。

 でも真夜樫と不知火はそれに参加することが出来なかった。

 真夜樫は歌を書き記していた手帳を凝視していたし、不知火はあることに思いを巡らせ何かを指折り数えていたからだ。

 二人が考えていることは全く同じことだった。同時に顔を上げ、同時に口を開いた。

「「歌、まだ六つしかない」」

 そう、良く見ると歌はまだ六つしかなかった。

 二人の父親が言っていた歌の数は全部で七つだ。パスワードもひらがな十四文字。あと一つが足りないのである。

「え、で、でももう次に行く場所は言ってなかったぞ……」

「続きがあったんでしょうか?」

「でもあの後すぐに消えてしまったじゃないか。続きがあるようには見えなかったよ?」

 水沫の言う通りだ。銭湯の時とは明らかに違った。あの時は遠野親子が移動しても元の銭湯に戻ったりはしなかった。

 でも今回は遠野親子が見えなくなったら現在の研究所に戻ってしまったのだ。あの後に続きがあったとは思えない。

「ま、待って下さい! もしかして前提から間違ってるんじゃないですか? 私達ずっと遊園地から始まってると思ってましたけど、実はその前にもう一つあったとか」

「それだよ、おとぎちゃん! 遊園地の前にもう一つ、親父が不知火に歌を教えた場所があったんだ」

「つまりボクらは二番目から始めてしまったということだね」

 じゃあその一番目の場所というのはどこなのだろう。何も手掛かりがない。

遊園地であの光を見つけたのは偶然だったから、もしかして不知火と父親が行ったことのある場所を一つずつ調べていかなければならないのだろうか。

 七つのうちの六つは分かっているのだから歯抜けの文章にはなるはずだ。とりあえずパスワードを解読してみる方が得策かもしれない。

「あの……とりあえずパスワード解読を優先しませんか? 多分六つもあれば意味の分かる文章になるだろうし」

「そうだなー。俺ものぞむーに賛成。とりあえず部室で今後のことを考えつつ、パスワード解読に挑もうかー」

 そんなことを話しているうちにいつの間にか高校に到着していた。

 休日でも登校は制服が原則なので、真夜樫はびくびくしながら部室に向かうのだった。それに比べておとぎはとても堂々としていた。




 真夜樫達は部室で六つの歌の組み合わせと不知火の名前を入れ替えて出来るヒントを考えていた。

 真夜樫は不知火、おとぎと共に歌の方を、海市と水沫は不知火の名前の方を解読中である。

 海市達の方は解読のためなのか、それとも既に飽きてしまったのか、部室のパソコンを立ち上げ、翻訳サイトで英語やイタリア語などの発音を聞きながら二人で大笑いしている。

 真夜樫達は一応『はねだまゆのかりひなむめ』から『ねむりひめ』という単語が出来ることを発見した。これで正解かは分からないが、とりあえず『はだまゆのかな』の方も何かの言葉にしてしまおうと奮闘している最中だ。

「二人共! 俺、分かっちゃった! 『ねむりひめはまだゆのなか』!」

「お、文章になってるじゃないですか! でも何で湯? 眠り姫って長風呂派なんですか? 半身浴でダイエット的なあれですか?」

「いや、知らないけど……。ん? 何、不知火」

 不知火は自信満々に腰に手を当てながらこう言った。

「私も分かった。『ねむりひめかまゆのはだな』!」

「歯って、もしかして眠り姫とまゆって子は入れ歯なんですか!? ってかまゆって誰!?」

 他にも『ねむりひめはまだなかのゆ』だとか『ねむりひめはまゆのなかだ』だとか、考えれば考えるほど色んな組み合わせが出来てしまう。

「どれが正しいのか分かんないな」

「あと二文字残ってるんですもんねえ……間違えたら意識不明ですし。やっぱりもう一つの歌を虱潰しに探していった方が良いんでしょうか」

「その方が確実だよなあ……」

 真夜樫達がこれ以上のパスワードの解読を諦めかけたその時だった。

「はい、分かった! 不知火の暗号解読完了ー」

「えっ!? 本当ですか、海市さん!」

「おう。ORIGINALは本物、つまり本物の『眠り姫』の在り処のヒントな。でだ、『不知火はORIGINAL』ってのが最大のヒントだったんだよ。『しらぬい』を入れ替えるんじゃなくて『しらぬい』を『SHIRANUI』にしてから入れ替えないといけなかったんだ。これを入れ替えてみると……」

 海市の説明に合わせて水沫が白い紙に『SHIRANUI』と書き込んだ。そしてその横に矢印を、その矢印の先に『HAI RUINS』という文字を更に追加した。

 『HAI RUINS』。RUINSなら真夜樫もどこかで見たことがあった。

でも見たことがあるだけでその意味は全く思い出せない。相変わらず英語やローマ字に弱かった。

「RUINSが遺跡、廃墟ってのは分かりますけどHAIって何ですか?」

 海市に質問するおとぎを余所に、真夜樫は「ああ、そういえばRUINSってそういう意味だったな」と納得するのだった。

「ネットで色々調べてみたんだけど、多分中国語の海の読み方かなって思う」

「じゃあ、海の遺跡、または廃墟ってことですか? 一体どこなんでしょう?」

 まさか海底遺跡に本物の『眠り姫』があるのだろうか。

 でもそんなところにどうやっていけば良いのだろう。スキューバダイビングでもしろというのだろうか。

「あともう一つ。これはボクが発見したんだが、ドイツ語でHAIはサメって言う意味なんだ。サメの廃墟といえば、どこだと思う?」

「サメ……あっ! もしかして廃水族館だったりして! ジンベエザメがいるし!」

「ピンポン、ピンポン! のぞむー、大当たりー」

「賞金二百万円を贈呈させて頂こう」

 海市がパチパチと手を叩き、水沫が文字で埋まって真っ黒になった紙の束を手渡してきた。クイズ番組で正解したようで、少しだけ嬉しかった。ゴミを渡されたのはものすごく不服だが。

「ま、合ってるかどうかは分かんねえけどな。でも関係者専用通路んとことか色々扉があったしさー。多分あそこに『眠り姫』はあるんじゃないかなって俺は思う」

「ボクもあそこだと思うな。あまり行きたくはないんだけどね」

 水沫は苦笑いを浮かべた。もしかしなくともあの気持ち悪いリーゼント男のことを思い出しているのだろう。

「つーことであとはパスワードだけだな。解読は進んだ?」

「色んな組み合わせが出来たんですけどどれが正解か全然分からなくて……。やっぱりもう一つの歌を探した方が良いのかなって話をしてたんですよ。なっ?」

 真夜樫は組み合わせて出来た文章を書き記した紙を海市に手渡す。不知火とおとぎに同意を求めると、二人は同時にこくりと頷いた。

「そうだなー。やっぱそうなるよなー。そうするかー」

「じゃあ今日はそろそろ解散にして、明日からの廃墟探索に備えないかい?」

「私も水沫先輩に賛成です」

「んじゃ、そうするかー」

 というわけで今日はみんなまっすぐ家に帰ることとなった。

 真夜樫は校内に入った時と同じように、私服登校がばれないかびくびくしながら何とか学校を出たのだった。




「最初に歌を聞いた場所ってどこなんだろうな。全く見当が付かないよ」

「私も」

 夕飯を終え、真夜樫は自室で不知火とあの歌の話をしていた。

 不知火の記憶さえ戻ればすぐに分かりそうなものだが、まだその気配はない。記憶というものはどうすれば戻るのだろうか。真夜樫はそっちの方も見当が付かなかった。

「それより、写真集は? 写真は集まってるけど」

「えっと……一応どんなレイアウトにしようかっていうのは考えてあったり……」

「見たい」

「み、見たいって言われても……頭の中で組み立ててるだけだし」

「書いて」

「か、書くの? う、うん……」

 真夜樫は仕方なくノートを取り出して頭で考えていたレイアウトを書きだした。見やすいように出来るだけシンプルに、でも寂しくならないよう写真や文字の配置を良く考えて。統一感を持たせるために、一つのフォーマットを作り、基本的にはそれ通りに。でも分かりやすいように必ず応用を利かせて。

 頭の中ではそう考えていても、いざ書き起こしてみるとなかなか思うようにはいかなかった。

「あれ。何かすごく微妙。ダメだ、これ。考え直さないと」

 不知火に見せる前にノートを破り、ぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に捨てた。

「あー。のぞむーの本領発揮ならず?」

「い、いや。俺の本領なんて大したことないけど、これはちょっと納得いかなくて。もう一度一から考え直してみるよ」

「そっか。うん、頑張って」

 何てことないありふれた言葉だった。

 でも不知火に応援されると俄然やる気が湧いてくる。どんなことでも出来てしまいそうな気さえした。

「よっしゃー! 頑張るぞ!」

「何を頑張るの、望!」

 両手を挙げて大きく体を逸らすと、ドアの所でニヤニヤ笑う母親と目が合った。いつの間にドアを開けていたのだろう。不知火との会話に夢中で全く気が付かなかった。独り言を言っている変な息子だと思われたかもしれない。別に思われても大して支障はないが。

「か、勝手に入ってくんなよ! ノックしろ、ノック!」

「ママ嬉しい! 望が何かに向かって一生懸命になってるってだけでママ、涙が出そうよ!」

「話を聞け、話を!」

「失敗しても大丈夫。人生長いんだから取り返すチャンスはいくらでもあるわ。だから諦めずに頑張りなさい! 何かは知らないけど、ママ精一杯応援しちゃう!」

「……お、おう。も、もう分かったから用がないならさっさと出てけよ」

 ものすごく照れくさくなって母親から顔を逸らす。

 本当は嬉しかったけれど、不知火の目の前なためちょっとかっこつけてしまい、素直にありがとうとは言えなかった。

「用があるから来たのよー。見てよ、望! 今日、おじいちゃんおばあちゃん家に行ってきたのよ。そしたらこんなの見つけちゃった。望のよね、この宝箱!」

「あれ! ホントだ! めちゃくちゃ懐かしい!」

 宝箱と言ってもただのお菓子の空き缶にマーカーで宝箱と書いただけのものである。

 でも真夜樫は小さい頃、それを素敵なものがたくさん詰まった夢のような宝箱として大切にしていた。

 しかしある日突然失くしてしまい、相当探したけれど見つからなかった。自分が素敵だと思ったものをたくさん詰め込んでいたので、数日間はものすごく落ち込み、涙も出た。

 けれど子供というものは切り替えが早い。一週間もすれば宝箱の存在なんか記憶の彼方に消えていた。

 そして真夜樫は宝箱の存在を今の今まで忘れていたのだった。

「おじいちゃんおばあちゃん家に忘れて帰ってたみたいね。最近押入れの奥の方で見つけたんだって。望が喜ぶかなーと思ってもらってきたの。感謝してね」

「喜ぶって……。どうせ大したもんは入ってないだろ」

 そう言いつつも、ワクワクしながら宝箱を開ける。もう十年くらい前の話だから何が入っているのか全く覚えていないのだ。まるで本当の宝箱を開けるみたいで、自然に心が躍る。不知火もものすごく興味津々に宝箱を覗いてきた。

「うっわー。懐かしいー」

 入っていたのはお菓子のおまけのおもちゃ、海で拾ったきれいな貝殻、公園で集めた真ん丸の石ころ、蝉の抜け殻、角が取れて宝石みたいになった色つきのガラスの破片、森で拾ったどんぐりなどといったガラクタばかりだった。

 でも当時の真夜樫にとって、これらは全て宝物だった。

「あれ、何だ? 紙?」

「宝の地図か何かかしらねー」

 宝箱の一番下に小さな紙切れが入れてあった。四つに折りたたまれており、何か文字が書かれているようだ。

「えーっと……めいろかけ、おにさんこちら、てのなるほうへ?」

「あっ! これ見覚えあるわ。あれよ、あれ! おじいちゃんおばあちゃんが住んでたマンションの公園でいっつも遊んでる女の子がいたでしょ?」

「あ、ああ。あの子ね。その子がどうかした?」

 母親が言っているのは多分いつも砂場で泥団子を作っていたあの子のことだろう。

 話したことはなかったし、顔も照れくさくて見ていないので分からない。もしかしたらあの子もこの島に帰ってきているかもしれないが、出会っても絶対に気付かないと思う。

 名前も知らないその子とこの川柳に何の関係があるというのだろう。

「その子が歌ってた歌の歌詞を忘れないように書いとくって言ってた気がするわー。多分あれが望の初恋ねー。きれいな子だったもんね。長い黒髪で色白の美人さん」

「長い黒髪の色白美人……」

 その特徴を聞いて真っ先に思い浮かんだのが不知火のことだった。

 不知火も艶のある繊細な黒髪を腰辺りまで伸ばしている。肌も雪のように白く、とても透明感がある。

 そして彼女は十年前、楼閣島に住んでいた。自作の歌を作るのが好きな父親と共に、彼女はいつも歌っていた。

 もしかしたらこの紙に書いてある歌詞は。

 そしてあの時の少女は――。

「その子、今頃どうしてるのかしらねー。絶対すごい美人さんになってるわよ、きっと」

「母さん。学校に大事な荷物忘れてきたからちょっと取りに行ってくる」

「え? 今から? 気を付けなさいよー。携帯、ちゃんと持ってってね」

 コクリと頷くと、自転車の鍵や携帯をポケットにつっこみ、不知火と共に家を飛び出した。

「のぞむー、何を忘れたの?」

 自転車を全速力で漕ぐ真夜樫の横に並びながら不知火は問う。

「あれは嘘。マンションに行くんだ。廃マンションに」

「廃マンション……じゃあ、やっぱり……」

「不知火も気付いてた? 多分、そうだよな? そうなんだよな?」

 自転車を一漕ぎする度に気持ちの良い夏の夜風が真夜樫の頬を撫でた。

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