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10-2

「あれ? 今日は大人しいんだね、海市。いつもは『誰だよ、のぞむーって。キモッ。うちの不知火に手を出したら絶対に承知しねえ。俺が不知火と同じ高校に通ってれば部活も入ってやれたのに。妹がキモ男の餌食になるんじゃないかと思うと俺は心配で一日七時間しか睡眠出来ねえ。あー、呪いてえ。のぞむーを思い切り呪い殺してえ』っていつも言っていたのに」

突然下手くそなモノマネをしながら現れたのは、昨日の甘ロリボクッ娘だった。

 え、何それ怖い。ちょー怖い。なんか知らないうちに知らない人に呪い殺されそうになっていた。真夜樫は恐怖で物も言えなかった。恐ろしくて足がガクガクと震えてくる。こんな気さくで良い人そうな雰囲気を漂わせているにも関わらず、その裏にそんな悪魔の感情を隠していただなんて。人間って怖い。

こういう人が詐欺師になるんだなとふと思った。そして自分は詐欺師に簡単に騙される良いカモなのだ。布団とかカツラとかツボとか、欲しくないのに買わされて借金に溺れる地獄のような人生を送るのだ。

そんな人生を送らないためには引きこもって人と関わらないようにするのが一番である。

 そうだ。研究所に引きこもって人の記憶を消す機械をひたすら研究し続けていれば良いんだ。真夜樫は一層科学者になるという夢を確固たるものにしていくのだった。

「空気を読めといつも言ってるだろーが、この変人」

 さっきまでにこにこ笑顔を浮かべていたはずの海市がいきなり悪魔のような形相で甘ロリボクッ娘の頬を引っ張り始めた。やはり彼は悪魔だった。天使のような悪魔だったのだ。

 小さな少女の頬を引っ張るホストの男性。何だかすごく犯罪的な光景だ。これが町中なら確実に通報されているだろう。

「ひゃっへいひゅもひょうひゅってふからひゃんへかひゃってほもっひゃひゃけひゃのにー」

 甘ロリボクッ娘は必死に抗議をしているが、何を言ってるのか全く分からなかった。

「本人の前であんなこと言うわけねえだろ!」

 どうやら海市にはちゃんと伝わっているようである。

「つーかお前ジュース買ってきたのかよ。お前が買いに行くって言ったんだろ」

「君が求めていたフルーツオレは不思議の国に散歩中のようで見当たらなかったんだ。だからスーパーに行って季節のフルーツと牛乳を買ってきた。あとはこれを絞って牛乳と混ぜれば……出来上がりというわけさ!」

「出・来・上・が・り・と・い・う・わ・け・さ・じゃ・ね・え・よ」

 海市は言葉のリズムに合わせて甘ロリボクッ娘少女の頬を右に左に上に下にと引っ張った。そんなに引っ張ったら可哀想だ。腫れてしまうかもしれない。

「幼女いじめ反対でーす」

 その時、悪魔をも恐れずに勇敢に立ち向かったのは勇者おとぎだった。

 ここは本来男である真夜樫の出番な気がするが、今の彼は先程の一件で戦意を喪失し、不知火と部屋の隅っこで指遊び(いっせいのーでが掛け声のあの遊び)をしているので無理だった。

「幼女じゃないからー。こいつ俺と同い年」

「自己紹介がまだだったね。ボクは諸秘水沫もろひめ みなわ。海市と不知火の幼馴染で、海市と同じ高校に通う高校三年生。ちなみに写真部の部長をやっている。以後お見知りおきを」

 水沫は芝居がかった仕草でスカートの端を持ち上げ、ぺこりと愛らしく頭を下げた。

「あ、どうも初めまして! 私は雲塚おとぎです。向こうの端っこでいっせのーで二とか一人で言ってるのが真夜樫望先輩です」

「話は全部聞いていたよ。ドラマティックな登場しようと思ったんだがやけに海市の話が長くてタイミングを逃してしまったんだよ。海市には反省してもらいたいところだね」

 海市の拳が水沫の頭上に振り下ろされた。一応手加減をしているのか痛そうではなかったが、やはりどこか犯罪の匂いがする組み合わせだと真夜樫は思った。

 まあ幼馴染だと言っているから、どこまでの激しいスキンシップが許されるかをお互い認識済みなのかもしれない。

 多分悪気はないのだが、水沫は人の気に障ることを言ってしまうタイプなのだろう。良く言えば素直で純粋、裏表のないタイプ。悪く言えば空気が読めず、他人から鬱陶しがられるタイプだ。

 そして海市はその正反対、裏表が激しいタイプのようだ。

「海市さん、高校生なんですか。全然見えませんね」

「何それ。俺、何歳に見えるわけー? ぴっちぴちの高校三年生男子ですけどー」

「ホストクラブ勤務、二十代後半のチャラ男さんですかね」

「容赦ないねー、君」

 真夜樫もおとぎの意見に心の中で同意するのだった。だがしかし絶対に彼女のように面と向かっては言えない。

 幽霊は心底怖がっていたくせに、他のことに関してはおとぎは本当に怖いもの知らずである。その性格が災いして会社の上司とトラブルを起こすのではないかと勝手におとぎの将来を心配するのであった。その時は仕方ないから研究所の助手にしてやろう。

「それにしても君達が不知火の知り合いだったとはね。やはり運命というものは存在しているよう――」

「どんな写真撮るのー? 見せてよー」

 海市が水沫の言葉を遮って、おとぎが首から下げるカメラを指差しそう言った。おとぎは心底嫌そうな顔で海市を見つめる。

「嫌ですよ。海市さん、私の苦手な人種ですから」

 おとぎの中学時代の話を聞いたので、きっと苦手なのだろうなと真夜樫も薄々思っていたが、こんなにはっきり言ってしまうとは予想外だった。やはり研究所の助手にするという方向で考えておいた方が良さそうである。

「えー、何それ酷くない? 会って間もないのにー。俺はおとぎちゃん好きだよー」

「うわ、気持ち悪い。絶対見せませんよ」

「ケーチ」

「はい、そうです。ケチです」

「不知火にカメラ教えたの、俺だったらどうする?」

「え……?」

 途端におとぎの目の色が変わる。

 高校に入る理由にもなったくらいに憧れている先輩の師匠が目の前にいるのだ。食いつかない方がおかしい。

「なんだい、それは! ボクも初耳だよ、海市!」

「お前はバナナでも口に詰めてろ」

 喋り出そうとした水沫の口に、海市はぐりぐりと彼女が買ってきたバナナの束を押し付けている。水沫には嫌なことをされているという感覚が全くないのか、「ボクはお猿さんじゃないよー」と何だか嬉しそうに笑っていた。

「どうやら嘘みたいですねー」

「ねー見せてよー。ちょっとだけで良いからさー。ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ」

「嫌ですよー。しかもその台詞、なんか変態チックなんでやめて下さい」

 空気を読まない水沫を海市はキッと鋭い瞳で睨みつけた。言わなくても「お前のせいで台無しじゃねーか、この野郎」という言葉がその眼光から読み取れた。

 だが水沫にはその無言の圧力は全然効果がないようで、何でこっちを見ているのだろうと言いたげに小首を傾げていた。

 その鈍感さがどこか不知火に似ている気がした。水沫の鈍感は人、というか海市をイライラさせる鈍感と言う点で違いがあるが。

「だったら」

 海市は立ち上がり、何故か真夜樫の方に近寄っていく。

 恐ろしい悪魔がこちらに近付いていることに気付いた真夜樫はびくりと肩を揺らした。不知火と楽しく指遊びをして先程の恐怖が薄れてきていたというのに、一瞬で元に戻ってしまう。

「な、なな……なんですか……」

「これ頂きまーす」

 海市はスッと真夜樫の眼鏡に手を持っていき、それを一瞬で奪い取った。もしかして眼鏡を奪い取るプロとして売っているんじゃないかと思うくらいの素早く完成された動きだった。取られないように押さえる暇もなかった。

 海市は満足そうな笑顔で真夜樫の眼鏡を掛け、おとぎに向かってこう言った。

「小娘、小僧の眼鏡と引き換えだ! カメラの在り処……じゃなくてカメラを渡したまえ!」

 何だかどこかで聞いたことがある台詞のような気がするが気のせいだろうか。

 イケメンの海市は真夜樫より何倍も黒縁眼鏡が似合っていた。「黒縁眼鏡って本当はこんなにオシャンティーなアイテムだったのか!」と目から鱗が落ちそうな気分だった。

 そうやって現実逃避しないとダサい自分が惨めでならなかった。

「く、雲塚! 言うこと聞いてくれ!」

「え、ええー。でもぉ……」

「三分間待ってやる!」

「海市! 海市! ボクにも何かの役をやらせてくれ!」

 某大佐を演じる海市があまりにも楽しそうに見えたのか、水沫は仲間に入れてもらおうと必死に手を上げている。

 しかし非道な海市は完全に彼女のことを無視していた。

 外道だ。きっと海市と書いて外道と読むのだ。

「あれ? これ度、入ってないじゃん。伊達眼鏡とかシャレオツだねー、のぞ……え?」

 話の途中で海市は突然大きく瞳を見開いた。しかも口をだらしなく開けたまんまで。

「あっ!」

 真夜樫とおとぎは同時に声を上げる。海市の反応から、彼の身に一体何が起こったのか瞬時に理解したのだ。

 おとぎはファインダーを覗き込み、真夜樫に向かって苦笑いしてみせた。

 海市の目線の先は病室の端、真夜樫の向かい側の本来は何もない場所である。

 でも真夜樫の眼鏡を掛けた彼にははっきりと見えているだろう。

 愛しい妹、不知火の姿が。

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