仮面
スプーン曲げた後、唐突にぶっ倒れやがった。
俺はその様子を額に痛みを覚えながら眺めていたんだが、随分面白そうな奴だ。
確か…さ、なんだっけ?…サイケ?いや、サイコだったか?
まぁ、アイツが保健室から戻ってきたら、だな。
さて、もう一眠り…
「起きろ」
「はいはい…」
またチョークぶつけられんだろうなぁ。
「先生…」
女子生徒が担任を呼んだおかげで、俺目掛けてチョークが飛んでくることはなかった。にしても、随分怯えたような声だが、一体どうしたのだろうか。
「どうした?」
担任が訊ねる。すると女子生徒は後ろを指差し。
「あそこに…変な人が…」
一同の視線が後ろに集まる。その先には確かに『変な人』がいた。
銀色の妙な模様が描かれた仮面を付けた男。身長はかなり高く、180cmぐらい、だいたい俺と同じくらいか。どこかで見たことのある制服を着ている。
「やぁ、こんにちは先生」
そいつが喋った。高い合成ボイスだ。
教室内がざわつく。
「全員静かに。その制服、南高の生徒か」
あぁ。南高の制服か。
「ご明察!」
俺もさすがに気になったため、顔を上げて後ろを見ている。そいつは演技掛かった喋り方とは対象的に、体はガタガタと震えていた。そいつはさらに続ける。
「我が名はシグマ、この高校にいる能力者に喧嘩を売りに来ました」
余りの痛々しい発言に、教室中が一瞬静まり返り、それから間もなく笑いが起きた。
そんな反応が気に入らなかったのか。
「君たち、笑ってられるのも今のうちだよ?その気になれば一瞬で全員殺せるんだからさ」
なんて言った。
当然、更に教室内はざわめく訳で。
「だったらやってみろよ!」
とか、男子も騒ぎ始めた。
その騒ぎに担任は呆れ果てて。
「まぁともかく、お前多分停学食らうからな」
そう言うと、力強く腕を左から右に振った。先ほどから使いまくっているチョーク投げ。こんだけ力込めてりゃ、そりゃ痛いだろうな。
担任の手から打ち出された白い弾丸は、見事そいつの額を。
となるはずだったのだが。
どういう訳か、そいつに当たる直前にチョークは俺の視界から消えた。落ちたという訳ではない。一瞬のうちにどこかへ無くなってしまった。
先ほどまで騒いでいたクラスメイト達の笑顔が消える。一気に静まり返る教室。
「無駄だよ、僕に物理攻撃は通らない」
「何をバカな」
再び腕が振られる。真っ直ぐに飛んでいくチョーク。しかし当たらない。再びチョークは目の前で消えた。
「何本やっても無駄だよ…さて、そろそろ僕は帰るかな。肝心の能力者くんも一人不在だし」
そう言うと、そいつは教室後方のドアに向かって歩き始めた。
「稲葉、取り押さえろ」
担任は俺を椅子から引きずり上げ、そいつに向かって突き飛ばした。教職員のやることじゃねぇだろ、おい。
「ばいばーい♪」
能天気な声。その言葉を最後に、そいつは消えた。
目の前から一瞬にして消えたのである。どうなってんの?
ぶつかる相手がいなくなり、俺は壁にぶち当たった訳だが、ぶつけた肩の痛みなど気にならず、それ以上に。
そいつがどうやってこの場から逃げたのか。
どうやってチョークを消したのか。
つーか能力者って何?
そんなことばかりが疑問として残った。