第2話 派遣もいろいろ
翌日、朝から、和泉は出張に出かけた。
午前中は、東京を離れ、郊外にある工場で製造担当との連絡会議、
午後は、東京に戻り、顧客を1件訪問の予定が入っていた。
工場へ向かう電車の中で、和泉は読書にふけった。
最近は、”もしドラ”でおなじみ、本家の方の、
ドラッカーの”マネジメント”を読んでいた。
内容は難しいが、仮にも係長で、一部署を預かる立場として、
多少は参考になる部分があった。
そしてなにより、最高の睡眠導入剤だった。
和泉は、会社の中では、どちらかというとエリートと言われる部類に入る。
都内の有名国立大学工学部を卒業後、技術者として入社。
5年前に営業部に異動し、
技術的な詳しい話もできる、営業マンとしてキャリアを積んできた。
電子部品の業界では、営業もメーカーの技術者相手なので、
そうした専門的な知識が必要であり、
技術職から営業への転身もよくある話だ。
連絡会議は紛糾した。
景気が悪い中、営業はどんな小さな仕事でもとろうとするが、
短納期だったり、難しい要求があったりと、
生産現場にとっては厳しい条件が多かった。
そして今回の数量変更。
生産担当の吉原課長もかなりストレスを溜めていた。
「確かに、今は大変な時だし、小さな仕事でもとっていかなきゃいけない。
和泉君の言うのも分かる。
だけどさ、最近の予定変更は多すぎるだろう。
営業からすれば、当り前のように製品が出来てくるように思えるだろうが、
普通に予定通りの数量を生産するのに、
どれだけの現場の苦労があると思ってんだ?
機械のトラブルに、人のトラブルだってあるんだ。
現にこの間だって、派遣社員の・・・」
そこまで言って、吉原は口ごもった。
さすがに、固有名詞を出すのはまずいと思いった。
半月ほど前、派遣社員数名が急に来なくなり、
現場はまさに”てんてこまい”という事件があったばかりだった。
ここでも派遣か・・・
和泉は、うんざりといった感じだった。
会議は、なんとか話がまとまった。
営業も、よく現場の状況を確認しながら、
受注の調整をするようにとのことだった。
まあ、あたりえのことだが。
和泉は、午後の客先訪問のため、
再びとんぼ返りで電車に飛び乗り、東京へと戻った。
「アポイントは3時だから、会社には戻らない。
直接客先へ向かう。」
と、会社に連絡し、品川にある大手家電メーカーへと向かった。
高層ビルのエントランスには、綺麗な受付嬢がいて、
面会予定の担当者に連絡をとった後、
面会室へと案内してくれた。
女優の釈由美子風の、美人系だった。
膝上のスカートがゆれるたびに、ストッキング色の太腿が見え隠れした。
「今日は曇りで蒸しますね。雨でも降るんですかね?」
面会室へ向かう途中、
和泉は、なんとなく他愛もないことを話しかけてみた。
「予報では、夕方から雨ですよ。傘はお持ちですか?」
「あ、そうなんだ。どうりで・・・。
傘、持ってきてないなあ。」
「道を挟んで向かいのコンビニに、傘売ってますよ。」
「あ、ありがとう。気が利きますねぇ。
あなた、派遣社員の人?」
「え?まあ、そうですけど。何か?」
「あ、いや。気が利くので、正社員の方かと・・・。」
「とんでもないです。正社員なんか、なかなか雇ってもらえないです。
ましてや、受付ですから・・・。」
「受付だって大事な仕事じゃない。会社の顔だし。
世の中、こうしてどんどん派遣社員ばかりになっていっちゃうんですね。
うちにも派遣社員がいますけど、どうしようもなくて・・・。
でも、あなたみたいな、できる人もいるんですね。」
「とんでもないです。
あ、こちらの面会室です。」
「ありがとう。」
面会室に通され、数分もしないうちに、資材担当の井口が顔を出した。
「こんにちわ。」
「どうも、いつもお世話になっております。」
井口は資材担当だが、和泉と同じく、技術屋からの転身で、
仕事上の付き合いではあるが、和泉とは気が合う感じだった。
「すみませんね。いつも無理な注文ばかりで。」
「いえ、とんでもない。
ですが、今日の午前中の連絡会でも、ちょっとモメまして・・・。」
「そうですか・・・。」
「あ、ですが、最大限調整して、
ご希望に添えるように努力しますので。」
「それはそれは、助かります。
実は、こちらからもお願いがありまして。」
井口は続けた。
「結局、今の件なんですが、
ご存知のとおり、この部品は、新しいスマートフォンに採用してます。
今回、御社の部品を採用させていただいた背景には、
当然、品質、価格、納期の面でうちの希望を聞いてくれるということがありますが、
なにより、御社の協力、
特に今回の部品の開発に感謝しており、
御社の部品を除いては、今回の企画はなかったと言っても過言ではありません。」
「ありがとうございます。」
「この企画には、うちも社運をかけて力を入れておりまして、
ぜひとも、今後も最大限ご協力いただきたく。」
「は、はい、もちろんです。」
「今日は、ぜひ和泉さんに合わせたい人がいるんですよ。」
「え?どなたですか?」
井口は、部屋に備え付けの社内電話で、その人物を呼び出した。
しばらくすると、ドアをノックする音がして、
まじめそうな男が入ってきた。
年は、30代半ばくらい。
作業着にネクタイをして、少し緊張ぎみだった。
「森田と申します。」
「和泉です。よろしくおねがいします。」
自己紹介もほどほどに、井口は、身を乗り出して、
新しいスマートフォンの開発にかける、
森田やその他開発グループの意気込みと、これまでの努力を語り始めた。
そして、こう続けた。
「実はね、この森田、派遣社員なんですよ。」
和泉はハッとした。
「大学卒業時、就職難で、小さな企業を回るうち、会社の倒産なども重なって、
それで派遣会社に登録した流れで、たまたまうちにたどり着いたんです。」
「すごい掘り出し物ですね。」
「そうなんです。企業を転々としながらも、
独学で、勉強してたっていうんですよ。」
「でも、今の技術の進歩は早いから、大変でしょう。」
和泉は、森田のほうを見て言った。
「はい。でも、好きなんです。この仕事。」
森田は、照れくさそうに視線を落とし、苦笑いした。
井口は、さらに続けた。
「今回の開発企画も、営業からの注文を、次から次に克服したのは、
ほとんどが森田のアイディアなんですよ。」
「へぇ!」
和泉が感心する中、森田はさらにかしこまって恥ずかしそうにしていた。
企業をつくるのは、正社員でも派遣でもない。
人なんだな・・・。
和泉は、派遣社員への偏見を、少し改めなくてはと思った。
和泉が会社へ戻ると、すでに7時をまわり、
オフィスには、残業の数人がいるだけだった。
すると、自分の机の上に、1枚のメモがあった。
体調不良で、しばらく休みます。
たまってる仕事は粗方片付けておきました。 土屋
頭に血が上って、メモを握りつぶした。
さっきの「偏見を改めよう」は、すぐに撤回された。
「体調不良なわけないだろう。あんなに元気だったのに。
何考えてんだ・・・」