第1話 派遣社員って・・・
プルルル・・・と、けたたましく電話の呼び出し音が鳴った。
プルルル・・・プルルル・・・
「あ、ちょっと待ってください・・・。土屋さん、電話!」
和泉孝一郎は、話し中の電話の受話器を手で押さえて、
苛立ちを隠さずに、言葉を投げた。
「あ、はい。」
まったく、派遣社員というのは、責任感がない。
誰でもいいという感覚で雇うものだから、誰でもいい人しか来ないというのが、
和泉の感覚だった。
「はい・・・はい・・・、申し訳ございません。
あの、その件につきましては、先日ご注文いただいたとおりに・・・」
土屋梨奈は、仕事ができないわけではなかった。
ただ、それほど仕事に思い入れもなく、いつ転職してもいいくらいの気持ちしかなかった。
趣味は、クラブ通いとカラオケ。
おそらく、高校生くらいのころは渋谷でギャルでもやってたのだろう。
さすがに、今では派手なメイクはしてないが、
それらしい雰囲気を醸し出していた。
「和泉係長、お客様が、急に部品の数を増やしてほしいって言うんですけど・・・」
言葉は丁寧だが、土屋の顔は、明らかにイラっとしていた。
「工場はどうなの?在庫に余裕があるなら、出せないことはないんじゃない?」
「ああ、まあ、そうですけど・・・確認してみます。」
そのくらいは、言われなくてもやってくれよ・・・。
和泉は、話し終わったばかりの受話器を置く暇もなく、
ブツブツと呟きながら、次の電話先の番号をプッシュした。
やっと、取引先との電話がひと段落ついたころだった。
「和泉係長、総務課から電話なんですけど、
派遣社員の面接の方が見えてるそうです。」
「そうか、もうそんな時間か。」
和泉は慌てて、1フロア下のロビーへと階段を駆け降りた。
第3面談室に入ると、そこに1人のおとなしそうな、というより暗そうな、
黒ぶちの眼鏡をかけた女性が、
テーブルの前に、ちょこんと腰かけていた。
「営業の和泉係長です。」
総務課の高橋課長が、和泉を紹介した。
「和泉です。よろしく。」
和泉が、女性の顔を覗き込むと、目をそらすようにうつむきながら、
「堀木環です。」
と、やっと聞き取れるくらいの声で言った。
「仕事の内容はだいたい話しといた。派遣会社の人、さっきまでいたんだけど、
次の用事があるってことで・・・
あと、何か聞きたいことがあれば。」
高橋は、話がはずまず、やりにくそうな顔をして、
和泉に質問するよう、目で促した。
「あの、営業のアシスタントをやってもらうことになるけど、経験は?」
「え、えっ・・・と・・・」
「え?」
「あの、ありません・・・。」
「じゃあ、接客とかは?」
「えっと、そうですね・・・」
業を煮やして、高橋が口をはさんだ。
「履歴書には、前職、飲食店店員とあるんだが・・・。」
「そうですね。どういった飲食店ですか?」
「あの・・・、ふつうの・・・」
「え?」
「ふつうの居酒屋です。」
「そう。」
和泉は、高橋と顔を見合わせた。
「では、今週中には結果をご連絡しますので。」
と、高橋は面談を終わりにした。
女性を見送った後、高橋が口を開いた。
「どうする?」
「うーん、まあ、どうであれ、人が足りないんで・・・。」
和泉は、やれやれという顔をしながら答えた。
とにかく今の忙しさをなんとかしたい一心で、人を選ぶ余裕はなかった。