03.新生活なんだけど
「おはよう」
「あら、おはよう」
「お早う」
「寝癖ついてる」
リビングにはもう、母さんと父さんと、美咲がいた。
母さんは台所で父さんの弁当を包んでいて、父さんはダイニングテーブルで新聞を読んでいる。美咲は4人分のお茶を煎れていて、テレビではおなじみの番組。天気予報の飯田さんじゃないから、まだ時間は大丈夫だ。
……なんだろう、なんか、こう。
「変化に乏しいっていうか」
「新しい制服か?なかなか似合ってるな」
「うん。ありがと父さん」
いつもと同じ朝過ぎるだろ!!
父さんに急に話し掛けられた。
そうなんだよ、新しい制服なんだよ。今日から新しい生活なんだよ!!
今のところほとんど変化無いけどな!!
「早く顔洗って来たら」
美咲に促され、嘆く間もなく俺は洗面所に向かった。
母さんと父さんが顔を見合わせてにこにこしていて、美咲も一緒に微笑んでいたことは俺の知らないこと。
「ひでーな……」
何が? 俺の寝起きの顔? ……違ぇよ!! 寝癖だよ!!
「入学式なのに…」
そう。今日は入学式なのだ。
今日から本当に、高校生。
何組になるかな。どんなクラスメイトや新入生、先輩がいるかな。部活の勧誘とかやってんのかな。そして……
俺に出会いはあるのか!?
今朝の夢のような!?
俺の大いなる野望は今日から始動だっ!
顔を洗い髪を整え(入学式だから抑え目で小綺麗に)、再び鏡の前で意気込んだ。
自分テンション高くて気持ち悪い。でも期待感、高揚感が抑えられない。ワクワクする。なんでこんなに楽しいのかな。
でも結局朝飯もいつも通りに食べた。
「行ってきます」
「忘れ物ない?」
「無いよ……別に必要な物とかないし……」
小学生じゃあるまいし!
新しいスニーカーに足を入れた。
新しいって言っても、今日初めて履くわけじゃない。だって、入学式の日に新品の靴履くなんて……
いかにも、って感じだろ? 何回か履いたよ、何回か。
「美咲ちゃんも、気をつけてね」
「ありがとうございます」
俺が開けた扉から、美咲が玄関を出る。
俺も一緒に玄関を出て、振り返った。エプロンを付けた母さんが微笑んで手を振っている。
気づけば息をたっぷり吸い込んでいた。
「行ってきます」
母さんのいってらっしゃい、という言葉を聞きながら俺は扉を閉めた。
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「くあーっ、なんか清々しいな!」
「……そうね」
「……?」
なんか、美咲変か?
いつもだったら、何かしらコメントくれるんだけどな。……文句とかが多くても。
自転車を引きながら、隣を歩く美咲を見つめた。髪切ったよな。さっぱりしていて、新しい制服にも似合ってる。
「制服似合ってんな」
自然とその言葉が口を滑り出た。
紺に青と銀のチェック柄のそれは派手じゃなく、可愛らしくて美咲によく似合ってるなと思う。
……まぁ、美咲は幼なじみのひいき目無しに可愛いんだけどな。
「何言ってんのよ、あんた馬鹿っ?!」
「うあっ!?」
その言葉とともに乱暴に自転車に蹴りを入れられた。
褒めてんのに!
やっぱりなんだか美咲の様子はおかしい気がした。耳赤かったし。顔が赤くなるほど怒るような事を言った自覚がない。
俺は今日から自転車通学で、美咲はバス通になるから一緒なのは徒歩5分のバス停まで。
ちなみに美咲の学校の入学式は昨日で、今日からは授業だ。
学校違うから、もう一緒に登校できないんだよな……ちょっと寂しいな。
……は?
何考えてるんだ俺は。
そう、今までそれが当たり前だったから……。当たり前の習慣が変わることへの不安だ。
「バイバイ」
「ん、ああ」
バス停に付いて、美咲は立ち止まった。通勤ラッシュにはまだ早いから人がいない。
……なんか、気まずい気がする……
俺が視線を泳がせると、丁度バスが走ってくるのが見えた。
「バス来たぞ」
「うん」
再び沈黙が訪れた。今までこんなこと無かったんだけどなぁ。
――ゴウと音を立ててバスが止まった。
ドアが開き、美咲が乗り込み――振り向いた。
「あんたもそれっ、新しい制服似合ってるよっ」
その言葉と、笑顔を残し、よく見えない席に腰を下ろした。
そのまま走り去っていくバスを、俺は呆然と見送るしか無かった。