02.生活習慣
「あ、あの……」
「はい、なんですか?」
俺を呼び止めたのは、小柄でショートヘアのふわふわした可愛いらしい女子。
制服のリボンのラインが緑だから俺と同じ、新入生か。
「……っ」
くりくりな大きな瞳を潤ませ、やや上目遣いで俺のことを見る。
ちくしょう可愛い。
「えーと……」
しかし言葉を紡がない少女に困る。なんとなく頭を掻いて間を潰した。
俺が再び口を開こうとした時だった。少女が口を開く。
「あの……ほんと、ごめんなさいっ、こんなの、私も初めてで、どうしたらいいかわからなくて……」
頬を染めて更に目を潤ませる少女に、声も可愛いなんて考えながら、俺は黙って続きを待った。
「あの……っ」
少女は意を決したように顔を上げ、俺は驚きが混じりどきりとした。
「好きですっ、一目惚れしました! ……わ、私と付き合ってもらえませんか……っ」
「えぇっ!?」
突然の申し出に、まず頭がついていかない。
好き?一目惚れ?付き合ってもらえませんか?
それってなんだ。
ついに顔を真っ赤にした少女と目が合う。その瞳の中を見て気づく。
俺は、告白された。
人生で初めて、告白された。
それを噛み締めた瞬間、体中を歓喜が駆け抜けた。それはどんどん膨らみ、なんだかもう、目の前が真っ白になってきた。強い光が射すように―――
「俺のイメチェンは大成功だっ!!」
「ほとんど変わってないじゃない」
「……へ?」
この声は? 軽快な音と共にカーテンが引かれ、さっきから眩しかった光が部屋にあふれた。
「イメチェンって言ったって」
部屋を横切って、声の主は更にカーテンを開ける。
「髪型変えて眼鏡変えた程度じゃない」
ごもっとも。
「大成功とか……そんなレベルにはたどり着いてないと思うけど?」
最後のカーテンを開け、部屋を朝日で満たすと声の主、もとい少女は腰に手を当て俺を見据えた。
「おはよう。そろそろ準備しないと遅刻するわよ?」
なんか、頭がクラクラするのは気のせいか。
「お前……なんでいるんだよ」
「なんでって、ずっとこうしてたじゃない」
今は俺の椅子に腰を落ち着け、さも当然と言った表情で返してくる。
そうだけどさ!
「高校生にもなって起こしに来るか?」
「そうね」
「学校も違うのに?」
「あんたが頼りないからでしょ!!」
「とぁっ!?」
急に大声を出して顔を逸らす。びっくりして変な声が出てしまった。
「だって、もう癖って言うか日課って言うか…生活の一部だし…」
まだ何か言っているようだが最後の方はよく聞こえなかった。
「ていうかさ、着替えるから、美咲出てってくんない」
体は起こしてるし、目も覚めてるけど、体はベッドの上だ。
そう言うと美咲はやっとこっちを向き、目をぱちくりと瞬く。
「あ、うん……下に居るね」
そう言い残し、美咲は出て行き、部屋の扉は閉められた。
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美咲は、
花山美咲は俺の幼馴染みだ。
家は向かい。
いや、家が向かい。そのことから歳の近かった親同士が仲良くなり、生まれる前から今日まで腐れ縁的な付き合いをしている。
幼稚園も小学校も中学校も同じだった。まぁ、お向かいさんだしな。
そんなこんなで、朝は一緒に行くことが多くて、
中学生の頃か?
朝迎えに来るついでに、俺を起こすようになっていた。
『ごめんなさいね美咲ちゃん。でも手間が省けて助かるわ』なんて母さんは喜んでるし。後のセリフが本音なんだろ、まるわかりだよ母さん。
俺も慣れちゃってあまり何も思わないけど、年頃の女の子が男子の部屋に入って来るのってどうなんだ?
俺は壁に掛けてあったハンガーを手にとった。
これが、俺が今日から着る制服だ。濃いグレーのブレザーに、学年カラー緑のラインの入った臙脂色のネクタイ。スラックスも臙脂地に黄色と緑のチェックが入ったデザイン。けして派手ではなく、でも洒落た落ち着いたデザインの制服だ。
どうやら、すごく人気がある制服らしい。俺はあんまりそういうのは興味が無いからよくわからないけど。
県立茜川高等学校
それが、俺が今日から通う学校だ。
制服に身を包み、鏡を覗く。
「悪くはない、よな」
制服に着られてる感満々だけどな!
「……待ってろよばら色の高校生活!!」
鏡に向かって意気込んで、鞄を掴むと俺は自室を出た。