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赤紙が来た日

作者: 望塩

集団心理を実感している真っ直中。

今日、賢治に赤紙がきた。


誕生日が過ぎて3日だから平均的、なのだそうだ。


赤紙…その正式名称とはほど遠く、そして、その名前の由来になった過去の大戦の召集命令の紙の色ですらないのに、それはそう呼ばれている。


その紙が来てから…5日の余裕しかない。

5日後には、賢治はそこに旅立つ。



敵のいない、戦争。


ただ、死にに行くためだけに行くような、けれど誰かがやらなければ、もっと被害が広がるのだと…言われている、危険区域の決死作業が5日後に賢治を待つ。


『いやぁ、ほら、あれじゃん、俺ってジョン・レノンのファンだからさ〜』


なんて、軽く言って、賢治は顎をなでた。『レノンがいうわけよ、想像してごらんって』


昔は敵が他の国だった。


闘う相手だって、命があった。


『命と命の削り合いの戦争よりは、全然ましじゃん?』


賢治は言う。


私は、『全然ましって、日本語が正しくない』とつっこみながら、目をそらす。


涙は目の奥に溜まったままであるようにと、私は必死で短い芝生に残った雪を見続ける。



その雪にだって、放射能が含まれている。


この戦争がいつ終わるかを、私たちはうまく想像できない。


昔は風向きなんて関係なく外に出歩けたなんて言われても、ぴんとこないように。『だって、俺がいかなきゃ誰がいくのさ〜』


と、賢治はおどけ、次に、少し真面目に付け加える。


『みんな行くんだぜ』


昔、戦争にいく弟に死ぬなと叫んだ詩があったという。


だけど、今、それを言ったところで何ができるというのだろう。


私は見送るしかないし、賢治は行くしかないのだ。


仕方がない。


『俺は殺されないよ、作業授業の成績悪くないしさ、逃げ足も早いしさ、やばくなったら、放射能の嵐が来る前に逃げるって』


賢治はバカだから、放射能が予告して向かってくるとか、降ってくるとか思ってるんだろうか。


バカだ。


本当にバカだ。


バカは死ななきゃ治らないのに。『向こうじゃ、最新の除去重機に乗って、バッサバッサと汚染物質を捨ててやるって!一ヶ月したら帰ってくるし。だから、俺が帰ってくるまでレノンのCD預かっててくれよな』



賢治は笑って親指を立てる。


グッジョブ?


グッドラック?



私は精一杯、胸の固まりで声を詰まらせないように、目をそらしたまま『オーケー』と答えた。



私ができる、賢治へのことなんて、もうそれくらいしかないのだ。


『最後にさぁ、やらせてくんない?』


と、賢治がふざけて顔をのぞき込んできた。


『バッカ!弥生にやらせてもらいなよ!彼女でしょ!』


叫ぶ。


間髪入れずに叫べた。


真剣に求められたら、応えてしまえる。それが怖かった。


『だってさ、たくさんやったやつが生き延びられるって言われてんだぜ』

『バカじゃん』


それは、生命力が強いって言われているだけの迷信だし、行く前の男子にとって都合のいい話すぎる。


あるいは、もう、子供は出来ないから、先にしとけということか…



『弥生に会いに行きなよ。あるんでしょ…結婚式』


『んー、まあね〜、まあ、会場で会うしね〜、つか、あいつさ、結婚式の歌、レノンは嫌だって言うんだぜ?

じゃあ、何がいいんだよって聞いたら…なんだっけ、あれ、ブルーなんとか?の歌がいいっていってよー』 それは多分、今、北陸で一番人気のあるポップグループのことだろう。


『めんどくさいから、それにしといた』


だから、レノンは使わないし、弥生は絶対聴かないし、お前が持っててくれよな、と言い残して、賢治は歩き出した。


歩き出す賢治を止めることができなかった。


資格もない。


5日後、賢治を見送れるのは弥生だ。


賢治が戻ってきて、迎えに行くのも、看病するのも弥生だ。


賢治が死んでしまったとしたら…その通知も弥生が受け取るのだ。



私には、レノンしかない。


国境のない世界を、想像してごらんと歌ったレノン。


でも、彼は国境をなくすことも戦争をなくすこともできなかった。 想像からすべてが始まっても行動がなければ、手に入らない。


そして、私は賢治に行動するつもりはない。


もう、それは手遅れなのだ。



世界が水の幕で覆われて、賢治の姿が輪郭を失った瞬間。


『そーだー、言っとくけどさ、それ絶対に売るなよ!』


賢治が叫んできた。


『う…売らないよ、バカっ!』


私は叫び返す


泣き笑いの顔になっていた。

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