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《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》

[1-2]


 何が起きたのか分からなかった。

 ……いや、起こったことは分かる。直前に眼にした信じられない光景を思えば、想像するに難くない。

 分からないのは、何をどうしたらあんな有り得ない状況が生まれるのかということだ。


 今俺に分かるのは、ただ一つだけ。

(……柔らかい)

 何故だかこの上なく心地好いその感触だけ。

 そして、男の黒い欲望を刺激する独特の甘い香り――

「――って、アホかっ! とっとと退けっつーんだっ!」

「きゃん!」

 なんて、思わずどきりとするような声を上げて、俺の上から離れる心地好い重み。

 ……言っておくが、名残惜しさなど感じていない。断じて。


「いたたたた……」

 そんな声。

 見れば、髪の長い女が一人、尻をさすりながら眉を寄せている。

 どうやら、二階から落ちた衝撃よりも、俺に突き飛ばされた衝撃の方が応えたらしい。

 ――当然だ。落下の衝撃は、俺がこの身で受け止めたのだ。


「おいあんた! どこの誰か知らないけどな、痛いのはこっちなんだよ! 頭ケガした人間の、その頭の上に落ちてくるなんて、いったいどういう了見だ!?」

 言うと、女は――女性は。黒眼勝ちの、くりっとした大きな瞳を俺に向けた。

 美人だ――……と、思わなかった訳じゃない。


「うー……突き飛ばすなんてひどいよぉ~」

 一瞬言葉に詰まった俺に、女性はまるで悪びれた風もなく、非難めいた眼をしてそんなことを宣った。

 正直そりゃないだろってところだが、お陰で、色香に絆されそうになっていた自分を律することはできた。


「ひ、酷いのはどっちだ!? あんたが今、目立ったケガもなく息災でいられるのは誰のお陰だ!? 俺が下敷きになってやったお陰だろうがっ!」

 一瞬とはいえ、見惚れていた気恥ずかしさで語気が荒くなっていたが、女性は意に介した風もなく、きょとんと眼を丸くして、

「……? ……あ。あー、そっかそっか」

 なんて言って、ぱんっ! と手を打ち鳴らした。

「私ってば、キミの上に落ちちゃったんだ。で、キミのお陰でケガをせずに済んだ、と」

「…………」

 ……どうやら、状況の把握はしてくれたらしい。


「……いや、ま、分かってくれて何よりだが。……それよりも、さ。分かったんなら言うことがあるだろ……? 迷惑かけた相手にはさ……」

 正直、女性の相手をすることに疲れてきていたが、頭を抱えつつも言った。

 すると、彼女はぱあっと花が咲いたように笑って――

「あ、そうだねっ!」

 そう、笑って――

「――ありがとう! キミのお陰で、おねーさん助かっちゃった!」

 上機嫌で、そう言った。

 …………。


「……? どうかした? いー若いモンがそんなに渋い顔しちゃって。何か悩みごとでもあるのかな? おねーさんに言ってみ言ってみ?」

 どこまでも、脳天気な声で。

「ん?」

 なんて、可愛らしく小首を傾げて見せる女。……何が可愛らしくだ。

「……いや、もう良い。好きなだけ窓から落ちてくれ。俺はもう行くから――」

 うんざりして、そう腰を上げた時だった。

「――ゆーねーちゃーんっ! だ、だいじょうぶっ!? けがしてないっ……!?」


 そんな、慌てふためいた子供の声が聞こえた。



【つづく】

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