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《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》

[4-3]


「ねー、まだー?」

 部屋に集まったガキの一人が、痺れを切らしてそう漏らした。

 それに触発されて、その他のガキ共も口々に不平を露わにする。

「もーまちくたびれちゃったよー」

「さきにはじめちゃおうよー」

「てゆーかボク、へやでゲームしてたいんだけどー」

「――ええいっ! うるせえぞこのクソガキ共っ! まだ何分も待ってねえだろうがっ! 大人しくしてやがれこの野郎っ!」

 てめー勝手なガキ共の言い分に、俺は語気荒く叫んだ。

 ガキ共は瞬間、怯んだように押し黙ったが――しかし、それも一瞬だけのこと。

 何故なら。

「こーらバカ起陽っ! 大人しくするのはあんたの方でしょーが!」

 そう言った女の容赦ない一撃に、俺の威勢は続かなかった。


「あだっ!」

 後頭部をはたかれた衝撃に、思わず間抜けな声が漏れる。

 頭を抱えたまま振り返れば、そこには、嫌と言うほど見知った顔。

「ひなたっ! てめっ、いきなり何しやがるっ!?」

 目一杯眼を吊り上げて抗議してやったが、女――ひなたは、それ以上の剣幕で、俺の反論を許さなかった。

「何しやがる、じゃねーわよっ! いい年して、なに子供にマジギレしてんの! 大人げないにもほどがあるわよ! 少しは自重しなさいっ、このバカ起陽っ!」

 そんな発言に、一瞬は静かになったガキ共も、俺の背後でひそひそと囁き合う。

「ばかたつひだって」

「ばかたつひらしいね」

「ばかたつひなんだー」

「うるせーぞクソガキ共っ!」

 即座に振り返って言ってやったが――

「だ・か・らっ! いいかげんにしなさいっ!」

 そう言ったひなたに耳を引っ張られて、それ以上言葉を続けることはできなかった。


 ……しかし。まあ、確かに。十歳近く下のガキ共相手に、ムキになるのもアホらしい。

「いっててて! わーかった! 分かったからっ、耳を放せっ! 放してくれ、放して下さいお願いしますっ!」

 涙ながらに訴えると、ひなたはようやく手を放す。

 ……言っとくが、比喩じゃないぞ。本気で泣くくらい痛いんだ、こいつの攻撃は。

 痛む耳を押さえつつ、何とか体勢を立て直す俺に、ひなたは嘆息混じりに言った。

「あんたねえ、自分でこんなこと企画しといて、ちょっと一人ではしゃぎ過ぎ。少しは大人しくしなさいよ――付き合ってくれた神山ちゃんにも、悪いでしょ」

 そんな言葉に促されて見てみれば、ひなたの隣で、ばつが悪そうに苦笑する少女が一人。

 ――神山美月。いつぞやのひなたとの会話で名前の出た、隣のクラスの女生徒だ。

 彼女をこんな場所に引っ張り出したのは、他でもなくこの俺だ。本来なら、彼女を気遣ってやるのは、ひなたではなく、俺の仕事に他ならなかった。


「あー……その、すまん、神山。……ガッコまで、早引けさせちまったってのに」

 素直に頭を垂れた俺に、少女――神山は、驚いたようにぶんぶんと手を振った。

「あっ、謝らないで! 別に気にしてないからっ! 香月先生にも、正式な校外活動として認めて貰ってるんだし、それに――……とっても素敵なことだなって、思うから」

 そう言って、神山は優しく微笑んだ。

 ……考えられないことだな、と思った。同じガッコの奴から、この俺が優しく微笑みかけられている。

 それは酷く烏滸がましくて、滑稽で――むず痒い感覚だった。

 それが何だか気持ち悪くて、俺は誤魔化すように吐き捨てた。

「……そんな、いいもんじゃねえって。俺は、馬鹿だからな。……単に、これくらしか、思いつかなかったってだけの話さ」


 俺が、あいつ――敦のために、できること。

 ――そんなもの、端からありはしなかった。俺は結局、暴力を振るい、ヒトを傷付けることしか能のない、ただの愚か者だ。誰かを救う術なんて知らなかった。

 ……だから、ひなたに、神山に、泣きついたのだ。

 それはどこまでも情けなくて、格好悪くて、俺らしくもない。誇れることでもなければ、素敵だなんて、言ってもらえるようなことでもない。

 そこは、小児科病棟の子供達のため、院内に設けられたレクリエーションルーム。

 可愛らしいデザインのソファには、幾人かの子供達。

 彼らの囲むテーブルの上には、幾つもの折り紙セットと、ハサミやノリなど、凡そ「それ」を行うために必要な道具が、一式揃えられていた。

 これからここで何が行われるのか――そんなこと、今更確認するまでもない。


「……喜んでくれるといいね」

 誰かが優しく呟いた時、部屋の扉が静かに開かれた。

 そこには、相変わらずの笑顔を浮かべるあの女と――今日の主賓である少年が、きょとんとした顔で立っていた。




【つづく】

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