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《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》

[4-1]


 俺は、良くある探偵モノに出てくる、高校生探偵なんかじゃない。

 じっちゃんの名にかけるわけでもなければ、身体は子供で頭脳は大人ってわけでもないからだ。

 ――と言うのは、まあ、冗談だが。

 しかし、常識外れな推理力や捜査能力があるわけじゃないってのは、本当だ。

 だから、名も知らぬ他人を一から捜し出すなんてことは本来不可能だし、あまりにも身の程知らずでおこがましい所行だ。

 ――本来なら。


 探し出すべき相手が、見るからに頭の悪そうな分かりやすい連中だったことと、出会ったのが病院であったのは幸いだった。

 奴らが見舞客であったのは間違いない。

 そしておそらくは、見舞った相手も奴らとそう変わらない性質の人間だろう。

 そんな人間が最も世話になる確率の高い科はどこだと思う?

 言わずもがな、外科だ。ああ言う馬鹿は、周囲と同じくらい自らも省みないが故に、生傷の絶えない奴が少なくない――言っていて耳が痛いが。


 ともかくも、俺は外科病棟のナースステーションで、それらしい入院患者や見舞客に心当たりがないかを尋ねた。まあ、探偵モノ風に言うところの、キキコミってやつだな。

 多少不審ではあったかも知れないが、奴らはナース達の間でも有名だったのか、拍子抜けするくらいあっさりと、ターゲットは見つかった。

 ――勿論、この場合の有名は、悪い意味での話だが。

 聞けば、配慮に欠けた大声での談笑や、病室を初めとした喫煙所外で喫煙に、ナースへの迷惑行為と枚挙に暇がなかった。

 いつの間にか愚痴に付き合わされるような形になっていたのは苦痛だったが、まあ、そのくらいはご愛敬。何よりも強力な免罪符を手に入れた。こんだけのワルモノだ。多少の無茶をしても、俺が責められることはないだろう。


 病室が見つかれば、やるべきことは一つだけだ。

 俺は、腰の後ろ、シャツの裾で隠したそこにある獲物を手に、件の病室に踏み込んだ。

 突然の闖入者に狼狽する入院患者。予想通りの男だった。

 見れば、男は足を骨折しているらしく、ベッドの上に投げ出された足は石膏に覆われていた。

 そんな美味しいポイントを見せびらかされたら、すべきことは一つ。

 手の中の獲物を、迷い無く最上段から振り下ろす。

 響く轟音。砕ける石膏。無様な悲鳴。――事前に人気のないことを確認しておかなかったら、ちょっと面倒臭いことになっていたかも知れない。

 俺は悪びれた風も見せず、手の中の獲物をプラプラとこれ見よがしに強調しながら、用件を伝える。つまり、奴らの所在とその他一切の情報について。

 素直には教えてくれなかったが、懇切丁寧に、二度三度と問い直してやったら、嬉し涙を流しながら、洗いざらいゲロってくれたよ。


 ――まあ、そんなわけで。特に苦労した訳ではないんだがね。一言だけは、言っておく。

「……ったく。めんどくせえことさせやがって、カスが」

 吐き捨てると、薄汚れた闇の中に蹲った影が、もぞもぞと虫のように蠢いた。

「う……うぅ……」

 あらら。虫のくせに、いっぱしにヒトみてえなうめき声を上げやがりますよ。

 ――ま、カテゴリー的には人類なんだろうけどな。

「とっとと起きろよ、わざわざ寝こけねえように手加減してやったんだからよ」

 言ってやると、そいつは真っ赤な鮮血の滴る頭蓋を支えながら、憎々しげに俺を見上げた。

「くっ……そっ……何だってんだ、いきなりっ……!」

 そんな呟きを漏らす男を、俺は冷め切った侮蔑的な眼で見下ろしていた。


「不幸ってのは、いつだっていきなりやってくるもんだろ。……あいつだって、次の瞬間にてめえみてえな汚え不幸が扉の向こうからやってくるなんて、思いもしなかったろうよ」

「な……に……言って……?」

 暗い声で言う俺に、男は尻餅を突いたまま怯えたように問う。

 俺は、自嘲的に薄く笑う。

「……さあ? 何言ってんだろうな、俺は。てめえでもよく分かんねえよ」

 首をすくめて言ってやる。

 と、男は馬鹿にされたとでも思ったのか、少しだけ眼付きを鋭くして問うた。

「テメェ……いったい何もんだっ……!?」

 そんな台詞に、思わず吹き出してしまう。こんなお約束で、ありきたりで、期待通りの台詞が他にあろうか。


「はっ、はははっ……! ナニモノ、何者かあっ……そうだなあ、そりゃ気になるよなあ。うーん、何だろう、そうだなあ……」

 笑い混じりに言いながら、俺は手の中のずしりと重い銀の閃きを見た。……赤いものが、微かに付着している。

 それを頭上に振り上げながら、俺は続けた。

「――少なくとも、正義の味方とは言えねえよな」

 言いながら、己の中に湧き起こる暗い高揚に任せ、手を振り下ろす。

 暗い路地裏に響く轟音。飛び散る石片。

 蹲る男は、怯えたように頭を庇っている。

 俺は、自嘲的に嗤った。

「……正義なんて知らねえ。俺はただ――眼の前の路を、進むだけだ」




【つづく】

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