《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》
[3-4]
俺の身体を心配する者がいる。
俺の悪評を危惧する者がいる。
俺の行動を憂う者がいる。
――それらはきっと、正しいことなのだろう。間違っているのは、おそらくは俺の方なのだ。
彼女たちを善とするならば、俺は悪。
善とは尊崇されるものであり、悪とは糾弾されるべきものだ。
――勧善懲悪。
有史以来、洋の東西を問わず、ヒトの親はずっとそれを己が子に教え説いてきた。それはヒトにとって、永劫普遍、唯一無二の犯さざるべきルールなのだ。
だから、俺はヒトの群れの中では生きられない。俺は悪だから。奇異の眼を向けられ、嘲笑され、焼けた鉄の道を独り歩むしかない。
……それを、辛いと思わないわけではない。寂しい……と、思わないわけではない。
けれど、俺には分からないのだ。現実には何が善で、何が悪なのか。本当に尊崇されるのは何で、糾弾されるべきは何なのか。
守るべきは何なのか。捨てるべきは何なのか。
……俺が拳を振るえば、傷つく者がいる。
心配する者がいる。
危惧する者がいる。
……憂う者がいる。
それは、忌避すべきものなのだ。ヒトのルールに則るのなら。……己の本心に従うのなら。
だが、そのために犠牲にしなければならないモノがあるとしたらどうなのか。それが、絶対に譲れない、譲ってはならないモノだったならどうなのか。
――どちらを守り、どちらを捨てるのが正しいのか。
……俺にはそれが、分からない。
光のない暗闇の路だ。陽の差さない、陰の世界だ。進むべき方向も、進むべき距離も分からない。……何も分からない。
だが、だからと言って、その場に留まり続けているわけにはいかないのだ。手探りにでも進まねば、その場で腐って行くだけだ。
……そうして、藻掻いて、藻掻いて。
どこに向かっているのか、進む先に何が待っているのかなど分からない。
それでも、俺は、進み続けるしかない。
例え、同じ路を向こうから進んで来る者がいようとも、俺は止まらない。
――絶対に路など譲らない。
誰かみたいに、こそこそと路を空けたあげく、突き飛ばされるなんてのは御免だ。そんな馬鹿げた目に何て遭ってたまるものか。
行く手を阻むモノは、何であろうと誰であろうと、全て蹴散らしてやる。俺の歩みを、俺の願いを阻むモノは、全て敵であり、悪なのだから。
……こんな俺を見たら、きっと、彼女たちは悲しむのだろう。
それでも、俺にはそうするしかない。俺の中の激情を晴らすためにも――踏みにじられた尊い記憶を、取り戻すためにも。
「さあ、行くぞ、境守起陽。――鬼退治の時間だ」
……長い言い訳の後、俺は独り、暗闇の中でそう呟いた。
【つづく】