《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》
[3-1]
折り紙を折ったこと、つまり折り紙遊びをしたことは、当然ある。
最後に遊んだのは、確かまだ小学生の時分だ。
……隣にいたのは、ひなただったか。
思い出と呼べるほどのものではないが、まあそれなりに記憶には残っている。幼少時のキレイな記憶というのは、ある意味、俺にとっては貴重でもある。
最早うろ覚えだが、折り鶴や手裏剣、やっこさんに兜なんかのスタンダードな物は、おそらく一通り作ったことがあるはずだ。
――当然、紙ヒコーキも。
しかし、どうにも上手くいかない。昔はそれなりにやれていたはずなのだが、最初の一手順目、中心で二つに折ることすら上手くいかない。どうしてもズレてしまうのだ。
こう言う物は、1ミリのズレが最終的な完成度の高さに直接影響する。特に紙ヒコーキって奴は、飛行性能にに大きく関わってくるのだ。拘らないわけにはいかない。
「……何やってるの?」
幾度目かの折り直しをした頃、いつものエプロンを身につけたひなたが、キッチンから顔を覗かせて言った。
「見て分からないか」
作業の手は止めず、ぶっきらぼうに返す。
ひなたは驚いたような――むしろ懐疑的な表情を浮かべつつ、俺の隣に腰を下ろした。
「分かるけど、起陽と折り紙なんて、今となっては結びつかないじゃない。……昔は良く二人で遊んだけどさ」
呆れているような、ともすれば馬鹿にしているような口調ではあったが、俺の手元を興味津々に覗き込んでくるひなた。
「寄るな暑苦しい。てか、やり辛いだろ」
ぴったりと肩を寄せてくるひなたを、こちらの肩でぐいと押し返してやったが、肩に掛かる緩やかな重みが離れる気配はなかった。
嘆息して、俺は手を止めた。
「俺が折り紙しちゃワリィのかよ」
……まあ、似合わないのは重々承知の上なのだが。
「悪くはないけど、どーゆー風の吹き回し? 起陽にしてみたら、こんなもの女子供の遊びだー、とでも言いそうなもんだけど。――まあ、女でも、この年になったらそうそうやる機会なんてないけど」
……遠回しに、馬鹿にされた様な気がした。
「……悪かったな、ガキでよ」
何だか馬鹿らしくなって、手にしていたそれをテーブルの上に放り投げた。
机上に散乱した幾つかの残骸を引っかけて、落下する作りかけのヒコーキ。
だがそれは、共に落ちた残骸と共に、慌てて後を追ったひなたによって、すぐに拾い上げられた。
「もー、乱暴なんだからー。そんなこと言ってないってば、拗ねないでよ~」
机上にヒコーキを戻しながら、困ったように眉根を寄せるひなた。
何だかあいつの顔が見れなくて、俺はそっぽを向いて頬杖を突く。
「拗ねてなんかねーよ」
……いや、ま。客観的に見て自分がどう言う態度なのかぐらい、分かってはいるんだが。
そんな俺の胸中などひなたは百も承知なのか、別に追求などしてこなかった。
「悪かったってば~、許してよ~、ね~? 馬鹿になんてしてないからあ。ほら、あたしも折り紙、嫌いじゃないしっ。だから一緒にあそぼ? ね~、起陽ってば~」
そんな風に、甘えるような声を出して、ひなたは俺の袖を引く。
その感覚が、俺は嫌いではなかった。
「……わーったよ、うるせーな」
嘆息して言った俺に、ひなたは満足げに笑った。
「さてっと、それじゃあ何作ろっかっ――てゆうか、ヒコーキ作ってたの?」
テーブルの上の残骸を見つつ、ひなた。
「ああ。……どうにも、上手くいかねーけどな」
「そお? 起陽って元々そんな不器用じゃないし、けっこー上手くできてると思うけど」
自嘲的に漏らした俺に、ひなたは不思議そうな顔をする。
「それとも、何かどーしても妥協できない理由があるとか?」
その問いは、別段思惑もない、何気ない言葉だったのだろうが、俺は何だか、胸中を見透かされたようで面白くなかった。
だから、別の問いを返した。
「……お前、折り紙の得意な知り合いとかいねーの?」
「はえ?」
間の抜けた声が帰ってきた。完全に予想外だったのだろう。
まあ、予想外云々以前に、そんな知り合いが都合良くいるわけもない。問うだけ無駄なのは俺にも分かっていた。
――のだが。
「いるけど?」
ひなたはあっさりと言い放った。
「折り紙同好会の会長やってる子でねー――って言っても、会員その子だけなんだけど――神山ちゃんて言う子。隣のクラスだから起陽は知らないかもね」
言ってみるもんだ。これ以上適役の人材が他にあろうか。
俺は驚きと共に、奇妙な高揚を感じていたが――
「紹介して欲しいの?」
そんな言葉に、思わず押し黙った。
……そうだ。ひなたの知り合いに折り紙の得意な奴がいたから、何だというのだ。
紹介して貰う? ――そんなことは不可能だ。ヒトを傷付け、ヒトを遠ざけてきた俺が、今更どの面下げてその輪の中に入って行けると言うのか。
「? どしたの?」
ひなたは、屈託無く尋ねてくる。
だが、俺には答える言葉がなかった。
だから、俺は無言で、また、そっぽを向いた。
――そちらには誰もいないなんてこと、分かり切っていたのに。
【つづく】




