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《ひかげとひなたと紙ヒコーキ》

『プロローグ』とは分離しています。よろしければこちらもどうぞ。→http://ncode.syosetu.com/n6613m/

[1-1]


 病院は嫌いだ。

 白を基調とした場所。混じり気のない純粋な世界。一切の汚れを排除した無菌の空間。

 ――うらぶれた弱者共の吹き溜まり。


 吐き気がする。こんな場所が世界に存在することも、自分が今、こんな場所にいることも。

 シクシクと痛む頭の傷と、大げさに巻かれた白い包帯が忌々しかった。


 小うるさい監視役がいなくなった隙に、重々しい沈黙が支配する待合室を後にしたのは当然のことだった。

 特に行く当てがあった訳じゃない。この病院で過ごしたことはない。院内の構造など分かる訳もなく、ただ人目を避けるように静寂な白い廊下を進んだ。

 人気の無さと比例して増大する静寂は、ヒトの陰鬱な気持ちを増幅する。

 けれど、陰気で弱々しい弱者の群れが視界から消えただけでも、幾分ココロは晴れやかだった。


 辿り着いた先は、皮肉なほどに眩い陽光が降り注ぐ緑の庭。あまり入院患者も寄りつかないような、小さな中庭だった。


 ――人々に忘れられた、小さな安らぎの空間。


 気がつけば、建物のほど近くに植えられた、背の高い木の根元に腰を下ろしていた。

 湿気と熱気を帯びてきた初夏の風が、頭上で微かな葉擦れの音を奏でていた。

 それは、この静寂にあっては心地好いざわめきで、安らいだココロは、自然とポケットの中に忍ばせた大人の嗜好品へと手を伸ばさせた。

 掌大の四角い箱の中から一本を取り出して、口元へと運ぶ。

 共に取り出したライターに灯を点そうとして――

 動きを止めた。


 別に、年端もいかぬ身の上でそれを嗜むことに、罪悪感があった訳じゃない。そんなものがあれば、端からこんなもの吸ってはいない。

 動きを止めたのには――否、動けなくなったのには、理由がある。


 頭上の心地好い葉擦れの音。

 しかし、それが心地好かったのは、実は一瞬のことだった。

 ポケットからそれを取り出してすぐ、頭上の葉擦れは奇妙なほどに騒々しいものに変わっていた。

 そう、まるで、生い茂る葉をかき分けて、何かを探しているような。

 ――何を馬鹿な。こんな都会の真ん中で、野生動物でもあるまいし。まして、地上数メートルはあろう自らの頭上で、捜し物などする人間など居ようはずがない。

 誰だって、そう思うだろう?

 だから、それを口に銜えたまま、視線だけで上を見上げたのは、何も誰かの存在を見つけようと思ったからじゃない。

 ……にも関わらず、だ。


 ――彼女の姿を、そこに見つけた。


 見つけようなどと思わなくても、その衝撃的な姿は、否応なく視界に飛び込んできた。

 入院患者なのだろう。寝間着姿の、おそらくは二十代前半ほどの女性だった。彼女は、建物のすぐ近くにあるその木に向かい、二階の窓から目一杯に身を乗り出していた。

 木と建物は、ほど近くにあるとは言え、それでも女子供が手を伸ばして届く距離ではない。だから、女性はもう、本当に目一杯。正に、窓から――窓枠から、身を乗り出していたのだ。


 ――あ、落ちる。


 と。

 ……どうやら、間近に迫った危機感を感じた時、ヒトは身動きが取れなくなるものらしい。

 ライター片手に間抜け面で頭上を見上げたまま――現実的な重みを持った危機感を、俺は全身で受け止めることになる。




 そうして、俺――境守起陽さかがみたつひと、彼女――緋蔭優ひかげゆうは出会う。


 ――それは、ひかげと、ひなたと、紙ヒコーキがもたらした、とある初夏の日の出来事だった。



【つづく】


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