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朱雀の爪

嵐山の夜は、昼の賑わいが嘘のように静かだった。


天龍寺の門はすでに閉ざされている。

だがその奥、

裏山へ続く竹林の道に、人影が二つあった。


風が吹く。


竹が擦れ合う音が、ざわりと鳴る。


その音の中を、赤羽和也は黙って歩いていた。


後ろを歩く椿が、ふと空を見上げる。


「嵐山ってさ」


軽い声だった。


「昼は観光客だらけなのに、

 夜になると急に妖怪が出そうな雰囲気になるよね」


赤羽は足を止めない。


「昔からそうだ」


低い声で言う。


「京都は、人の街であり――」


少しだけ間を置いた。


「そうでないものの街でもある」


椿は少し笑った。


「隊長、たまにそういうこと言うよね」


竹林を抜ける。


天龍寺の裏庭。


石灯籠の影が、長く地面に伸びている。


その時だった。


ざわり。


空気が揺れた。


椿が足を止める。


「……来た」


闇の奥。


黒い影が、ゆっくりと形を持つ。


人の輪郭。


だが、身体は影。


そして――


白い穴のような目。


神禍。


椿はナイフを抜いた。


「じゃ、やるよ」


軽く腕を振る。


ナイフが空を裂いた。


ヒュッ。


一本。


その刃が空中で歪む。


二本。


四本。


十本。


朱雀の羽のように広がる刃が、神禍へ降り注ぐ。


影の身体が裂ける。


だが神禍は倒れない。


白い目が、椿を睨む。


椿は笑った。


「ほら隊長」


振り向く。


「出番」


赤羽はゆっくりと槍を構えた。


双頭槍。


焔槍。


神紋が光る。


胸の奥で、朱雀が目を覚ます。


槍の刃が赤く燃え上がる。


炎が宿る。


赤羽は一歩踏み出した。


槍を回す。


空気が唸る。


次の瞬間。


炎の軌跡が、円を描いた。


竹林の闇が赤く染まる。


神禍の影が焼ける。


影が崩れる。


それでも神禍は、ゆらりと立っている。


赤羽が槍を振り抜く。


炎が走る。


影の身体が裂け、焼け、そして――


消えた。


夜の竹林が、再び静かになる。


風が鳴る。


竹が揺れる。


椿はナイフを収めた。


「終わりっと」


軽く息を吐く。


そして振り返る。


「さすが隊長」


だが。


赤羽は動かなかった。


焔槍を握ったまま、地面を見ている。


椿は眉をひそめた。


「……隊長?」


返事がない。


神禍が消えた場所。


そこを見ている。


椿が近づく。


「どうしたの?」


赤羽はゆっくりと目を閉じた。


さっきの一瞬。


神禍の顔が――


人の顔に見えた。


泣いた顔。


恨んだ顔。


そして。


紅羽。


「……何でもない」


低く言った。


椿は納得していない顔をする。


「何でもなくないでしょ」


一歩近づく。


赤羽は一歩下がった。


「気にするな」


椿が目を細める。


「気にするよ」


少し沈黙が落ちる。


竹の音だけが鳴っている。


赤羽は視線を逸らした。


「帰るぞ」


椿は少し不満そうに肩をすくめた。


「……はいはい」


二人は竹林の道を戻る。


嵐山の夜。


遠くに渡月橋の灯りが見える。


歩きながら。


赤羽はふと目を閉じた。


その瞬間。


ズキン、と痛みが走る。


右目。


ないはずの目。


赤羽はわずかに顔をしかめた。


椿はそれに気づかなかった。


竹林の風が、またざわりと鳴る。


その音はどこか――


遠い記憶を呼び起こすようだった。

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