表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

朱雀の残火

祇園の夜は、炎の匂いがした。


赤羽和也は、その匂いが嫌いだった。


けれど。


忘れたことは、一度もない。



まだ神禍という言葉が、今ほど日常ではなかった頃。


それは突然だった。


最初に異変に気づいたのは、紅羽だった。


「ねえ、和也」


夏の夜だった。


鴨川の川沿いを二人で歩いていた。


川床の灯りが、水面に揺れている。


「最近、変な夢を見るの」


紅羽は笑っていた。


長い黒髪を風に揺らして。


「どんな夢だ」


和也は聞いた。


彼女は少し考えてから言った。


「……燃えてるの」


「何が」


「全部」


その言葉を、和也は覚えている。


何度も思い出すくらいには。


けれどその時は、ただ笑った。


「夏だからだろ」


「なにそれ」


紅羽は少しだけ頬を膨らませた。


「夢の話なのに」


「夢なんてそんなもんだ」


和也は川を見た。


水の音。


祇園の夜。


遠くで笑う人の声。


普通の夜だった。


ただの、普通の夜。



それから数日後。


紅羽が、神禍になった。



最初は小さな違和感だった。


彼女は急に黙るようになった。


何かを見ているような目。


誰もいない場所を見る。


「……どうした」


和也が聞くと、


紅羽は小さく笑った。


「ねえ」


「和也」


「神様ってさ」


「どうして祈られなくなったと思う?」


その質問の意味が、わからなかった。


「急に何だ」


紅羽は答えなかった。


ただ。


ぽつりと言った。


「……可哀想だよね」



その夜。


祇園で神禍が出た。



人の形をしていた。


けれど。


もう人ではなかった。


黒い影。


白い穴のような目。


煙のような体。


それは、ゆっくりと街を歩いていた。


和也はすぐに気づいた。


「……紅羽」


影が止まった。


そして。


ゆっくりと、振り向いた。


顔はもうなかった。


けれど。


声だけは残っていた。


「……和也?」


和也は動けなかった。


神禍の体から、黒い煙が溢れている。


祇園の提灯の光が、ゆらゆらと歪む。


「……紅羽」


呼ぶしかなかった。


「戻れ」


影が、ゆっくりと近づいてくる。


「戻れよ」


声が震えていた。


神禍は、首を傾げた。


「……どうして」


その声は、まだ紅羽だった。


「……どうして」


「みんな」


「こんなに苦しいの?」


和也は答えられなかった。


神禍の体から、黒い影が広がっていく。


街の灯りが消えていく。


「……紅羽」


和也は拳を握った。


その時。


胸が熱くなった。


神紋。


朱雀の紋。


それが初めて発動した。


炎が、溢れた。


赤い火。


朱雀の火。


神禍を祓う炎。


「……和也」


紅羽が笑った。


「綺麗」


その言葉が。


最後だった。



炎が、すべてを焼いた。


神禍を。


祇園の夜を。


そして。


紅羽を。



気がついた時。


街は静かだった。


灰だけが残っていた。


和也は、動けなかった。


炎は消えている。


けれど。


右目から血が流れていた。


視界は、もう半分なかった。


朱雀の力は強すぎた。


その代償だった。


けれど。


そんなことはどうでもよかった。


和也は、ただ。


灰を見ていた。


そこに。


紅羽がいた場所を。


ずっと。


ずっと。


見ていた。



その夜から。


赤羽和也は。


朱雀隊の隊長になった。



けれど。


炎は、消えていない。


あの夜の火は。


今でも。


胸の奥で燃え続けている。


まるで。


消えない焔のように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ