第7話 忍び寄る魔の影
「いいか、魔法ってのは禁忌の力として恐れられていたんだ」
人差し指を立てながら、言い聞かせるように語り始めた。
ジュラフォードの語るおとぎ話のような過去の世界に、驚きや憧憬、様々な表情を見せるリリアフィル。
とりわけリリアフィルにとって、衝撃を受けたものは大きく分ければ二つ。
かつての世界では魔法が一国の元に管理されていたということ、そして凶悪な魔獣はここまで蔓延ってはいなかった、ということだった。
「……じゃあ、ジュラフォード様にとっては、誰でも魔法が使えるいまの世の中の方がおかしいんですね」
「あぁ、そういうことだ。それに先ほど襲ってきた気味の悪い緑色の魔獣は見たことも無い」
「あれ、ゴブリンって言うそうですよ。エルフの里にもたまに現れてたんです。でもその度に兄さんたちが追い払ってくれてて……」
思いがけず口にした自身の言葉で、思い出したかのように兄の顔がふと脳裏を過る。
最後の会話となったのは、自分をジュラフォードの元へ向かわせる為に時間稼ぎをすると別れたとき。
次に見たのは、謎の魔法使いに捕らわれた、生死も分からぬ兄の姿。
そして、異形と化したことで醜悪な姿に成り果てた幼馴染。
その存在が脳裏を過っていたのは、なにもリリアフィルだけではなかった。
「そういえば…… あの場にはお前の兄が居たんだったな。それともう一人、俺に敵意を向けていた…」
「はい。ジュラフォード様が戦ってたのは私の幼馴染なんです。里でたった一人の」
「ところで、お前はどう思ってるんだ?」
「えっと、どうって……?」
「あの幼馴染をどう思ってるのかと聞いている」
探りを入れるかのように訊ねると、リリアフィルはとくにこれといった特別な反応を示すことなく淡々と答えた。
「どう思うもなにも、大事な友達だし…… あ! でも、たまに私が話しかけたら顔を赤くするんですよ! おかしいと思いませんか?」
「はぁ…… お前ってやつは…… まぁ、そんなモンだろうなと思っていたがな」
「へ? 私なにかおかしいこと言いました?」
クラドの一方的な恋心に気付いておらず、当人にとってはあくまでも友達止まり。
それはジュラフォードの予測通りだったが、リリアフィルのあまりの鈍さは予想を大きく超えていた。
ジュラフォードは「きっとお前の事が好きなのだろう」という言葉が、喉まで出かかっていたが直前でそれをグッと飲み込んだ。
その思いが最初に伝わるなら、それは本人の口からである方がいい。そう思っていたからこそ言い切ることをしなかった。
それ以上は口にしないものの、ジュラフォードの本心では、恐らく元に戻る方法はないであろうとも考えていた。
「……まあ、あの魔法使いを追っていれば、いずれまた再会することになるだろう」
「どのみち、ジュラフォード様が山に籠ってた間に何があったのか、突き止めなきゃいけないですもんね」
ジュラフォードが相づちを打とうとしたそのとき、ユバの気の抜けた声がそっと二人の耳元をかすめた。
「も、もうつかれた~ きゅーけーしよ~……」
そう言うと、ユバはバタンと音を立ててその場で座り込んだ。
「やれやれ…… まぁ結構歩いたからな。よし、少し休むか」
「やっほーぃ……」
ヘロヘロになりながらも、華奢な腕を挙げてガッツポーズを見せるユバ。
辛うじて残った元気はその程度が限界だった。
「椅子を用意してやる。少し待ってろ」
ジュラフォードは荷物を降ろすと、鞘から剣を引き抜き、近くにあった手頃な樹木に狙いを定めた。
目にもとまらぬ速さで剣を振るったかと思えば、一瞬にして切り取った丸太から、小休止にはちょうどよい簡易的な椅子を作り出した。
「ほれ、座れ…… って、おい!」
椅子を拵えたジュラフォードが振り返ると、ユバは鼻提灯を作りながら、背負ったリュックを枕にして寝息を立てていた。
「まったく…… のんきな奴だ」
「ふふ、可愛いじゃないですか」
「いいや、手が掛かるばかりだ」
「……そういえば、ユバちゃんとジュラフォード様はどんな関係なんですか?」
丸太の椅子に腰を掛けながらリリアフィルは訊ねた。
「こいつは山でくたばってるのを見かねて、俺が助けてやったんだ。恐らく捨て子なんだろう。少し面倒見てやったら随分と懐きやがってな…」
「そうだったんですね。口ではあんな風に言っても、ジュラフォード様もほっとけないんですね」
くすくすと、ほんの少しからかうように笑いながら言うと、ジュラフォードは照れ隠しをするかのように返した。
「の、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪いだけだ!! 軽く剣を教えてやったのも一人で生きるためで!」
「はいはい、ふふっ。やっぱりユバちゃんが可愛いんですね」
「おいこら! あまり俺をからかうな!!」
「そんなこと言って、全然怖くないですよ?」
「これは先が思いやられるな……」
と、口ではそう言うものの、素のリリアフィルをようやく見る事が叶い内心では嬉々としているジュラフォードであった。
そこからしばらくの間、森を吹き抜けるそよ風に包まれ、気まずさのない静寂が続いた。
「……あの、私じつは夢があるんです」
「そうか、少し聞かせてみろ」
そう言って沈黙を破り、リリアフィルが不意に切り出したのは、幼い頃より思い描いていた理想の世界についてだった。
「今みたいにみんなで笑いあえて、種族がどうとかって関係ない世界。いつか見たいのはそんな世界なんです」
瞳を輝かせ夢を語る姿を見つめ、ジュラフォードの口角が穏やかに上がる。
スッと立ち上がると、リリアフィルの頭をポンっと撫で「俺も見てみたいな」とだけ呟いた。
一方のリリアフィルは、心の奥に暖かなものが込み上げ、穏やかにはにかんでいた。
「さ、休憩も十分だろう。日が暮れる前に村のひとつにでも辿り着いておきたいな」
「はいっ! 私、頑張りますっ!」
「おいどうした? 急に元気になって」
「ユバもーっ!」
「お前もか!? ってか起きたのか!?」
「……zzz」
「なんだ、寝言かっ!! どんな夢見てんだ!!?」
またひとつリリアフィルには笑顔が戻り、ジュラフォードとの距離も確実に一歩近づいていた。
和やかなまま旅路を続けると、次第にのぞいてきたのは、遠方に軒を連ねるデオリア村の民家だった。
「おい、起きろユバ。お前の鼻が頼りだ」
「んん…… あぇ……?」
ジュラフォードに背負われ、まだ眠たそうに半開きの目を擦るユバに、目の前に見える村で間違いないのかと訊ねた。
「む~…… あれ、なんかおかしいぞ……」
すんすんと鼻を鳴らすと、すぐさま眉を顰めた。
芳しくない表情を見せるユバに、リリアフィルが問いかける。
「どうしたの? なにかあった?」
「うん、なんだか匂いが消えてるんだ…… それもたくさん!」
「どういうことだ……?」
不穏な気配が立ち込めるなか、鈍い足取りで三人は村へと向かって行った。
*
一方、デオリア村では──
「こりゃ〝サキュバス〟の仕業かもしれねえな……」
「あぁ…… だが俺たちでは到底敵うはずが……」
「じゃあ隣の村に応援を呼びましょう! それしかないわ」
「そりゃダメだ。山を越えてるうちに日が暮れちまう! 間に合わねぇ!」
「このままじゃ〝奉納祭〟は無理か……」
村の大人たちが一同に顔を合わせ、苦悩を口々にしていた。
デオリア村は、今まさにサキュバスと呼ばれる魔の存在の脅威に陥っていた──
◇
〈エルフの里編〉 【完】
第二章へ続く───




