第5話 明かされる宿命
ジュラフォードはグラスに水を注ぐと、それをリリアフィルに手渡した。
「いま一気に話しても頭に入らないかもしれないが」
「いえ、いいんです。私も知っておきたいですから、自分のこと」
手渡された水をごくごくと飲み、渇いた喉を潤すと、ひとつ呼吸を整えた。
「お願いします!」
ジュラフォードの目をしっかりと見つめ、確かな言葉で応じる。
「そうだな…… どこから話せばいいのか…… まずは君の持つその金色の眼だが」
そう言って最初に取り上げたのは、本人はコンプレックスを抱いている〝綺羅ノ眼〟についてだった。
「それは綺羅ノ眼と言ってな。周期は不明だが、ある時代ごとに一人だけ現れるとされる聖女が宿す力なんだ」
「綺羅ノ眼……?」
「あぁ。そして俺の母・マリアレーナも君と同じ綺羅ノ眼を持っていた」
「ってことは、ジュラフォード様のお母様も?」
「そうだ。俺の母も聖女だった……」
「その〝聖女〟と言うのはなんなのですか?」
リリアフィルが尋ねると、ジュラフォードは聖女について答えた。
「まぁ、一番気になるのはそこだろうな……」
ジュラフォードは、次に聖女と呼ばれる極めて稀有な宿命を持つ者について話し始めた。
「詳しいことは俺にも分からない。だが…… 神の如く力を持つのが神具とするなら、聖女はそれを正しく導く者。本来あるべき、神具の真の持ち主といったところか」
話しながら、ジュラフォードは包帯が巻かれた自身の左手を見つめながら続ける。
「俺は魔力の衰えから死期を悟った母に神具を二つ託された。その内の一つである聖装を次代の聖女に、と」
「そうだったんですね……」
「俺は表向きには神具の略奪者として追われてる身だ。聖装を守り抜くには、どこか一ヶ所に留まるしかなかった」
「それで、この山に籠っていたのですね。何年も…… ん? 何年も……?」
ふと、なにかを思い出したかのようにリリアフィルがさらに訊ねる。
「あの…… そう言えば、ジュラフォード様は祖母の若い頃を知っている様子でしたけど」
ジュラフォードの見た目はおよそ二十代後半と言ったところ。
そんなジュラフォードが、なぜ老いることもなく生き続けているのか、 その疑問を抱くのはあまりにも自然なことだった。
「俺は〝不老〟なんだ。だから老衰が理由で死ぬことはない」
「え、えぇぇぇっ!?!?」
密かに話を聞いていたユバも、リリアフィルと同じタイミングで呆然とした反応を示した。
「聞くところによれば、それは聖女とその子供にも受け継がれるそうだ」
「聖女も……? ってことは…… ひょっとして……!!?」
「あぁ、お前も不老の身だリリアフィル」
予想もしていなかった言葉に、再び驚きを露にするリリアフィル。
「ある時を境に成長が止まるらしい。個人差はあるみたいだが、だいたい全盛期で止まるそうだ」
ジュラフォードから聞かされた事実に、リリアフィルはしばらく口を閉ざしていた。
自分の肉体が不老だということは、そうすんなりと受け入れられるものではなかった。
「……それはさておき、俺は母上の遺言に従ってこれまで山に身を潜めながら、その時を待っていたんだ」
「遺言、ですか……?」
「あぁ…… あれが最後の会話だった」
ジュラフォードは、回顧するように遺言を思い返しながら、それを口にした。
「次に現れる聖女に聖装を託し、ともにその力で元老院の闇を暴き、世界を正しい道へ取り返せと……」
「元老院って、なんですか?」
「……そうだったな、それを知らないのも無理はないか。俺が昔いた、烙印同盟という組織の親玉のことだ」
リリアフィルはいまいちピンとは来ていない様子を見て、ジュラフォードは分かりやすく伝え直した。
「簡単に言えば昨日みたいな魔獣を始末するのが烙印同盟。それに指示を出すのが元老院だ」
「な、なるほど……?」
完全には理解出来ずとも、なんとなくは伝わっている様子だった。
すると、ジュラフォードは畏まった態度でリリアフィルに頭を下げながら言った。
「頼む!! 母上の遺言を叶えるにはどうしても聖女であるリリアフィルの力が必要なんだ、力を貸してほしい!!」
うなじを見せるほど深く下げられた頭を見て、リリアフィルは少し困惑しながらも答えた。
「私、今でも正直なにがなんだか分かってなくて…… 私なんかが本当にそんな特別だなんて……」
「あぁ、信じられないのも無理はないだろう。だが君は間違いなく俺が待ちわびていた聖女なんだ!! これは君にしか頼めない!!」
すると、リリアフィルはバランとの最後のやり取りを思い出すと、なにか決意を決めたような表情を見せた。
「……そういえば、兄さんに言われたんです。〝お前にしかできないことをやれ〟って。それが聖女として力になれるなら、私……」
「力になってくれるか?」
「私に何が出来るのか分かりません。けど、本当にそんな力があるなら…… 私にしか出来ないことをやらなきゃいけないんだと思います」
リリアフィルの決意の言葉にジュラフォードが感激し、その手を取り感謝した。
「ありがとう!!」
「で、でもまさか私がそんな聖女だなんて思いませんでした……」
「この山なら追っても来ないと思っていたが、灯台下暗しとはまさにこのことだな」
「私も、こんな近くに本当に伝説の剣士様がいるだなんて思ってませんでした」
「だがお前が生まれてすぐに気付かなかったのはなぜだかなあ…… まあお前の様子だと早熟ではなさそうだしそれが理由か……?」
腕組をしながら独り言のようにぼやいていると、リリアフィルは突然ドサッとベッドから飛び出した。
「私からもお願いします。私に力を貸してください……! 兄さんも取り戻したい! それに、クラドに何があったのかも知りたいんです」
地べたに向かって土下座をするリリアフィル。ジュラフォードはそこにバーネルとリンの姿を重ねた。
「言っただろう。そいつを着て、聖女で在り続ける限り俺は協力を惜しまないと」
「ジュラフォード様……っ!」
「母さんが俺に残した遺言は、その神具を次に託すことと…… 共に力を合わせ元老院の闇を暴くこと…… ようやくひとつは達成か」
何層にも包帯を重ねた左手を見つめながら、改めて遺言を繰り返したジュラフォード。
「どちらにせよ、もう此処に留まる理由はなくなったわけだ」
椅子から立ち上がり、窓の奥に広がる雨上がりの空を見つめながらに言った。
「とは言えリリアフィル、まだ立ち直るには時間が必要だろう。ここで数日休んでからでも構わないさ」
ジュラフォードが気遣いを見せると、リリアフィルはクスッと笑った。
「優しいんですね、ジュラフォード様って。私はてっきりもっと怖い人かと勘違いしてました。だって最初すんごい無視してましたし」
「い、いや……! あれはお前の爺さん婆さんのせいというか、なんというか……」
思わぬ一言に、ジュラフォードが照れ混じりに少しばかりたじろいでいると、リリアフィルは続けて言った。
「私、正直この先どうしたらいいんだろうって…… でも、ジュラフォード様が居てくれてこんな状況なのに少しホッとしたって言うか……」
言葉を溜めるリリアフィルを、ジュラフォードはただ受け止めるように見つめていた。
「私は前に進むしかない…… 何にも知らない私だけど、この里を出ます! ちゃんと自分で考えて決めました!」
決意を秘めた力強い表情でジュラフォードを見つめるリリアフィル。
「上出来だ!! それでこそ聖女様だな! ……まあ、俺も数百年ぶりに俗世へと戻るわけだが」
今度はユバの方へ視線を向けると、ジュラフォードは「ここにはもう戻らないぞ」と告げた。
その後、再びリリアフィルの方へ向き直り、静かに訊ねる。
「どうする、最後に里を見ていくか?」
だが、その言葉にリリアフィルは無言のまま首を横へ振った。
「お前のばあさんとじいさんなんだが……」
「分かってます。もう居ないって。信じてもらえないかも知れませんけど昨日夢で見たんです」
「夢? なんだそりゃ」
「お爺様とお婆様が私の背中を押してくれる夢でした。すっごく暖かくて…… それで目の前にはジュラフォード様がいたんです」
夢の話を聞くジュラフォードは、何も言葉は紡がずにただ静かに微笑みながら聞いていた。
「あれ、ユバはどこ行った?」
しばらくの間を置いて、ユバが居なくなっていることに気が付いたジュラフォードは、部屋を出て辺りを見回る。
「おーい、ユバー!」
ガタンゴトンガチャン……
「下か……?」
廊下を抜けて階段を降りると、大きなリュックにこれでもかと荷物を詰めているユバの姿があった。
「んーと、これと、これと~、あっ! これも! え~っと~あとは~……」
「何をしている?」
「あ、御師様! ユバね、いま持ってくもの決めてるの!」
ジュラフォードがユバのリュックに視線を落とす。
そこにあったのは、旅路に必要とは到底思えない物ばかりだった。
謎の生物のしっぽ、丸い石、花の種、木の枝を削って作った飛びナイフ、おえかき手帳……などなど。
他にも数えきれない程の珍品が詰められていたが、そのどれもがユバにとってはお宝であった。
「これ全部持っていくのか?」
「うんっ! もう戻らないんだよね!」
「いや、そうだが…… こんなもん別に置いて行っても……」
「い~~や~~だ~~っ! べーっ!」
ユバはあっかんべーっと、舌を突き出して反抗的な態度を見せた。
「先に言っておく! あとで重たいから持てと言っても、俺は持たんからな!」
──それから数時間後。
紆余曲折を経て、ジュラフォードたちの姿はエルフの里の外れにあった。
何百年と籠っていた小屋とその山に、少しばかりの淋しさを募らせつつも、確かな足取りで里を抜けようとしていた。
霊峰を降り、集落を通り過ぎ、険しい山道を超え、ちょうど里の外の境界線に差し掛かったあたり。
「なぜ俺がこんな目に…… クソッ……!」
結局ジュラフォードは、ユバの持参した荷物を持つ羽目になっていた。
「やっぱりジュラフォード様は優しいです。あんなに言ってても、荷物を持ってあげるなんて」
「ごめんねぇ……」
「まったく…… ハッキリ言ってこうなることまで想定済みだ!」
「ふふっ でも全部ユバちゃんの宝物って言われたから、ほっとけないんですよね」
リリアフィルには僅かだが笑顔が戻っていた。
ユバの無邪気さとジュラフォードの優しさが、彼女の気持ちを和らげていた。
このまま何事もなく旅路が始まるのかに思われた。
だが──
その期待は裏切られ、早々に出鼻をくじかれることとなる。
「おい、止まれよテメェら! ここを通りたきゃ身ぐるみ全部置いてきな!」
五人組のならず者の盗賊が、ジュラフォードたちの行く手を阻む。
「失せろ、おまえらに構ってる暇はない」
「へえ、良い度胸してんなぁ?」
そう言うと、盗賊の一人が魔法を使って手から火球を放った。
「なにっ!? 魔法だと……? お前ら魔導協会か!?」
「あァん? 魔導協会ィ? わけのわかんねぇことほざいてんじゃねぇぞ!」
盗賊の男たちは畳み掛けるように魔法を発動し、ジュラフォードたちを襲った。
「魔導協会ではない? ならなぜ魔法を使える……?」
ジュラフォードの脳内では、困惑が広がっていた。




