第50話 父と娘
「ジュラ様~~っ♡」
ジュラフォードは、リクスヘルデンの私室へ戻って早々に、メルマドゥナからの熱い──いや、暑苦しい抱擁を受ける。
笑顔を見せているメルマドゥナだったが、その表情には疲労感も滲んでいた。
「ちょ~~~っと! 離れてくださいっ……!!」
隣にいたリリアフィルが無理やり引き離すと、遅れて来たリクスヘルデンがなんとも言いがたい表情で声をかけた。
「そ、その…… まさか君がそんなにも規格外の強さとは露知らず…… なんというべきか、その……」
要領を得ず、口ごもるリクスヘルデンに、ジュラフォードの後ろにいたウリスゼラが力強い口調で言い放つ。
「ありがとう!!! その一言でいいんだよ!!」
急に大声を上げたことで、リクスヘルデンが目を丸くしながらウリスゼラに視線を向けた。
「そ、そうだな…… ありがとうございました。ティダイベング領主としてお礼申し上げる」
気持ち程度に小さく頭を下げてリクスヘルデンがそう言うと、ジュラフォードは口角を上げた。
「別にいいんだよ。それよりも、本題はこれから…… 分かってるんだろ?」
「えぇ、もちろん。……だがその前に、お腹は空いておりませぬか? まずは客人として迎えさせて頂きたい」
リクスヘルデンの言葉に真っ先に反応したのはユバだった。
パルメリーヌに繋がれた手を振りほどき、ウリスゼラとジュラフォードを掻き分けるようにしながら最前列へひょこっと顔を出す。
「ごはん、いる!!!」
キラキラと瞳を輝かせ、期待に満ちた表情を見せるユバ。
リクスヘルデンは少し困惑しつつも、後方にいたパルメリーヌに食事の準備を急がせた。
──屋敷・大広間
案内された広間もまた、贅を尽くした造りだった。
中央に鎮座する長方形の食卓、それを取り囲む華やかな椅子。
シャンデリアが明るく室内を照らし、招かれたジュラフォードたちは何が運ばれるのかと期待に胸が膨らんでいた。
食事が用意されるまでの数十分ほど、各々がたわいもない話に花を咲かせる。
その会話の中心は、メルマドゥナ、リリアフィル、ユバ、シフルリアの四人だった。
ウリスゼラは、久しぶりの家族との食事というのにわざわざ離れた位置に座り、無意識に廊下ばかりを見つめている。
リクスヘルデンもバツが悪いのか、どこか落ち着かない様子だった。
意味もなく髭をさすったり、服の袖を確かめたりと、ウリスゼラとリクスヘルデンが互いに目を合わせることは無い。
「私は絶対違うと思うんですけど! ……って、ジュラフォード様聞いてます?」
ジュラフォードの右隣の席に座るリリアフィルが食い気味に訊ねた。
「あぁ、悪い。なんの話だ?」
「もぅ! 聞いて無かったんですか?」
すると今度は、ジュラフォードを取り合うように強引に左隣に座ったメルマドゥナが続く。
「ジュラ様はいいのよ。どうせ男の人には分かりっこないもの」
メルマドゥナは、黒く塗り潰された爪でつんつんとジュラフォードをつつきながら言った。
『なんの話か知らんが…… どうせ下らんことだろ……』
女子同士の会話に混ぜられそうになったジュラフォードは、口には出さず胸のうちで溢した。
遠くを眺めどこか疎外感を抱いているように思えるウリスゼラをジュラフォードが見つめていると、広間の扉が音を立てて開かれた。
食欲を駆り立てる香りが鼻腔をくすぐる。
「お待たせしました」
パルメリーヌが先頭に立ち、他のメイドとともに会釈をして広間に入る。
大皿に彩りよく盛られた料理が、一人ずつ配られていった。
「これは美味そうだ。いただきます!」
あっという間だった。用意されたメインディッシュの肉も副菜も全てを平らげた。
ジュラフォードが食事を終えて、水を流し込んでいると、ユバはまだまだおかわりを所望していた。
「異常なほどの食欲ね」
テーブルに肘を付き、手のひらに顎を乗せるメルマドゥナがユバを見つめながら呟く。
ギィィ……
ジュラフォードが立ち上がろうと椅子を引くと、床を擦る音が鳴る。
それに反応したリリアフィルが顔を見上げながら問いかけた。
「どうかしたんですか? ふふ、もしかして眠くなっちゃったんですか?」
「いや……」
ジュラフォードはリクスヘルデンに視線をぶつける。
「あ、あぁ…… そうだな。食事も終わったことだ」
リクスヘルデンはジュラフォードの言いたげな表情を汲み取り、同じ様に席を立った。
「ウリスゼラ、お前も来い」
「お、おう!」
突然の名指しに、ぼんやりしていたウリスゼラはハッとした様子で椅子を引いた。
続くように、リリアフィルとメルマドゥナも落ち着きなく席を立つと、見かねたジュラフォードが告げる。
「お前ら…… そんなに俺の行動が気になるのか……? ここに来た当初の目的を果たすだけだ」
「なによ、婚姻の話かと心配したじゃない」
「おまえ…… 訳の分からんことを言うな」
メルマドゥナにそう言うと、ジュラフォードはリクスヘルデンの私室へ向かう。
*
──リクスヘルデンの私室
「親子水入らず…… とはいかないが、リクスヘルデンおまえも薄々勘づいてるんだろ?」
ジュラフォードは私室に飾られていた歴代当主の肖像画を見ながら訊ねた。
「なんのことかね。言ってることが分からないな」
「とぼけるなよ。ウリスゼラは悪魔でもねえ。それにエルグリア家を手にかけたのにも事情があった…… まだ分からねえのか?」
ジュラフォードは肖像画から視線を外し、冷や汗を流すリクスヘルデンの傍までにじり寄った。
「今から俺が見たこと全てを話す。俺を信じられないと言うならそれまでだが、話すことは全部事実だ」
そう言うと、ジュラフォードはグランザがエルグリアからのスパイであること、そしてウリスゼラの起こした事件の真相を話した。
「そ、そんな…… まさかグランザが……」
バタンッ!
すると、突如として部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
ジュラフォードたちがパッと振り向くと、そこには雪崩のようにして積み重なったリリアフィルたちの姿があった。
「おまえら……」
「えへへ、バレちゃいましたね」
「リリちゃんが押すからよ……」
盗み聞きをしていたのは、リリアフィルとメルマドゥナだけではなかった。
パルメリーヌとシフルリアも申し訳なさそうな顔でその場にいた。
服を払いながらメルマドゥナが立ち上がると、わざとらしい咳払いをひとつついて、室内へと踏み入れる。
それと同時に、メルマドゥナはリクスヘルデンへ語りかける。
「話は聞かせてもらったわ! ……盗み聞きだけど。魔導卿の〝おぼっちゃん〟! 貴方だってここを襲ったのがエルグリアだと気付いてたでしょう?」
「いや、だがあれは……」
すると、メルマドゥナを横切るようにパルメリーヌが前へと躍り出た。
「御当主様、失礼承知ですがリカルドさんがグランザさんを警戒していたのも事実です。それにウリスゼラ様は悪魔ではありません。もう、お許しになられてもよいのではないでしょうか」
パルメリーヌの眼鏡の奥から覗く眼差しは、普段のおっとりしたものとは違い、力強いものだった。
その変わりようにリクスヘルデンは些か驚いていると、シフルリアがか細い声で重ねた。
「お、お姉さまは…… お母様を殺したかったわけじゃないのです……」
割って入ったシフルリアにウリスゼラが驚いていると、シフルリアは手にしたぬいぐるみをぎゅっと抱き締めながら続けた。
「私、あのとき見ていたの…… 辛くて誰にもずっと言えなかったの……」
そう切り出して話したのは、ウリスゼラが忌み嫌われ悪魔という存在が決定付いてしまったかの日の出来事だった。
「お母様は、お姉様に魔法を使えるようにって…… お稽古をつけていたんです。そのとき私もそこに居て……」
涙ぐむ表情から、ジュラフォードはそれが記憶の奥底に封じたくなるほどの辛い出来事だったのだろうと感じていた。
「お母様は、お姉様が撃った魔法が私に当たりそうになって、それで…… だから、あれは事故なのです……」
リクスヘルデンの呼吸が乱れ始めた。
もはや、何を疑って何を信じればいいのか分からなくなっている様子だった。
「そんな…… リノリアは殺されたわけではないのか…… だがグランザからの報告は確かにウリスゼラによる殺害だと……」
動揺のあまり支えを失った足が崩れ、リクスヘルデンはその場に膝をついた。
「グランザがここに居ないのが何よりもの証拠だ。さきほど話したように俺が始末した…… 最期の言葉はエルグリアに忠誠を誓う言葉だったな」
さらに追い討ちをかけるように、パルメリーヌが続く。
「なぜご家族を、唯一残った娘様を信じてあげられなかったのですか?」
リクスヘルデンは滝のような涙を流し、人目も憚らずに咽び泣いた。
すると、呆然とそれを眺めていたウリスゼラの元へシフルリアが近付く。
「お姉様、私がもっと早く言えていれば…… 全部、逃げた私が悪いんです……」
「いや、シフルリアは悪くない。誰かが悪いとしたらそれは間違いなくオレかグランザだ」
ウリスゼラはシフルリアの髪を撫でると、手を引いてリクスヘルデンの傍へ移る。
気まずそうな顔色をしつつも、ウリスゼラはリクスヘルデンにしっかりと向き合って言葉を落とした。
「……お、親父…… 母様を死なせてしまったのは、オレもずっと後悔してる…… エルグリアのことも全部、魔法が制御できなかったオレの罪だ」
リクスヘルデンは涙に滲んだ顔を見上げた。
本当は愛したかった娘。片時も忘れたことなどなかったはずだ。
だが、上手く懐に入り込んだグランザによって全ては仕組まれてしまった。
強い後悔と涙に歪んだ顔で、リクスヘルデンは不器用に微笑もうとしながら二人の娘を抱き締めた。
そして──
「うぁぁあ!! 私はなんということをしでかしたんだ!! ウリスゼラよ、シフルリアよぉぉ!! 不甲斐ない父ですまぬぅぅ!!! すまぬぅぅ!! うぁぁあ!!」
室内に響いたのは、魔導卿でもなければ当主でもない、一人の父親の慟哭にも似た後悔の号泣だった。
両腕で噛み締めるように愛娘のウリスゼラとシフルリアを抱くリクスヘルデン。
リクスヘルデンの涙はしばらく止むことはなかった。
ジュラフォードはただじっと親子の時間を静観する。
それから少しの時間が経ち──
「ジュラフォードさん、改めてお礼を言わせて頂きたい。貴方がいなければ私は娘を一生許すことが出来ずにいた。本当に、ありがとう」
魔導卿とも言われる男が、額が擦りむけるほどの土下座をジュラフォードへ送った。
「あなた方は恩人だ! 好きなだけこの屋敷に居てもらって構わない! あぁ、パルメリーヌよ、お部屋を一人一部屋ご用意しなさい! 押収した物もお部屋にお返ししておくように!」
パルメリーヌは嬉しそうに微笑みながら会釈をすると、リクスヘルデンの私室を後にした。
ジュラフォードは、あまりの態度の変わりように少し困惑したものの、すぐに改まった様子で訊ねた。
「お前には色々と聞きたいことがある。元よりそのためにここへ来たんだからな」
「えぇ、もちろん! 私が知る限りのことであればなんでもお答えしよう!」
込み入った話になることを察したメルマドゥナがリリアフィルに投げかける。
「私たちはお邪魔かもしれないわよ?」
「そうですね…… あ、そうだ! せっかくだしお風呂入らせてもらいましょ!」
「あら、いいわね。賛成~~!」
「ウリスゼラちゃんとシフルリアちゃんも一緒に行こ! ユバちゃんはまだご飯食べてるのかなぁ~?」
上機嫌で部屋を去っていくリリアフィルたち。
ジュラフォードが様子見で振り向くと、たまたま目が合ったメルマドゥナはウィンクを送った。
「やれやれ。さては、どこから話せばいいか…… そうだな、俺のことも話しておくか」
ジュラフォードは自らの出自と目的を明かした。
「もしやと思っておりましたが、貴方のその名は…… あの強さを知った今となれば……」
そして、これまで何人にも訊ねた言葉を最初の質問として掲げた。
「ふむ。魔法がなぜ使えるか、ですかな。そうですな、それにはまず〝王立魔導協会〟の話をせねばなりませんな」
リクスヘルデンの話に、ジュラフォードは固唾を飲んだ。




