第4話 多重の別れ
「どうしたのクラド!!」
リリアフィルが声をあげると、バーネルはその言葉にすぐさま反応した。
「なに!? 一体なにがあったと言うのじゃ!? おぬしは本当にクラドなのか!!」
バーネルの問い掛けに応じる気配のないクラドは、八つ裂きにした魔獣を火の海へと投げ飛ばす。
「クラド…… どうして……」
不安げなリリアフィルにリンが寄り添い、その背を擦る。
するとジュラフォードが「離れていろ」と静かに言葉を発した。
魔獣クラドは、ジュラフォードを睨みつけながら歪に変形した腕を震わせていた。
まさに一触即発。禍々しいクラドの姿を見て、ジュラフォードはついに背に納める剣の柄に手をかける。
シャーっと、小気味の良い音を立てながら得物を抜き取ると、その切っ先をクラドへと向けた。
「何者だ、お前は!」
ジュラフォードは声を張り上げて訊ねた。
「今から殺す相手にッ……! 名乗る訳ねぇだろォォォ!!!」
クラドもまた叫ぶようにして声を張り上げると、すぐさま攻撃の体勢に入った。
異形であることを象徴付けるその突出した鉤爪で、地面を削りながら一直線に突き進む。
距離にしておよそ大人の歩幅で20歩分。
轟音を掻き立てながら抉れていく地面。
右手だけで剣を構えながら動きを窺うジュラフォード。
残り3歩。次の一瞬で互いの一手が繰り出されるようとしていた、その瞬間──
「お願い……! やめてください!!」
リリアフィルの叫びが、剣に握り締めるジュラフォードの動きを僅かに鈍らせた。
「油断してんじゃねぇぞマヌケぇぇ!!!」
その一瞬の隙をついて、クラドの鋭利な鉤爪がジュラフォードを目掛け炸裂した。
だが──
その正確な攻撃は、ジュラフォードの頬を掠めるにとどまった。
「なに……!? 躱しただとッ……!」
クラドの放った鉤爪による切り裂き攻撃は一寸違わず、ジュラフォードの頭部を狙っていた。
しかし、それを遥かに上回る超速の緊急回避が、本来なら致命傷であったはずの攻撃を掠り傷に抑えていた。
「なんという速さ……! さすがは剣士様じゃ……!」
「お師匠様の強さはまだまだこんなもんじゃないぞ!」
ユバのその言葉通り、ジュラフォードは攻撃を躱した流れで瞬時に重心を変え、右足を踏み込んだ。
そしてすぐさま、くるりと体を捻ると、あっという間にクラドの背後を取った。
大振りな攻撃だったがゆえに、その超速のカウンターに対応できないクラド。
「やめて……! 殺さないで……!」
再びリリアフィルが攻撃を止めるよう要求するも、ジュラフォードは冷静に呟いた。
「殺しはしない! 黙らせるだけだッ!」
そう言うと、ジュラフォードは容赦なく剣を振りかぶった。
ジュラフォードの得物が空気を裂く甲高い音が辺りに響く。
リリアフィルが思わず目を背けたその瞬間。
次にガギィンという金属の弾ける音が響いた。
斬ったかに思われたその剣はクラドではなく、突如として現れた第三者が受けた剣とつばぜり合っていた。
クラドを庇うように現れた謎の人物。
そして、その肩に担がれていたのは、生死が分からない瞳を閉ざしたバランだった。
「兄さん!?」
なんの前触れもなく、気配すら感じさせずに現れた相手にジュラフォードが呟くように問う。
「なるほど、転移系の魔法か…… お前は魔導協会の人間か……?」
魔法なら、予測不能で突飛な出現の仕方にも納得がいく。ジュラフォードはそう考えていた。
「おまえには、関係なイ」
人の喋る言葉にしては妙にぎこちない。あるいは不自然だった。
カタコトのようにも感じる発音にその場の誰もが違和感を懐いた。
すると、魔法衣に身を包んだ謎の人物はクラドに向けて苛立ち混じりに語りかけた。
「どう足掻いてモ、お前がいま勝てる相手じゃねえだロ!? そんなことも見て分からないカ!?」
その一言を受け、間一髪で救われたクラドは冷静さを取り戻す。
「みんなを殺した魔獣にケリだけ着けて里を出て行こうと思ったんだ。そしたら思いがけない相手に出会したもんでな」
「それは仲間殺しダ。見逃すのハ今回だけダ」
「あんなのは仲間じゃねぇ……」
辛うじて聞き取れるかどうかの声量で囁くクラド。
「いいか、自惚れるなヨ!? お前はまだ力に目覚めたばかりダ! せっかく力を得たのに無駄死にするナ!」
謎の魔法使いの言葉を気に止めず、クラドは意識をリリアフィルに移し視線を寄せた。
「お前の兄さんは俺にとって英雄だ。必ず《《救う》》…… そしていつか、お前も!!」
「もウ行くぞ」
ジュラフォードが阻止しようと斬りかかると、魔法によって作られた守護壁を展開し、移動までの時間を稼いだ。
透明な守護壁の奥から、ジュラフォードを恨むように見つめるクラド。
「俺の好きだったリリアを…… なのにお前は!! お前だけは、いずれ必ず…!!」
これ以上は無粋と判断したジュラフォードは、得物を納めた。
ただ静かに、人ならざる者へと成り果てたクラドを見つめていた。
「待って!! クラド、兄さん……!」
リリアフィルが手を差し伸べて走り出したその瞬間─
「位置固定、転移──!」
魔導術式の発動とともに、魔法使いたちの頭上からは眩いばかりの光を放つ魔法陣が現れた。
すると、瞬く間にその魔法陣へと吸い込まれ、その姿は消え去っていった。
「ど、どうして……!」
またしても、その場で泣き崩れるリリアフィル。
幼馴染みは生きていた。だがそれは異形へと成り果てた姿として。
そして、兄は生死も分からぬ状態で謎の魔法使いに捕らわれてしまった。
「どうして!!! どうして!! こんなことになっちゃうの!!」
行き場のない感情で心が乱れ、人目も憚らず激しく泣き崩れた。
ドォォォンンン!!!
まるでリリアフィルの感情に呼応するかのように、炎に飲まれた木々が次々に倒れていく。
「まずいよ御師様! ゴォーゴォーいってるよ!」
「ユバ、リリアフィルを背負ってやれ」
「ゆしっ、わかった!」
ユバはジュラフォードの指示通りに、泣きじゃくるリリアフィルをその小さな背に担いだ。
「よしよし。ユバがコモリしてやるからな!」
頭を撫でながらそう言うと、リリアフィルはギュッとユバの衣服を握り締めた。
「お前らはもうまともに動けないんだろう。俺が背負ってやる。ここはもう危険だ、早く逃げるぞ!」
ジュラフォードがバーネルとリンにそう言うと、その場で正座する老夫婦は微動だにしなかった。
「剣士様、どうかリリアフィルをよろしくお願いします。あの娘は幼い頃より両親がおらなんだ……」
リンが寂しげにそう言うと、バーネルも同じような声色で続けた。
「里が滅びれど、あの娘さえ生きておればわしらはそれで十分ですじゃ」
バーネルとリンの瞳からは、ポタポタと大粒の涙が溢れていた。
「どうか、孫娘をよろしくお願いします……」
「なるほど…… おまえら、最初からそれが狙いで……」
察したように静かに呟くジュラフォード。
二人揃って息のあった所作でジュラフォードに再び土下座する。
その思いは、ついにジュラフォードの心を突き動かした。
「……お前らが頭を下げずともそのつもりだ!!」
「おぉ、それは良かった!」
リンとバーネルが顔を見合わせ感激していると、遠くから避難を急かすユバの大きな声が届いた。
「時間がない。俺に魔法が使えればこんな火どうにか出来たんだが…… 今は離れるしかない。いくぞ!」
再びジュラフォードが避難するように言うと、バーネルは何一つ曇りのない顔をして答えた。
「いいえ、わしは里を預かる身です。それが里を捨てて逃げる訳にもいきますまい。我が身は里ともにあります」
「右に同じです剣士様。わしらはリリアフィルを任せられただけで、もう十分じゃ……」
そこにはただ、迷いも躊躇いもない〝里長〟としての威厳を放つ二人の姿があった。
涙を滲ませながらも、悲しみどころか満足したように笑うその表情を見てジュラフォードは全てを受け入れた。
「その大義、このジュラフォードがしかと見届けた! 願わくば安らかに逝け!」
最後にその言葉を言い残すと、ジュラフォードは業火に包まれる集落を後にした。
小さくなっていくその背に、再び深々と頭を地に付け、御礼を捧ぐバーネルとリン。
ドザザザザザ
燃え滾る倒木が二人を取り囲むようにして塞ぐ。もはや逃げ場などなかった。
「よもや…… リリアフィルが聖女様とはのぅ……」
なにかを悟ったかのように、死の間際にリンが呟く。
「行く道は険しいがお前には剣士様がついとる。強く生きるんじゃぞ…!」
届くこともない遺言は、炎の中で沈んでいった。
ドザザザザザンッッッ!!
最後に倒れた一際大きな樹木が二人の背中を打ち付ける。
その大木は、里の平和を象徴する御神木だった。
里と共に散っていった二人は、空からリリアフィルを見守る星となった──
*
翌日。
まるで里を想うバーネルたちの気持ちが成就したかのように、辺り一帯に雨雲がなだれ込んだ。
降り頻る雨は一晩中続き、里を壊滅するまでに至った業火は沈み、灰だけが残った。
「うっ…… うぅ」
締め付けられるような頭痛に、叩き起こされるように目を覚ましたリリアフィル。
片手でこめかみを押さえながら、ぼやけた視界で辺りを見回す。
「ここは…… 確か……」
「あ、起きた! 御師様! リリアが起きたよ!」
付きっきりで看病をしていたユバは、リリアフィルが目を覚ますと元気良くはしゃいだ。
その知らせに連れられて、別の部屋から現れたジュラフォードは枕元の椅子へ腰かけた。
「大丈夫か? あれだけの事があったんだ。まだ元気にはなれないと思うが」
「い、いえ…… すみません、実は私あんまり覚えてなくて……」
ベッドで上体を起こし、俯き加減でリリアフィルが答える。その表情は未だ芳しくはない。
「そうか。だがリリアフィル、辛いと思うがよく聞いてくれ」
リリアフィルは弱々しくもコクりと頷く。
「これから、君に運命付けられた《《宿命》》を話そうと思う。覚悟は出来ているか?」




