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第46話 ずっとこのまま……


決着がつき、グランザの最期を看取るかのように冷たい風が通り抜けた。



ゾワゾワ……!!



ジュラフォードから放たれるオーラ。


鳥肌を立たせる殺気は依然として溢れ続けていた。


ウリスゼラは、ジュラフォードが剣を片手にグランザの亡骸へにじり寄る姿を見つめる。


そのとき、彼女の感情は大きく揺さぶられ、額からは冷や汗がこぼれた。


ギロリッ……


『あの目……!! ベヒーモスと戦った時に一瞬だけ見せた〝獣の目〟だ……!!』


極限の戦闘本能を抑えられずにいるジュラフォードの目は、底知れぬ恐怖を宿しギラついていた。


それを〝獣の目〟と形容したウリスゼラは、自分が狙われているわけでもないというのに、体を震わせ酷く怯えだした。


「こ、こわ……!! こ……こ……!!」


声にならない声が漏れる。


震えで縮こまる体。


すくんだ足に、動け動けと意識するが、体は動かない。


圧倒的強者の覇気。


絶対捕食者の威圧。


それはまだ、身も心も成熟しきっていないウリスゼラにとっては真の〝悪魔〟に見えていた。



そして、恐怖で固まるウリスゼラの視線の先では───



ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!!!


ザッシュュッ───!!!



とうに魂などなく、そこにもはや意思など無いというのに、ジュラフォードはグランザの亡骸を執拗に斬りつけていた。


ザシュッという鋭くも鈍い音が虚しく響く。


ジュラフォードは色のない表情をしながら、グランザの亡骸を切り刻む。


出来上がったのは跡形もない骨と臓物。


そしてそれらを飲み込む血の海。


纏わりつく返り血を、ジュラフォードは気にも留めていなかった。


ザシュッ、ザシュッ……


ただひたすら、無機質な音がこだまする。


もはやジュラフォードが斬りつけているのが、何なのかも分からなくなっていた。



「や、や…… やだ……!」


ウリスゼラは次第に、そこにいる〝無表情の悪魔〟を、ジュラフォードと認識できなくなっていく。


「や……だ……よ………! そんなのいや……!!」


自分の心の全てを受け止め肯定してくれた存在。


ウリスゼラにとって、ジュラフォードはもはや通りすがりの他人ではなくなっていた。


だからこそ、そんなジュラフォードを忌み嫌われ悪魔と呼ばれた自分と同じように認識したくない。


その切なる願いだけが、震え上がる恐怖に唯一対抗出来る支えになっていた。


「や、やらなきゃ……!! オレが…… ジュラフォードを止めなきゃ………!!」


ウリスゼラは動かなくなった足を、震える手で叩いた。


何度も何度も何度も叩いた。


「オレがとめなきゃ…… オレがとめなきゃ……」


ようやく体が心に追い付く。


ガタガタと小刻みに揺れながらもウリスゼラは立ち上がった。


そして、ジュラフォードに向かって一歩ずつ近づいていく──


その一歩は途方もないものに感じられた。


とても重く、そして切ない。


ただひたすら〝ジュラフォードを取り戻す〟という一心だけが、ウリスゼラを突き動かしていた。


近付くに連れて、肌身で感じるオーラが色濃くなっていく。


心が消え入りそうになる度に、鼓舞するように思い返す。


在りし日の母やリカルドやシフルリアとの日常。


そして、ジュラフォードがくれた言葉。


「諦めてっ……!! たまるかァ……っ!!」


本当なら逃げ出したいはずなのに、ウリスゼラは全身全霊の勇気を振り絞っていた。


一歩、また一歩。重たい一歩を続ける。


やがて、ジュラフォードの剣の射程に入るほどの距離まで近付く。


ウリスゼラが傍にいると言うのに、闘争本能剥き出しの獣の目で未だ剣を振るうジュラフォード。


そこへ、ウリスゼラが言葉を投げ掛けた。


「も、もうやめろ……!! 終わったんだよ!!」


だが、ウリスゼラの言葉は響かない。


ウリスゼラの表情が絶望に沈みかけた。


そのとき、胸のなかで微笑みながら語りかけるジュラフォードの姿が過った。



『お前の力は人を殺めるためのものじゃない。誰かを守るための力だ。少なくとも俺はそう信じてる』



それは、ウリスゼラの心の殻を溶かしてくれた、かけがえのない言葉だった。


「そうだ…… 今度は…… オレが……!」


ウリスゼラは身を挺してジュラフォードの背後から組み付いた。


しかし、当然力で敵うはずもなく、軽々と吹き飛ばされる。


それでもウリスゼラは続けた。


「ジュラフォード!! 目を覚ませ!!」


響かない。


「ジュラフォード!! 頼む!! 正気に戻ってくれ!!」


響かない。


「お願いだよジュラフォード!! 目を覚ませ!!」


届かない──


ついにウリスゼラの瞳から、これまで抑え続けていた熱いものがとめどなく溢れ出した。


ポロリ……


ウリスゼラは、すがるようにジュラフォードを背後から抱き締め、そして叫んだ。




「〝私〟そんな目をしてるジュラフォードは見たくない!! お願いだから目を覚まして!!」




その言葉は、無意識にウリスゼラの口からついて出た。


心からの、切なる願いだった。


「うぅ…… うぅぅ………」


ジュラフォードの背で啜り泣くウリスゼラ。


すると、そのとき。


「……ぁあ………」


ジュラフォードは小さく声を漏らしながらピタリと動きを止めた。


「ジュラフォード!!」


ウリスゼラはすぐさま正面へ回り込み、その顔を覗き込む。


「あ、あ…… お、俺は一体……?」


「良かったぁ……!!!」


おぼろげに意識を取り戻すジュラフォードに、ウリスゼラは瞳を潤ませながら微笑む。


「うぐっ……」


右肩を押さえながら痛みに顔を歪ませるジュラフォード。


「おい、大丈夫か!?」


「あぁ…… 少しズキっとしただけだ」


適切な処置を受けないまま、延々と右肩を酷使していて痛まないはずもなかった。


「それより、一体なんだこれは……?」


ジュラフォードは足元に広がる惨状を目を丸くして気にかける。


すると、ウリスゼラは一瞬哀しげな表情を浮かべたあと、気丈な笑顔を見せて答えた。


「小悪党のゴブリンがいてさ! そいつらが食いちぎったんだよ! ジュラフォードは気絶してて知らなかっただろうけど、オレも素手でギャフンといわせてやったんだぜ?」


ウリスゼラの吐いた優しい嘘……。


いつもの鋭いジュラフォードなら、そんな嘘を真に受けるはずもなかったが、今回だけは違った。


「そ、そうか。頼もしいな、ウリスゼラ」


その理由をウリスゼラは最後まで分からなかった。


それでもウリスゼラは明るく振る舞い続ける。


「そ、それよりよ! こんなとこいてもしょうがねえだろ? 早く移動しようぜ!」


「あぁ、次は…… エルグリアの屋敷だったな」


「でも馬が逃げちゃったしなあ」


すると、次第にジュラフォードの意識が冴えてきたのか、いつもの調子を取り戻し始めた。


「この辺りは沼地や密林だ。それに足場も悪い。馬もそう遠くは行けないはず」


その姿を見て、ウリスゼラの気持ちは軽やかになっていく。


「お、おう!! それで!? オレはどっち探したら良い!?」


「そうだな、書庫の奥を見てくれ。俺は沼地側から探してみる。しばらくしたらここでまた落ち合おう」


「分かった!」


ジュラフォードがウリスゼラの元を離れようとした、そのとき。


ウリスゼラは過ぎ去りかけたジュラフォードの手を握り引き留めた。


「どうした?」


「あ、あのさ…… その、なんていうかさ……」


妙に緊張しているのか、ウリスゼラは視線を逸らしながら続けた。


「オレ、役に立てたかな……?」


「あぁ! 大助かりだ!」


そう言い残すと、ジュラフォードは逃げた馬を探しに沼地方面へ去っていく。


「待って!!」


再びウリスゼラがジュラフォードを引き留める。


「今度はなんだ?」


離れた距離からの声に、ウリスゼラは少し考えながら言葉を返した。


「あのさ、そこの池で血を洗い流した方がいいよ!」


自分の体を足先から順に上へ向かって確かめるジュラフォード。


自身にこびりつく返り血を見つめ、眉をひそめた。


軽く礼を言うと、水辺へ寄り道しながら去っていく。


小さくなっていくその背を見つめるウリスゼラ。


「本当に言いたかったのって、こんなことだったのかな……」


ウリスゼラは自分でも沸き立つ感情をどう処理すればいいのか分からないでいた。





それから数十分が経過──


ジュラフォードとウリスゼラが二手になって馬を探した結果、ようやく書庫の奥に続く林のなかで確保。


まずは先にジュラフォードが乗り込むと、その後ろにウリスゼラが続いた。


「よし、準備はいいか?」


背後で騎乗しているウリスゼラに確認を取ると、ジュラフォードは馬を走らせた。


何一つ言葉を交わさずに、ウリスゼラは静かにジュラフォードに腕を回す。


永遠でないと知るこの時を噛み締めながら、ついにエルグリア家の屋敷へと向かっていく。


これでようやく身の潔白が証明されるなら──


そんなことよりも、ウリスゼラは切ない今をただ心に刻みたかった。



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