第41話 ジュラフォードVSベヒーモス②
「ウリスゼラ!! 離れろ!!」
ジュラフォードはウリスゼラに注意を促すと、ベヒーモスの分厚い爪を間一髪躱す。
その腕はこれまでと大きく様変わりし、体内から溢れる炎を纏っていた。
ベヒーモスの爪が突き刺さった沼地の地表はただ抉れて隆起しただけではなく、グツグツとマグマのように煮え立った。
振り向き様にその一撃を流し目で確認したジュラフォードの頬からは、思わず冷や汗がこぼれた。
「グヴァァアァア!!!」
一度は気絶したとは思えないほどの気力溢れる咆哮を上げると、ベヒーモスの体に異変が走った。
ゴゴォォォォ!!!
「なんだあれは……!!?」
ジュラフォードがベヒーモスを目を丸くしながら見つめる。
その変化した体は、腕だけでなく全体を包むように、激しい業火を放っていた。
下手に動くまいとジュラフォードが様子を窺っていると、ウリスゼラが必死に呼び掛けた。
「全ての魔力を使い切るつもりだ! 奴はもう自分でも制御出来てない!!」
ベヒーモスの異変を見てウリスゼラがそう分析すると、ジュラフォードは考えを張り巡らせる。
『相手は魔力全開…… だが俺は依然武器も無し…… あの炎もまるで鎧だ。これじゃ物理的な攻撃も……』
ひたすら繰り出される攻撃を躱す防戦一方が続き、戦局は逆戻りとなる。
一方、しばらくその戦いを見つめていたウリスゼラは、ついに我慢の限界に達していた。
「このままじゃ…… やっぱりオレも……!!」
乱れた呼吸で縦横無尽に暴れ回るベヒーモスと、それを延々と躱すジュラフォード。
気付けば、辺りは高温で熱され形を大きく変えた沼地に変貌していた。
「ジュラフォード!!! オレも加勢する!!」
背後から近付いてくるその声にジュラフォードがパッと振り向く。
「よせ!! お前は離れてろと言ったろ!!」
「こんなの!! 指咥えて見てられるわけねえだろ!!」
そう言うと、元より薄汚れていた高貴な装いを泥にまみれさせながらウリスゼラが躍り出る。
「グヴァァアァア!!!」
ジュラフォードの目の前に飛び出したウリスゼラ。
魔法を使おうと右手を翳していたものの、魔法の発動よりも先に、ベヒーモスの爪が襲いかかった。
「あ……!!」
ベヒーモスの予測不能の高速攻撃に、ウリスゼラは仰天したまま身が固まってしまう。
「まずいッ……!」
一瞬。それはわずか一瞬だった。
ブンッという空気ごと切り裂く鈍い音と共に放たれた炎の爪が、ウリスゼラにすんでの所まで迫る。
「うっ……!!」
そのとき、ウリスゼラは死を覚悟し反射的に目を瞑った。
だが───
ゴオン!!!
ウリスゼラに向かったその攻撃は、間一髪で割って入ったジュラフォードの右肩を掠めていた。
それでも完全に間に合ったわけではなく、ウリスゼラの衣服も火を浴びた。
チリチリと鳴りながら引火して穴を開けていくウリスゼラの衣服を、ジュラフォードが手ではたきながら鎮火させる。
「ぐっっ……!!」
次にウリスゼラが目を開いたときには、その視界に映るのは痛みに顔を歪ませるジュラフォードだった。
「そ、そんな…… ジュラフォード!!」
「だから離れていろと言ったろ……!!」
自分でもどうしていいのか、なんと声をかければいいのか。
動転したウリスゼラは皮膚が爛れたジュラフォードの右肩と、滲んだ表情を浮かべる顔とを交互に見ているだけだった。
「け、怪我はっ……?」
ジュラフォードが痛みに耐えながらウリスゼラに訊ねる。
「だ、大丈夫……」
「そうか…… なら良かった」
「ジュラフォード、オレ…… オレ……」
「何も言うな」
不甲斐なさから今にも泣き出しそうに緩んだ顔をするウリスゼラに、ジュラフォードがなんとか微笑みながら答える。
「グヴァァアァア!!!」
するとそこへ、ベヒーモスが容赦なく迫り来る。
ジュラフォードはウリスゼラを逃がすことだけを最優先に考えていた。
右肩の痛みに歯を食いしばりながら、ジュラフォードはウリスゼラを両手で抱きかかえた。
「わ! ちょっと! なにすんだよ……!」
「一旦離れるぞ!」
ウリスゼラは抱きかかえられるその胸元からジュラフォードの顔を見上げる。
この逆境でも自分を優先するジュラフォードの勇姿に、ウリスゼラはえもいわれぬ感情が押し寄せていた。
これまで味わったことのない感情──
柄にもなく胸元で抱えられる体勢も含め、ウリスゼラの頬は抑えられず次第に紅潮していく。
そんな様子に気付く気配もないジュラフォードは、ベヒーモスから距離を取ったところでウリスゼラを下ろした。
「ウリスゼラ、お前はここに居ろ」
「あ、あぁ……」
ウリスゼラは不意に目を逸らす。
「あの、ごめん…… オレのせいで」
目を逸らしたまま、ウリスゼラは俯き加減で謝罪の言葉を口にする。
「もし悪いと思うなら、最後まで目を離さずに見ていろ」
そう言うと、ジュラフォードはベヒーモスの方へと視線を向ける。
「身震いがするな…… こんなにゾクゾクする命のやり取りは久しぶりだ……!」
独り言を残し、ジュラフォードはウリスゼラの傍を離れていった。
高速でベヒーモスに接近していくジュラフォード。
そのギラギラとした目は、ベヒーモスの少し離れた背後に転がる砕けた牙を見つめていた。
『やはり他に方法はない。あの牙を……』
体に纏わせた炎がさらに激化していくベヒーモスは、ジュラフォードに攻撃を叩き込む。
「ッ!!」
ジュラフォードは地面に突き刺さるベヒーモスの手を乗り越え、分断された牙を目指した。
「こいつをつかえば……」
バキバキバキ!!
大きな音を立て、ベヒーモスの鋭利な牙が半分に割られる。
ジュラフォードは叩き割るようにして足を食い込ませていた。
そしてジュラフォードは、叩き割った牙を拾い上げるとすぐさま迫り来るベヒーモスから間合いを取った。
「かなり武骨だが、やはりこの感じが俺にはしっくりくる」
剣と同じサイズに叩き割ったベヒーモスの牙を、確かめるように手に馴染ませた。
ジュラフォードは咆哮をあげるベヒーモスに視線を戻す。
その体から発せられていた炎は微かに翳りをみせていた。
「大人しく眠ってくれればお互いこんな目には遭わなかったんだがな…… 悪いが終わらせてもらう」
ゾワッ……
殺気が走る。突き刺すようなピリっとしたオーラはウリスゼラやグランザにも波及していた。
大地が怯えるように震え始め、殺気を感じたベヒーモスもジタバタと動き始めた。
ジュラフォードからは弾けるような衝撃波が放たれる。
「閃々───ッ!!」
残響が辺りに響き渡る。
その一撃は稲妻のようだった。
超速で放たれたジュラフォードの一閃は、唸りを上げてベヒーモスを切り裂く。
「ァ…… ア……」
縦に真っ二つに引き裂かれ、ただの肉塊と化したベヒーモス。
生命機能は停止し、漏れるように聞こえる断末魔は、声ではなく断ち切られた器官の振動だった。
燃え盛る炎は脂が溶け込む煙へと変わり、鼻をつく異臭を漂わせていた。
「なんとか…… こいつを使わずに済んだな……」
左手を握り締めながらジュラフォードは囁き、目の前のベヒーモスだった肉塊に目をやる。
凄惨な断面を見せる肉塊の隙間から、離れた位置にいるウリスゼラを見つめるジュラフォード。
そのウリスゼラは、腰を抜かし両手で口を覆いながら目を点にして固まっていた。
ジュラフォードは、ベヒーモスの亡骸を避けるように歩き、淡々とウリスゼラの元へと戻る。
「さあ、終わったぞ」
スッ……
その場に座り込むウリスゼラへジュラフォードが手を差し伸べた。
一瞬、その手を取ることを躊躇いながら、ウリスゼラはジュラフォードの手を借り立ち上がる。
改めて負傷した右肩を見つめ、不安そうな表情で訊ねる。
「だ、大丈夫なのか……? いや、大丈夫なわけないか……」
火傷を負った右肩はぱっくりと衣服が破け、生々しい傷を覗かせる。
ジュラフォードはベヒーモスとの戦いで起こした軽い興奮状態により、麻痺していた。
「なんでそんな目に遭ってまで…… オレが力を暴走させるから、分かってる。でも信じてほしかった……」
寂しそうな声色で呟くウリスゼラに、ジュラフォードは真っ向からその考えを否定した。
「違う。俺がお前に離れていろと、加勢するなと言ったのはお前を信用していないからではない」
「じゃあ、なんで……!!」
ウリスゼラは悲痛な目で訴えかけるようにジュラフォードを見る。
するとジュラフォードは、迷いもなく確信めいた口調でその訳を明かした。
「誰かを守るというのがどういうことなのか…… それを知って貰いたかったんだ」
「ジュラフォード……」
言葉を失うほど、ウリスゼラの感情がどよめく。
「お前の力は人を殺めるためのものじゃない。誰かを守るための力だ。少なくとも俺はそう信じてる」
ジュラフォードの言葉にウリスゼラは思わず強がりを見せる。
「とかなんとか言っちゃってさぁ~~!! ホントはベヒーモスにちっとはビビってたんじゃねぇの~? アハハ!」
照れ隠しで吐いたその言葉を、ジュラフォードは考える。
決してそれが、本心を見せたくないから言ってるのではないということは分かりきっていた。
これまでの不遇な境遇では、本心を偽り隠すことで自己を防衛してきたのだと。
ジュラフォードは明るく笑いながら調子を合わせた。
「あぁ、ビビった。超ビビった! さすがの俺も今回ばかりは焦った! いや~~危なかったな~~ ハハハ!!」
ウリスゼラはその反応に思わず心の芯が暖まるのを感じていた。
「この気持ち…… オレはもう悪魔じゃないよね」
「あぁ、最初からそうだったはずだ」
ジュラフォードの手を握り締め、ウリスゼラの口からようやくついて出たのは一切強がりのない本心の言葉。
ずっと閉じ込めていた心が開き、硬い殻を完全に溶かされた瞬間だった。




