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第40話 ジュラフォードVSベヒーモス


ジュラフォードは器用に体を捩らせ、深い泥沼から浅い泥濘まで移動すると、転がるように窮地を脱した。


衣服には泥と汚水が染み付き、俊敏さを奪う。


怒りに我を忘れたベヒーモスは、その巨体から繰り出される鋭い爪を湿った土に何度も叩き付ける。


それでもジュラフォードはその攻撃の全てを躱していた。


ドンッ、ドンッと鈍い音を立てながらベヒーモスの放つ重い一撃は続く。


その度に地面には巨大な足跡を描き出し、まるでクレーターのようにいくつもの窪みが形成されていた。


遠くから見守るウリスゼラには、それが纏わり付く泥のせいで動きが制限されているなどと到底思えないほどの身のこなしだった。


「グァァァァァア!!!!」


咆哮とともに尻尾を叩き付けながら大地を揺らし、一瞬の隙で腕を叩き付ける。


しかしなおもジュラフォードのスピードには太刀打ちできず、攻撃は不発に終わった。


大振りの一撃では当たらないと本能的に悟ったベヒーモスは、冷静にも攻撃の手を止めた。


「……ヴァァァ………!!」


極度の興奮状態を物語るかのように、口元からはもわもわと蒸気が立ち込めていた。


ジュラフォードに視線を集中し、ゆっくりと体を動かしながらも常にその目は獲物を捉える──


対するジュラフォードもまた、防戦一方の状況に打開策がないかと考えを張り巡らせていた。


ベヒーモスを見つめながら、ゆっくりと間合いを取っていく。


ただでたらめに間合いを取るのではなく、可能な限り身動きの取りやすい浅い泥濘に誘導していた。


「グゴォォォォ……!!」


膠着状態が続くかに思われたそのとき、ベヒーモスは魔力を込めながら、大きな口で大量の空気を吸い込み始める。


全開まで開けたその口は、一頭の馬すら容易に飲み込むほど。


そこから覗かせる舌を、ジュラフォードは巨大ななめくじのようだと見つめていた。


「まずいッッ!! 逃げろジュラフォード!!」


突然、左側からウリスゼラの張り上げた叫び声が響いた。


ちらりとウリスゼラの方を振り向くと、身振り手振りを使い必死にジュラフォードを促していた。



ボォォォォゥゥ!!



皮膚に伝わる急な熱感とともに、正面からはここが湿地帯であることを忘れさせるほどの乾いた音が聞こえた。


そしてどんよりとした暗い沼地に太陽光の如く光が走る。


熱と光と音…… それらが伴うベヒーモスの方をジュラフォードは反射的に振り向いた。


すると──


「う、うそだろ……!? おいっ!!」


そこには、口一杯に大きな超火球を作り出したベヒーモスが構えていた。


泥水が映し出す火球は鮮やかに燃え盛り、辺りの水分を蒸発させながら更に大きくしていく。


「こんなもの食らってしまえばさすがの俺もタダじゃ済まんな…… だが避ければ二次災害は免れん……」


極限まで大きくなった超火球は、バチバチと弾ける音を立て、今にも放出されそうだった。


考えるよりも先にジュラフォードは動いた。


逃げるのではなく、逆にベヒーモスに急接近を開始する。


「お、おい!? ちょ、おま! なに考えてんだよ!!?」


困惑した様子で見つめるウリスゼラをよそに、ジュラフォードは一つの策を閃いていた。


『食らえば絶体絶命…… そのまま避けたなら背後の木々に燃え広がり二次災害…… つまり〝なにもない〟ところへ避ければいい!』


ベヒーモスは超火球を蓄えつつも、攻撃対象であるジュラフォードを目で追いかけていた。


ジグザグに高速で接近することでギリギリまで火球の放出を躊躇わせるジュラフォード。


そして、ベヒーモスから見て右斜め前の位置に躍り出ると、挑発するように言葉を放つ。


「おいこら!! 図体だけの間抜けじゃねえなら俺にそれをかましてみろ!!」


ジュラフォードはぐぐっと力を込めながら足を曲げてしゃがみ、次の瞬間にはバネのように天高く飛び上がった。


その動きに連動し、ベヒーモスの顔も頭上へと向かった。


見上げる高さまで到達すると、ジュラフォードの体はピタリと止まり、今度は重力に吸い寄せられるように落下していった。


「ギグガァァァァァァア!!!!!」


超咆哮。狙いを定めたベヒーモスは頭上から落下してくるジュラフォードを目掛け限界まで溜めていた超火球をついに放った。


ゴゴゴゴ……


ゆっくりと、だが確実に天へと昇る火球。


その鮮やかさにウリスゼラは思わず息を飲んでいると、ふと我に返る。


「おい!! あんな空に跳んで何がしてえんだよ!」


同じく、その光景を物陰から観察しているグランザもウリスゼラと同様にジュラフォードの行動に驚かされていた。


「なんという体術バカだ…… だがあれじゃあまるで良い的だな」


ベヒーモス、ウリスゼラ、グランザ、そして沼地の生物。そこにいる誰もがジュラフォードを見つめていた。


空中では迫る超火球を前にジュラフォードがひとり呟く。


「まずは作戦成功か…… だが問題は避けきれるかどうか……」


泥水にまみれたジュラフォードの衣服は次第にチリチリと音を立てて火の粉を起こし始める。


皮膚につたわる熱は既に火傷寸前であるのに、特大サイズの超火球はジュラフォードを易々と逃しはしなかった。


「一か八かだが…… 俺はそういう時こそ燃える男だ!! この炎のように!!」


腹を括るジュラフォード。


腕を振ってわずかに超火球の軌道から体を外す。


一触即発──


超火球はついにその眼前にまで迫った。


「ジュラフォードっっ!!!!」


「フンッ…… バカなやつだ」


地上で見届けるウリスゼラとグランザ。二人からの目線では既に超火球に飲まれているようにも見えていた。


だがジュラフォードは、わずかすんでのところで遠心力を利用し、反転させるように体を捻った。


ボォォゥゥ


ジュラフォードの服を超火球が掠める。


そして地上から見つめていたウリスゼラたちの視界に、超火球の脇からひゅっとジュラフォードが姿を見せた。


「まっ、マジか!? おいおい!! 嘘だろ!?」


驚異的な身体能力によって超火球をギリギリのところで躱すことに成功した。


直撃を免れ、超火球は天高く虚空へと向かっていく。


するとジュラフォードはぎゅいっと下に視線を向け、瞬時にベヒーモスの位置を捕捉する。


「魔獣でもビビったって時は人間みてえな顔すんだな」


軽口を叩くと、ジュラフォードは右の利き足を自身の頭の位置まで振り上げた。


そして、そのまま重力に身を任せると、落下とともに、再びベヒーモスの脳天にかかとを叩き込んだ。


「寝てろォ!!!」


ドンッッ!!


その衝撃は辺りにいたウリスゼラとグランザの肌身にも伝わっていた。


閉じかけていた大開きの口を無理やり力で塞ぐと、ベヒーモスの壊れかけていた禍々しい牙はとうとう砕け散った。


ジュラフォードはくるりと体を捩りながら着地すると、ベヒーモスを見つめる。


眠りについたかのように大人しくなり、欠けた牙が痛々しく感じられた。


「ひぃぃ…… わりぃなやりすぎたか」


渋そうに顔を歪めながらベヒーモスに申し訳なさを見せた。


するとそこへ、離れた位置にいたウリスゼラがジュラフォードの名を呼びながら近付いた。


「ジュラフォード!! お前まっじすげえ! オレこんなの生まれて初めて見たぜ! つうかベヒーモスって素手で倒せんのかよ!?」


「ハハハ! ……ま、これが本物の強さってとこか?」


自身の想定を越える思惑通りの結果に、思わずジュラフォードは冗談を交えながら調子づいていた。


実直に感動の言葉を連呼するウリスゼラに、ジュラフォードがおどけてみせていると、すぐに事態が変わった。



「グッ…… グゴゴガ…… ング……」



脳天に強烈な一撃を叩き込み、硬質の牙まで砕いたはずのベヒーモスから、漏れるような声が聞こえた。


その瞬間、ウリスゼラとジュラフォードの表情はピタリと止まったように笑顔が消えた。


ドンッ、ドンッッ……!!


後方からは、ベヒーモスが地面に爪を食い込ませる音が響く。


そーっと二人息のあったタイミングで背後を振り向くと──



「グァァァァァァァア!!!!」


血に染まり、傷にまみれながらもなお立ち上がる狂乱したベヒーモスの姿があった。


「お、おぃいい!! やべーじゃん!! そんなのありかよ!!」


「ハハ…… まじかよ、お前……」


荒れ狂うベヒーモスの爪が再びジュラフォードへと放たれた──



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