第39話 沼地の王
槍を構えたグランザは、ただ一点突破するのではなく魔法を掛け合わせた複合技を披露する。
「地殻震撼一槍ッ──!!」
技の名に遜色無いその大技は、ジュラフォードさえも唸らせた。
刺し込んだ槍で地表を抉りながら馬を走らせる。
その向かう先には、裂けた地に足元を掬われたサイクロプスたちが立ち尽くしていた。
「凄まじい魔法だな。まるで地震だ」
グランザの放った魔法による衝撃は、馬を伝い離れた位置にいたジュラフォードにも届いていた。
「ハハハ、この程度の土魔法たいしたことねえな! まあどうせ、グランザのやつも全力じゃねえだろうけどよ」
隆起した地面ごと片っ端から槍で突き刺し、十数体のサイクロプスを殲滅。
しかし、その様子を見ていたジュラフォードは微かに違和感を抱いていた。
「なあ、敵のサイクロプスの動き…… 気付いたか?」
「あァ、ちゃんとオレも見ていたぜ」
なにかに気付いた二人が確かめ合うやり取りをしているところに、したり顔を見せつけるグランザがやってきた。
「ふはは、どうだ! これが俺の実力だ!」
力を誇示するグランザに、ジュラフォードは恥ずかしげもなく実直に返す。
「少なくとも魔法に関しては…… 俺より遥かに上だ」
「なっ……!? 嘘だろ!?」
したり顔を強めるグランザに対し、ウリスゼラは驚いた様子でジュラフォードに問い掛けていた。
『そうか…… そういえばこいつらは、俺が一切魔法を使えないことを知らなかったな……』
胸のうちでジュラフォードがそう内省していると、畳み掛けるようにグランザが誇らしげにし始めた。
「少しは身の程が分かったか? ちなみに俺はまだ半分の力も使っていない! ……ま、これで慎ましくなるがいいさ」
最後に嫌味を吐いたグランザは、鐙を踏み込み、馬を促し方向を切り替えた。
「では、お望み通りお目付け役として任務を続行しようか」
どこか上機嫌そうにも見えるグランザ。
颯爽と書庫を目指し馬を走らせると、ジュラフォードとウリスゼラの乗る馬も後を追った。
澄んだ湖のある森を抜け、魔獣が暴れた痕跡が残る旧街道を越え、不気味な気配漂う沼地へと足を踏み入れる。
これまで軽快だったグランザの馬は足取りが衰え、合わせるようにジュラフォードたちの馬も歩調を揃えた。
調子を落としたのは馬だけではなかった。
道中では様変わりしていく景色を懐かしみながら、ジュラフォードに自分語りを見せていたウリスゼラも大人しくなっていた。
ジュラフォードには、グランザもウリスゼラも音を潜めてるように見えた。
顕著に口数の減ったウリスゼラに、安否を確かめるかのようにジュラフォードが語りかける。
「おい、どうした急に? それにグランザのやつも急にペースを落としやがったぞ」
「……しっ! 静かにっ ここには〝沼地の王〟がいるんだよっ……!!」
「なんだよ、沼地の王って。随分と大仰だな」
「あぁもう……! なら〝ベヒーモス〟って言えば伝わるかっ……!?」
声を抑えながらウリスゼラが言うと、ジュラフォードは興味深そうに辺りをきょろきょろと見回していた。
しかし感じられるのは、泥と苔が入り雑じる植物の存在と、鼻につく朽ちた腐葉土の香りと湿った土の匂い。
さらには肌にまとわりつくようなじっとりとした淀んだ空気。
そんな不気味な沼地に適応した小さな両生類や爬虫類が、ジュラフォードたちを不思議そうに見つめていた。
「ベヒーモスなんて本当にいるのか? しかし、なんでこんな気色悪いところを通らなきゃいけないんだ……?」
「しっ! だから声を抑えろって! ……こんな物騒なとこを通らなきゃいけないから意味があるんだよ」
「どういうことだ? 面倒なだけだろ?」
ウリスゼラは辺りを警戒しつつ、声を潜めながら答えた。
「ベヒーモスはこういう湿地帯を好むんだ。だからベヒーモスの生息地の近くに、あえて書庫を作ることで防衛力を高めてるってクソ親父から昔聞いた」
「なるほど、つまり勝手にベヒーモスを門番代わりにしてるわけだ」
「まあ、簡単に言えばな」
ジュラフォードはウリスゼラの言う話に妙に納得していると、ふと前を行くグランザに目をやった。
と、そのときだった。
グランザが騎乗していた馬がズチャリと音を立てて沼に足を取られると、怯えた馬は激しく慌て出した。
「おいっ! よせ! 静かにしろ!」
馬を槍の柄でつつきながら必死に宥めようとするも、これまでの忍び足を水の泡にするほど大きな音を立てていた。
グゴゴゴ……
水面が波立つように揺れたと思うと、グランザの土魔法を遥かに凌駕する地響きが発生する。
揺れの力も相俟って、泥が蟻地獄のように馬の足元を吸い込んでいった。
「ま、まさか!? クソっ! この駄馬がッ!!」
そう吐き捨てると、グランザは怯える馬を情け容赦なく見殺しにして乗り捨てると、書庫の方へと逃げ去って行く。
「あの野郎……! なんてやつだ!」
「そういうやつなんだよ、あいつは! それよりジュラフォード、オレたちも離れよう! ベヒーモスが来る!」
グガガガガッ!!
水面を突き破るように巨大な影が迫る。
辺りに居た小さな生き物もまたグランザと同じ様に逃げ出し、不穏な気配が立ち込めた。
ジュラフォードの乗っていた馬は漂う殺気に怯え、とうとう乗せていた二人を振り落とすと一目散に逃げ去った。
「やばいやばいやばい……!! どうなっても知らねえぞ!!」
軽いパニックを起こすウリスゼラに反して、ジュラフォードは静かに激しく揺らぐ水面を見つめていた。
バサァァァ!!
泥水が大きな水しぶきを上げると、真っ黒の巨体が姿を現した。
「ガルァァァァア!!!!」
耳を劈く咆哮と共に姿を見せたのは、夥しいトゲと禍々しい角と牙を持つ魔獣・ベヒーモスだった。
「ど、ど、どーすんだよジュラフォード!!」
「あれがベヒーモスか…… なるほど、中々の存在感だな」
「感心してる場合かっ!! クソっ、こうなりゃオレが……っ!!」
そう言ってウリスゼラが右手を翳し魔力を込めようとした、そのとき。
ジュラフォードがグッと手首を掴み、ウリスゼラを見つめながら静かに諭した。
「魔法をコントロール出来ないんだったろう? 俺が奴と戦う。お前は見ていろ」
「んぐっ…… わかったよ。痛てえからいい加減その手ェ離せ」
「おっ、こりゃ悪い悪い」
冗談っぽく微笑みながらそう言いつつ、ジュラフォードはグランザから支給された剣を鞘から引き抜いた。
「いいか、俺と約束してくれ。不用意に魔法を使わないこと…… いいな?」
「あぁ、分かった。でも、ヤベーって時はオレだってやるから」
「そうならないといいがな。ほら、早く離れろ」
ウリスゼラはジュラフォードを信じ、こくりと頷くと、足早に距離を取った。
ベヒーモスを眼前にしたジュラフォードは、ウリスゼラが安全圏まで離れるのを横目で確認する。
「さあて、ウリスゼラは離れたな…… よしっ!」
視線をベヒーモスに戻すと、ジュラフォードは剣を構えた。
「安心しろ、殺したりはしねえ。ちっと眠っててもらうだけだ」
ベヒーモスはヨダレを垂らし、もくもくと立ち込める吐息を漏らしながらジュラフォードを睨み付けていた。
その様子を見つめるジュラフォードは、ふとある異変に気付く。
「お前、よく見りゃ牙が欠けてんな…… それも断面からして真新しい……」
「グァァアアア!!!!」
ジュラフォードの言葉など分かるわけもないと言うのに、欠けた牙に視線を向けられたベヒーモスはさらに怒りを増幅させた。
「どんな喧嘩したのか知らねえが、まだまだ暴れ足りねえってか……」
するとジュラフォードは、一瞬にしてベヒーモスの頭上へと跳躍する。
その刹那の神速を初めて目の当たりにしたウリスゼラは衝撃のあまり絶句していた。
「一閃ッ──!!」
ジュラフォードは天高く剣を振りかぶり、ベヒーモスの脳天に叩き込む。
そのとき、予想だにしていなかった出来事が起こった。
ドォォンンン!!
ジュラフォードが意図せず、爆風を伴う強烈な爆発が起こった。
爆破によってベヒーモスの左右に伸びていた二本の角のうち、一本の角が欠け、額には火傷が出来上がる。
そして爆風に飲まれ吹き飛ばされたジュラフォードは、咄嗟に受け身を取るものの泥沼に体を打ち付けた。
それを遠巻きで観察していたグランザは、物陰からほくそ笑む。
「クックク…… ざまあみろ! どうだ、俺が魔法で仕込んだ衝撃で起動する爆破封印の力は! 剣を確認してた時は少しヒヤヒヤしたがな…… しかし威力の調整は少し失敗だったかな……」
だが──
グランザの策略も虚しく、高威力の爆発を以てしてもジュラフォードはダメージを最小限に留めていた。
それでも無傷とは言えず、さらには吹き飛ばされた衝撃で泥沼に体を取られてしまう。
「クソッ…… グランザの仕業か……! 姑息な真似をしやがって……!」
一方、爆発によって損傷を受けたベヒーモスは、猛然な雄叫びをあげる。
それは、怒りの極致とも言える、凄まじく激昂した狂気の咆哮だった。
「おい!! ジュラフォード!! 大丈夫なのか!? しっかりしろ!! おいっ!!」
遠くからはウリスゼラの悲痛な叫びが響く。
完全に怒り狂ったベヒーモスは、もはやジュラフォード以外を視界に入れていなかった。
「こうなったら、オレがなんとかしなきゃ……」
ウリスゼラはジュラフォードとの約束を思い出しながらも、それでも魔法を使おうと手をベヒーモスへ翳す。
歯を食い縛り、魔力を込め、精神を集中させるウリスゼラ。
と、そのとき。ウリスゼラの元にジュラフォードの声が届いた。
「おいウリスゼラ!! 魔法を使うな!! 黙って見てろ!!」
「ジュラフォード……!」
その一言を聞いたウリスゼラは魔力を込めるのをやめ、そっと手を引っ込めた。
「でも…… 本当に平気なのか……?」
殺気を全解放させる狂乱のベヒーモス。
そして、剣を失い爆破の影響を受けて追い込まれるジュラフォード。
戦いを見つめるウリスゼラの額からは、冷や汗がだらりと零れていた。




