第38話 決意新たに
「シフルリア様は、ウリスゼラ様が幽閉されてしまってからというもの、ふさぎがちになりまして…… 相当お辛かったのでしょう。ついにはショックからお体を崩し、このように……」
パルメリーヌは涙を滲ませ、ところどころで言葉を詰まらせながら答えた。
「そんなのって…… 辛すぎます!!」
「あぁ、ウリスゼラがあんな目に遭わなければこの子もこんなことには……」
話を聞いていたジュラフォードとリリアフィルが、同情の言葉を口々にした。
「クッソぉぉ……!! クソ親父はこうなってても知らん顔なのか!?」
怒り混じりにパルメリーヌにやり場のない感情をぶつけるウリスゼラ。
「御当主様は、わたくしに面倒を見ろと、それ以外はなにもおっしゃらず……」
「あのクソ親父が……!!」
怒りを爆発させ拳を握りしめるウリスゼラの手に、シフルリアがそっと優しく触れた。
極度の精神的負荷から耳も聞こえなくなっており、会話の内容も分からないというのに、心配そうな表情を浮かべウリスゼラを見つめる。
シフルリアの健気な姿を一目見たウリスゼラの頬からは一粒の涙が伝い落ちた。
「ごめんな…… オレがあんなことしたせいで…… あんなことしなきゃオレは……」
シフルリアの触れる手を握り返しながら、ウリスゼラは過去の婚約者一族の抹殺を後悔していた。
俯きながら、声を漏らし涙を溢すウリスゼラ。
するとそこに、優しい声色で語りかけるパルメリーヌの言葉が耳に届いた。
「ウリスゼラ様。差し出がましいかもしれませんが、シフルリア様はなにも絶望しているだけではありません。ほら……」
その言葉に、ウリスゼラは俯く顔をゆっくりと上げてシフルリアを見つめる。
視界に映ったのは、嬉しそうに微笑みながら、ぬいぐるみを使ってユバとじゃれあうシフルリアの姿だった。
「ユバ…… シフルリア……」
「シフルリア様に、初めてお友達が出来ました。こんなに笑顔になられているのは、わたくしも久しぶりに見ましたよ」
仲睦まじいシフルリアとユバに、泣きじゃくりながら二人まとめて抱き締めるウリスゼラ。
「わわ!! お姉ちゃん! どーしたの!」
「どーもこうもねぇ!! 嬉しいんだよ!! ユバ!! シフルリアのこと頼むよ!!」
「お、おぉー!!」
感情を爆発させるウリスゼラに、困惑するユバと、声こそ発しないものの驚くシフルリア。
パルメリーヌやリリアフィルもそれを微笑ましく見つめていると、ジュラフォードが発した。
「パルメリーヌ…… だったな。ユバはなぜここへ?」
「えぇ、ガーデンでお散歩を終えてお部屋へ戻ろうとしていたところ、こちらユバ様が「腹が減ったー!」と歩き回っているのを見つけましたので……」
「なるほど、そういうことだったか…… 手をやかせてすまないな」
「いいえ、とんでもありません。まさかシフルリア様とお友達になっていただけるなんて…… お年も近いですから、ありがたい限りですよ」
和みつつあるところ、ジュラフォードの脳裏にリクスヘルデンに与えられた急務が過る。
「……お前は、ウリスゼラを悪魔だと思うか?」
ジュラフォードが真剣な眼差しで問い掛けると、パルメリーヌもまた真剣な表情で首を横へと振った。
「私はメイド長として長年お二人を見てきました。確かにやんちゃですが、悪魔だなんてそんな……」
「だよな。それが聞けて良かったよ。それを証明するためにも……」
「わたくし、聞き及んでおります。リカルドさんのご遺体をここまで運ばれたそうで。そのせいで逆に怪しまれてしまったと……」
「なあに、いいんだよ。結果としてそうなっただけで、俺は俺のやるべきと思ったことをしただけだ」
パルメリーヌは改まった様子で深々と頭を下げながら言う。
「リカルドさんをここまでお連れ頂き、ありがとうございました。代表してわたくしがお礼差し上げます」
「いいんだよ、本当に感謝されたくてしたわけじゃない。それに、俺はやらなきゃいけないことがあるからな」
そう言うと、ジュラフォードはおもむろに立ち上がり、ウリスゼラに語りかけた。
「ウリスゼラ、もうあんなところに逆戻りするわけにはいかないだろ?」
「あぁ…… 改めて腹は括ったよ。オレはリカルドのためにも、そしてシフルリアのためにも…… オレ自身を取り戻す!!」
そっと差し伸べられたジュラフォードの手をウリスゼラが掴むと、力強く立ち上がった。
「リリアフィル、お前もシフルリアの友達になってあげてくれないか」
ジュラフォードが言うと、リリアフィルは穏やかな笑顔を浮かべながら答えた。
「はい! 私、やっぱりここに残ってる方が良いと思いました! だからジュラフォード様、がんばって!」
「あぁ、ユバのことは任せたぞ」
「すまねえな、リリア。オレの妹のこともよろしく頼むよ」
「うん、任せて! ウリスゼラちゃんもがんばれ!」
先ほどまでの苦手意識が嘘だったかのように、リリアフィルはウリスゼラに親しげに受け答えしていた。
「じゃあ、行ってくる」
ジュラフォードがそう言うと、ウリスゼラを引き連れ扉の方へくるりと向き直った。
「行ってらっしゃい!」
「行ってらっしゃいませ」
「はやく帰ってきてねー!!」
見送る三人の言葉を背中で聞きながら、シフルリアの私室を後にしていくジュラフォードたち。
ウリスゼラは部屋を出るとき、シフルリアの方を一瞬振り向いた。
そこで目にしたのは、ユバの隣でちょこんと座り微笑みながら手を振る最愛の妹の姿だった。
先を行くジュラフォードに小走りで追い付くと、真横に肩を並べるウリスゼラ。
「ジュラフォード、オレはお前がくれたチャンスを必ず手放さない。最後まで力を貸してくれ!」
「ハハッ、足引っ張んなよ! ……じゃなかったのか?」
「そうとも言うけどな!」
ジュラフォードの出した握り拳を、ウリスゼラも握り拳でこつんと叩き返す。
こうして決意新たにしたウリスゼラとジュラフォードは、グランザの待つ繋留場まで向かった。
──繋留場
丁寧に手入れされた馬が繋がれた繋留場。
そこには、腕を組み苛立ち混じりに人差し指を素早く叩くグランザの姿があった。
「チッ…… あのクズどもはなにをしてやがる? どれだけ待たすつもりだ?」
先に到着して二十分超。グランザの元へようやく遅れてきたジュラフォードとウリスゼラの姿が現れる。
「悪い悪い、待たせたな」
「待たせすぎだ! とっととその馬に乗れ」
グランザは既に馬に乗り込んでおり、別の馬を指しながら言った。
「ほう、毛並みの良い馬だな。さすがは魔導卿か」
「おい! お前、手ぶらで行くつもりか?」
ジュラフォードの姿を見てふと気付いたようにグランザが問うと、ジュラフォードはあまり気にも留めていない様子で答えた。
「そういえばそうだったな。ここに来る前、未来へ種を蒔いてきたからな……」
「何を言ってるのか知らんが…… 途中で死なれても寝覚めが悪い! こいつを使え!」
そういうと、グランザは自身の使う槍とは異なる一本の剣をジュラフォードの足元へ放り投げた。
「刃こぼれしてないんだろうな……?」
ジュラフォードは剣を抜き、一通り刃を確認すると、シャキんと鞘へ戻した。
その確認を傍で見ていたグランザはごくりと固唾を飲んでいたが、ジュラフォードもウリスゼラもそれに気付くことはなかった。
「少し軽すぎるが、ないよりはマシか…… 一応、礼は言っておくぞ」
「フ、フンッ、そんなものはいらん」
グランザが悪態つくも、構うことなくジュラフォードは軽快な身のこなしで白馬に乗り込む。
すると、馬の前でもじもじとしているウリスゼラが目についた。
おまけにウリスゼラが乗り込もうとしていた馬は、息を荒らげ興奮している様子だった。
「どうしたウリスゼラ? なにをしている?」
「い、いや…… オレってさ、その…… 馬にも嫌われてるつーか。ハハハ……」
ウリスゼラから乾いた笑みが零れる。
「仕方ない。……ほら、乗れよ」
ジュラフォードは馬に乗れないウリスゼラに手を差し伸べる。
そうすると、ジュラフォードが乗っている馬もウリスゼラが近付く気配に慌て始めた。
「落ち着け、こいつは怖くない…… な?」
鬣を撫でながら馬の気持ちを宥める。その後再び手を差し伸べると、ウリスゼラも乗り込んだ。
「ジュラフォード、おめえ凄いな! オレが乗っても慌てない馬なんて初めて見た!」
「なあに、馬に波長を合わせてやるのがコツだ。だがお前の方は大人しくしてろよ?」
「わかってるよ! でもな、実はこうなるとは思ってたんだ」
笑い飛ばしながらウリスゼラが言うと、最も出入り口に近いグランザが声を発した。
「なぜ二人乗りなどしている? ……まぁいい、まずは書庫から目指す! それで異論はないな!」
「あぁ、構わない! 俺は後を追う!」
「今度こそ遅れるなよ!」
グランザは鐙をグッと踏み込むと、騎乗する馬は嘶きながら要塞と化した門を潜っていった。
隊列を組み、綺麗に構える警備隊の騎士が一斉に「行ってらっしゃいませ、グランザ様」と声を上げる。
そのコールにジュラフォードとウリスゼラは疎外感を抱きながらも、グランザを追いながら書庫へと向かった。
ティダインベルグの領土を抜け、森の中へと入っていくと、グランザはぐんぐんと速度を上げ始める。
ジュラフォードもまた速度を上げようとするも、その前に後ろに座るウリスゼラに語りかけた。
「少しスピードをあげる! 落とされないように掴まってろよ!」
「お、おう!!」
ウリスゼラは躊躇いながらも、両腕をジュラフォードの腹部に回し、振り落とされないようにしがみついた。
馬を走らせること数十分。
「おい、ジュラフォード! あれ見ろよ!」
「……ん?」
順調と思われていた道中は、突如として現れたサイクロプスの群れによって行く手を阻まれる。
「おいグランザ! お前の力を見せてみろよ」
「なんだと?」
「あのサイクロプスをお前一人で倒してみろって言ってるんだよ。それとも、ビビって俺の力を借りなきゃ倒せねえか?」
「フンッ…… 減らず口を叩きやがって! いいだろう! お前らは指を咥えて見ているといい」
そう言うと、グランザは槍を取り出し、気合いの掛け声とともにサイクロプスの群れへ単騎で突っ込んで行った。
「さあて、お手並み拝見だな」
そしてジュラフォードはそれを、静かに見つめていた。




