第37話 最愛なる妹
扉の前で引き留められたジュラフォードは、強い力で引っ張られる自身の両手を見つめた。
左手をリリアフィルが、右手をメルマドゥナが、それぞれ離すまいと掴んでいた。
「おい! お前らなんのつもりだ? さっきの話聞いてたろ?」
ジュラフォードがそう言うと、二人は揃って不機嫌そうな表情を見せる。
「私も一緒に付いて行きます!」
「私も行かせてちょうだい!」
ピッタリのタイミングで二人がジュラフォードに言うと、当の本人は呆気に取られていた。
すると、そんなジュラフォードをよそに、互いの顔を見合うリリアフィルとメルマドゥナは些細な言い争いを始めた。
「ちょっと、なによ! ジュラ様は私のよ!」
「そっちこそ! ジュラフォード様は別に誰のものでもありません!」
ジュラフォードが宥めようと「まぁまぁ、落ち着けお前ら」と声をかける。
しかし──
「ジュラフォード様は口出ししないでください!」
「ジュラ様は黙っててちょうだい!」
またしても息の合ったタイミングで、ジュラフォードが諫められてしまった。
その後すぐ、互いの頬を摘まむ揉み合いにまで発展すると、それを傍で見ていたウリスゼラが声を漏らしながら呟いた。
「な、なんなんだこいつら……」
目の前で繰り広げられる小競り合いに、とうとうジュラフォードが体を差し込むようにして二人を止めた。
「こんな時に喧嘩なんてするな! おまえらはっ、手を取り合って助け合えっ……!! いててっ!」
今度は間に入ったジュラフォードまでもが揉みくちゃにされてしまう。
「元はと言えば貴方が悪いのよ! 私というものがありながら、他の女にも良い顔して!」
「俺はそんなつもりは……!」
「ち~が~い~ま~す!! ジュラフォード様は誰のものでもありません! でも! 勘違いさせちゃうのも悪いんですよ!」
「いや、だから俺はそんなつもりは……!! いででっっ!」
もはや収拾がつきそうにもない様子に、グランザは呆れながら窓の向こうを見つめ、ウリスゼラは「いいぞもっとやれ!」と逆に煽る始末だった。
剣士として極致に達した男であっても、女心には敵わない。
万事休すのそのとき、団子状態になったジュラフォードたち目掛けて、勢いよくバサーっと水流が押し寄せた。
「つめてえっ!! なんだこれ!?」
リリアフィルを除き、ジュラフォードとメルマドゥナがずぶ濡れになっていると、リクスヘルデンの低音の響く声が届いた。
「……お静かに願おう。喧嘩なら外でやってくれたまえ。それにメルマドゥナさん、貴方には我が領土を防衛する目的があるはずだ」
加減された水魔法を放った左手を伸ばし、リクスヘルデンが制止する。
三人はリクスヘルデンの方を振り向きながらその言葉を聞いたあと、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「す、すみません…… ついヒートアップしちゃいました」
「私も大人げなかったかもしれないわね。そんな必死にならなくてもジュラ様は私だけって分かりきってるのに」
「あぁ! またそんな勝手なことを……!」
「おいおい、分かったからもうここまでだ!! おまえらそんなに俺を困らせたいか!?」
売り言葉に買い言葉。また再燃しかけたその瞬間、ジュラフォードが語気を強めてそう言うと、二人はついにしおらしくなった。
「メルマドゥナも約束したならここにいるべきだ。それとリリアフィル、お前もここにいろ」
「え?! でも私は……」
「ここの防衛力はお前も見ただろ? それにメルマドゥナまでいるんだ。ここが一番安全だ」
「ジュラフォード様……」
リリアフィルは眉を八の字にしながらジュラフォードを見つめた。
「頼む。魔獣の懐に飛び込もうとしてるんだ。お前を危険な目に遭わせたくはない。それに…… すぐに戻るさ」
「はい…… 分かりました」
完全に納得しきっているわけではないのか、表情は崩さぬまま、リリアフィルは答えた。
「それに、ユバの子守りもしてもらわないとな?」
「そうですね、ユバちゃんも残るわけですもんね! ……って、あれ?」
リリアフィルは思い出したかのように辺りを見回す。
「どうかしたか?」
ジュラフォードが訊ねると、リリアフィルは困った様子で答える。
「あの、ユバちゃんがいません……」
「なにっ!?」
遅れてジュラフォードも辺りを見回すが、リクスヘルデンの部屋まで連れられたはずのユバの姿が見当たらなかった。
ユバに付いていたはずの騎士二人。ちょうどその間には、ユバの肩幅に収まる程の距離が取られていた。
「あの小僧……! いつの間に!?」
不手際を働いた騎士が思わず声を漏らしていると、リクスヘルデンは呆れにも怒りにも似た複雑な表情を見せていた。
「もうよい! おまえらは門の警備に戻れ! この屋敷から出てはいないだろう。別の者に探させる!」
リクスヘルデンが指揮すると、ジュラフォードたちに付いていた騎士は全て部屋を後にし、指定の位置へと散っていった。
騎士のなかで唯一残ったグランザがリクスヘルデンに語りかける。
「それでは、私はお目付け役の任を全うして参ります」
「うむ、では頼む」
リクスヘルデンとのやり取りを終えたグランザにジュラフォードが語りかける。
「短い間だが、仲良くいこうぜ?」
「チッ…… 思ってもいないことを」
「ジュラフォード、オレはこんなやつと仲良くする気はねえぞ」
「お前らと与太話をするつもりもない…… 俺は先に外の繋留場で待つ」
そう言うと、グランザはジュラフォードたちを待たず屋敷の外へと足早に向かった。
カチャカチャと擦れる甲冑の音が、グランザがジュラフォードとウリスゼラに抱く不快感を物語っているようだった。
「向こうも仲良くするつもりはねえってか」
「まったく、やれやれだな…… さて、俺たちもそろそろ行くか……」
すると、込み入った会話をするメルマドゥナとリクスヘルデンを背に、リリアフィルがジュラフォードに近付いた。
「私、ユバちゃん探すので。ついでじゃないですけど門まで見送ります」
「えーっと、ジュラフォードの彼女Aだっけ?」
「か、彼女……!?」
ウリスゼラは茶化すようにそう言うと、思わずリリアフィルは頬を赤らめた。
「そんなんじゃない。この子の名はリリアフィルだ」
「へえ! 可愛い名前じゃねえか。それにずっと気になってたけど、その耳はエルフか? 本当にいるんだな」
「あ、はい…… 一応、エルフです……」
「オレはウリスゼラ! よろしくな! リリア!」
その反応を見て、リリアフィルはウリスゼラに少し苦手意識を持っていることをジュラフォードは察していた。
大人しい性格のリリアフィルとは真反対のウリスゼラ──
萎縮している様子が不憫に思え、ジュラフォードは早々に間に入り会話を切った。
「……ま、自己紹介はそのへんにして。早く行くぞウリスゼラ」
「あいよ、んじゃいっちょ行きますか!」
ウリスゼラは片腕をぶんぶんと回しながら答えた。
ジュラフォードたちは豪華な絨毯の廊下を進み、先にグランザの待つ繋留場を目指した。
と、そのとき。
リクスヘルデンの部屋を出てしばらく歩くと、同じ廊下内にある一部屋から聞き覚えのある賑やかな声が聞こえてきた。
「わぁぁい!!」
その声を聞いたジュラフォードとリリアフィルが互いに顔を見合せた。
「いまの声!」
「はい! ユバちゃんでした!」
ジュラフォードは恐る恐る扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
ギィという音とともに部屋の扉が開かれると、目の前に現れたのはユバと見覚えのある少女の姿だった。
「シフルリアっ……!!」
ウリスゼラが思わず声を漏らす。
その部屋は、ウリスゼラの妹であるシフルリアの私室だった。
「シフルリア!」
ウリスゼラが声を張り上げ妹の名を呼ぶと、その声に反応したのは、もう一人の見覚えあるメイド服の女性だった。
「ウ、ウリスゼラ様!? どうしてここに…!!」
「久しぶりだな、パルメリーヌ……」
ウリスゼラは、ジュラフォードが花園で見掛けた女性をパルメリーヌと、そして少女をシフルリアと呼んだ。
次にユバが「パンをくれたお姉ちゃんだ!」と反応するものの、妹のシフルリアだけは気付いてない様子だった。
「おい、シフルリア!!」
ウリスゼラが表情を滲ませながら妹のシフルリアの元へと駆け寄る。
肩に手をかけ呼びかけると、シフルリアはようやくウリスゼラの存在に気がついた。
「……!!」
シフルリアは瞳を潤ませながら、今にも泣き出しそうな表情でウリスゼラを見つめていた。
「オレだ、ウリスゼラだ! シフルリア……!! ずっと会いたかった!!」
そう言ってウリスゼラはぎゅーっと抱き締めるも、シフルリアは依然として何一つ言葉を発していなかった。
「どうした? 嬉しくないのか? やっぱりオレは悪魔だから……?」
ウリスゼラがそう言うと、傍にいたパルメリーヌが深刻な表情で答える。
「シフルリア様は…… その……」
「事情を知ってるのか!? 教えてくれ!」
「ですが見知らぬ方々がいますし……」
ジュラフォードとリリアフィルをやんわりと警戒しつつ、全てを語ろうとはしないパルメリーヌ。
すると、ウリスゼラは二人は信頼できる客人であると説明した。
「……そうでしたか。ではお話します。シフルリア様は、その…… お耳とお声を……」
思わず言葉を失い、目を丸くしながらパルメリーヌを見つめるウリスゼラ。
「シフルリアに…… なにがあった……?」
その質問に、パルメリーヌは言葉を選びながら語り始めた。




