第3話 聖なるバニーガール
バーネルとリンは互いに顔を見合わせ、疑問符を浮かべる。
「婆さん、知っておるか」
「いいやあ、知らん。」
「まあなんであれ気に入って貰えたならええか」
そう言って二人は立ち上がると、男の元へと近付いた。
「あぁ~剣士様、その娘は生まれついた頃より金色の瞳でして。我々エルフは碧眼と決まっておるのに、奇妙でしょう?」
リンがそう言うと、矢継ぎ早にバーネルが続けた。
「リリアフィルはお気に召しましたか? 里の皆はその眼を気味悪がっていましたが、やはり剣士様はお目が高い」
機嫌を取ろうと、ここぞとばかりに煽てて取り入ろうとする老夫婦。
しかし男は、そんな二人の言葉に耳を貸すこともなく、リリアフィルを観察するかのように見つめていた。
「よし! 少し待っててくれ! どうしても君に渡したいものがある!!」
そう言うと男は、そそくさと小屋の中へと入っていった。
ガラガラ、ガシャン!
何かを探しているのか、小屋の中から忙しない物音が立て続けに聞こえている。
「リリアフィルよ、よかったのう。その眼を褒めてくれたのはクラド以来か」
「えぇ、でも剣士様は綺羅ノ眼とおっしゃってました…… 一体なんなのでしょう……」
「おぉーーーい!! エルフの娘!! 悪いがちょっと来てくれ!!!」
小屋の方からリリアフィルを呼び出す声が聞こえてきた。
すぐに駆け寄ると、男は乱雑に散らかった室内から現れ、その手には黒い布で覆われた何かを持っていた。
「ついにこいつを授けられる日が来た! さあ、今すぐこれに着替えてくれ!!」
そう言うと男は黒い布をバサッと取り外した。
すると、現れたのはトルソーに掛けられた一着の〝バニースーツ〟だった。
エナメル生地が彩る黒光りする光沢に、極限まで洗練されたデザイン。
トルソー越しでも分かるその艶やかさに、リリアフィルは思わず恥じらいから頬を赤く染める。
「こ、これは……! 確かに! リリアフィルは一族のなかでも飛びぬけてスタイル抜群なのです剣士様!」
「えぇ、出るところは出て締まるところ締まる! 若き日のわしそっくりですじゃ!」
男は期待している様子で、熱い眼差しをリリアフィルへ向ける。
「あ、あの…… こ、こ…… これを…… 私がですか……?」
「あぁ! この究極のバニースーツは真の〝聖女〟である君にこそ相応しい! 母上もそれを望んでいる!」
「で、でもこれ……! ここ…… ここなんてほとんど布がないし……! は、恥ずかしいです!」
リリアフィルは視線を逸らしながら、目の前に置かれたスーツの胸部をつんつんと指を差した。
「なぜだ!? なぜ引き受けてくれない!? 君は間違いなく聖女なんだ! 聖女である君にしかこれを託せない!」
熱弁する男に、思わず目を瞑るリリアフィルだったが、そこにリンがやってきて、耳元でチクりと苦言を呈した。
「ここに来て全てを水の泡にするのか! 剣士様はそれを望んでおるのじゃ! 早くせんか!」
驚くべきことに、リリアフィルは諭されたことで恥ずかしさよりも使命感が勝った。
「わ、分かりました…… もう……! 着ます!! 着ますよ!!」
グッと羞恥心を殺し、渡されたスーツに身を纏うことを受け入れる。
「さあ、奥の部屋で着替えて来るんだ。俺はここで待っている!」
いまいち状況を飲めないまま、リリアフィルはトルソーからバニースーツを取り出した。
ぶつくさと小言を言いつつも別の部屋へと入る。
しかし、着なれない衣装ゆえにか、着替えるにしては騒々しいゴソゴソという音を立てていた。
ゴツンッ!
「いたたっ……」
「おい、大丈夫か!?」
男が扉越しに問い掛けると、焦った声色で「だ、大丈夫です」とリリアフィルが答えた。
「仕方ない。ユバ、少し着替えを手伝ってやってくれるか?」
「うぃーっ!」
ユバは丁寧にノックし、リリアフィルから入室の許可を取ると室内へ入っていった。
それからしばらくして、着替えを終えたリリアフィルが顔を手で覆いながらそーっと部屋から出てきた。
「おぉ! 素晴らしい! これぞまさにあるべき姿だ!」
「は、恥ずかしいですっ……」
リリアフィルの、純白な透き通る素肌に吸い付くようなエナメルの曲線。
スーツの放つ黒の光沢が鮮やかなグラデーションを描き、圧倒的な艶かしさを映し出していた。
それに加え、はち切れんばかりの網目のタイツが魅せる妖艶さ。
そして極めつけは胸元をわずかに覆うパットの三角形のフォルム。
その全てがまさに〝究極〟なバニーガールこそが、男が長年待ち望んだ逸材であった。
「なんということだ、サイズもほぼぴったり……!」
「もう着替え直していいでしょうか……」
「ダメだダメだ! そいつは君をあらゆる厄災から護ってくれる! 決して脱ぐべきではない!」
男は語気を強め、説得するかのようにさらに続けた。
「いいか、これは聖装と呼ばれる神具の一種だ。聖女にしか着ることの出来ない代物なんだぞ」
「神具ですと……!」
リンが驚きの表情を浮かべると、バーネルも同様に驚きをみせた。
「まさか! てっきり、リリアフィルのスタイルに見惚れておっただけと思うたが…… まさか神具だったとは……!」
「神具……? え~っと、それは…?」
顔を傾け、気になるような素振りを見せるリリアフィル。
神具が何なのかをいまいち分かっていないリリアフィルに、バーネルが里の伝承で得た知識を以て答えた。
「神具と言うのはな…… 遥か昔から存在しとる神のごとき力を持つ神聖なもののことじゃ」
その一言に、リリアフィルの表情が曇る。
それはまるで「自分には荷が重い」と言いたげな表情だが、お構い無しにバーネルが続ける。
「と言ってもそれは、ワシの知っとる里の伝承の話じゃ。実際はどうか知らんがのう。剣士様、どうですかな?」
バーネルがジュラフォードに伝承の正誤を訊ねる。
「驚いたな。まさか神具のことまで知っているとは……」
男はリリアフィルの方へと視線を戻し、その場で片膝を着いた。
「申し遅れた。俺の名はジュラフォード。君に会えるのを何百年も待っていた!」
「え、えっと、改めて、リリアフィルです……」
「 リリアフィル、俺は君のためになら惜しみなく力を貸そう」
そう言うと、ジュラフォードは改めてバーネルに向かって用件を訊ねた。
「さぁて、確かお前らの里が襲われているんだったな? それを俺に食い止めて欲しい、と」
「えぇ、左様でございます。どうかお助けを」
バーネルとリンがふたたび頭を下げる。少し遅れて、リリアフィルも頭を下げた。
「よせ、頭を上げてくれ。ようやく母上の正統後継者に出会えたんだ。そのくらい容易いことだ」
リリアフィルが頭を上げると同時に、ジュラフォードは両肩をバシッと掴み真剣な面持ちで続けた。
「だが、その聖装だけは着ていてくれ。それが交換条件だ。いいね? 絶対だぞ? これは君を護るためでもあるんだ」
「わ、わかりました……」
少し頬を赤らめながらにリリアフィルが答えると、ジュラフォードは満足げな表情を浮かべた。
「よし! じゃあ獣退治といくか!」
神具・聖装──
その見た目からは、にわかにも信じがたいものだったが、リリアフィルは時を待たずしてその力の片鱗を実感することとなる。
──エルフの里
ジュラフォードは渋々ながら、足腰の弱った老人二人を軽々と担ぎ上げ、先行するリリアフィルの後ろを追っていた。
そして、その背には一本の剣が携えられていた。
「剣士様、お手を煩わせてしまい本当すみません……」
「まったくだ。ガキの子守りでも手一杯と言うのに……」
その言葉を聞いていたユバは、リリアフィルの隣まで元気よく速度を上げて駆け寄り、意味を訊ねた。
「ねぇリリア! コモリってなあにー?」
ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべるユバ。
「えっと…… 面倒を見て守ってあげるってことかな……?」
少し気を遣いながら、言葉を選んでそう答えると、ユバは表情を崩さずに返した。
「そっか! じゃあユバもリリアのコモリするぞぉー! おぉー!」
「はは……」
リリアフィルが苦い愛想笑いを浮かべると、そのやり取りを後ろから聞いていたジュラフォードはただ一言「やれやれ」と呟いた。
そうこうしているうちに、リリアフィルたちが来た道を遡って集落の傍まで到着する。
最後にバランやクラドと分かれた洞窟の入り口、そこには既に二人の姿はなかった。
その代わりに、渦巻く炎を映し出し、より鮮やかに真紅を彩る血だまりだけが残されていた。
「酷い有様だな…… 以前、ドラゴンが暴れ回った時でさえここまでではなかっただろう」
「兄さん、それにクラドも……」
リリアフィルの脳裏には、最悪の状況が過る。
それにも関わらず、追い打ちを掛けるように、遠方からは忌まわしき魔獣の雄たけびが響いた。
リリアフィルたちエルフの三人は、魔獣の声に萎縮していると、次に聞こえたのは猛スピードで迫る足音だった。
その激しい足音は、すぐにそれが魔獣のものであると誰もが瞬時に理解できた。
ドシドシッン……!
一歩一歩が響く足音。その音の方へ自然と視線が集まると、次第にその禍々しき姿が視界に映り始める。
「剣士様、あやつです……! あのバケモノが我々の集落を滅茶苦茶にしたのです……!」
「一体どんな奴がお出ましかと思えば…… 取るに足らんな」
あまりの実力差に、得物を振るうまでもないと判断したジュラフォード。
すると、その場に転がっていた手頃な石を見つけると、それを魔獣へ投げつけた。
その礫は衝撃波を纏いながら、禍々しき魔獣の肉体を貫いた。
的確に急所を貫かれると、ピタリと動かなくなった魔獣は呆気なく絶命した。
「おぉ!! さすがは剣士様!! まさか剣すら使わぬとは!!」
リンがジュラフォードの圧倒的力に見惚れていると、横たわる魔獣の奥からは、また別の魔獣の姿が見えた。
「ウォァァァアァア!! リリアァァア!!!」
近付いてくる魔獣を見つめるリリアフィルは、感情を押し殺しながら声を漏らす。
「この声…… もしかして、クラドなの?」
ジュラフォードが倒した魔獣を踏みつけながら一直線に急接近する謎の異形。
「剣士様!! あやつは新手かもしれませぬ!! どうかお願いします!!」
バーネルが目の前の魔獣を指差しながらジュラフォードに言った。
「なにィ……? お前が剣士とやらか!! お前ら、揃いも揃ってよくも…… よくも俺のリリアをォ……!」
そこに現れたもう一体の異形は、禍々しい魔獣の姿へと変容したクラドだった──




