第36話 不審な死の謎
「なぜ、なぜそれを……?」
ジュラフォードは声を微かに振るわせながら投げ掛ける。
「なに、そういったものに少し一般人よりも詳しいだけだよ」
淡々と答えながら、今度はリクスヘルデンが問い掛けた。
「しかし…… なぜそんなものを貴方が持っている? 私の知る知識が正しければ、神具とは封じられている禁断の道具のはず……」
話さなければ余計に疑いが増すばかりというのは、深く考えるまでもなく簡単に分かることだった。
相手の懐に入るには、まずは自分の手の内を明かす──
その考えからジュラフォードはなぜ神具を持っているのか、その経緯の一端を明かした。
にわかにも信じがたいその話を、リクスヘルデンは否定するでも肯定するでもなく、ただ聞いているだけだった。
「……なるほど。貴方の話を完全に信じるわけではないが、こちらも少し話をしよう。あなたが気になっていた、なぜ神具を知っているのかを」
そう切り出すと、リクスヘルデンはティダインベルグ家が先祖代々継承する書物について語り始めた。
「私の家系では、これまでの歴史を記した本を保有していてね。その一冊にあった神の如く力を持つ道具の逸話…… うち一つが、あらゆる攻撃を跳ね返す聖装……」
「まさか…… これは驚いたな……」
もはや驚きを隠せずにいるジュラフォードに、リクスヘルデンは誇示するようにさらに続けた。
「そして…… 〝神具は全てで五つある〟!!」
「そんなことまで……」
ジュラフォードは無意識に左手を握り締める。
「私も全てを閲覧したわけではない。神具は全部で五つあるということを知っているだけで、聖装以外のことはその力の全容どころか、名前すら知らぬ」
「よりにもよって、なぜ聖装だけ記憶している……?」
リクスヘルデンは少し声をつまらせながら答えた。
「……記憶したのではない、勝手に記憶に残ってしまったのだ。あまりにも衝撃的なデザインなのでね」
話を端から聞いていたリリアフィルは、不意に我に返ったように自身の装いを見つめ赤面した。
「その本はどこにある? 知っていることがあるなら教えてくれないか」
ジュラフォードが言うと、リクスヘルデンは険しい顔色を浮かべた。
「本を保管しているのはここではなく別の場所だ。それに貴方のことをまだ完全には信用していない……」
すると、それでもと食い下がろうとしたジュラフォードに、リクスヘルデンの方から先に提案を持ちかけた。
「だが、私もいま問題を抱えていてね…… その本を保管している書庫には行きたくても行けない理由があるのだよ」
「それはどんな理由だ?」
「このティダインベルグの屋敷は連日魔獣に襲われている。警備体制を強めているのもそれが目的だ」
それまで大人しく会話を聞いていたメルマドゥナが割って入る。
「その防衛に人員も戦力も足りないから、私の力を貸して欲しいんだったわよね」
「あぁ…… あなたの実力は疑いようもない。デオリア村に滞在していると風の噂で聞いたので、是非ともと思ったのだがね」
「それに確か、襲撃しているのはいずれも〝サイクロプス〟だったわよね。考えてもみれば、それもおかしな話よねえ……」
メルマドゥナの言った「サイクロプス」という文言に、ジュラフォードとウリスゼラが同時に反応した。
「サイクロプスつったか!?」
「サイクロプスだと!?」
リクスヘルデンは娘のウリスゼラとジュラフォードを交互に見ながら怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんだ? サイクロプスがどうかしたというのか?」
リクスヘルデンの言葉にジュラフォードが先に答え、ウリスゼラは一旦言葉を飲んだ。
「リカルドが襲われていたのも、サイクロプスだった……」
ジュラフォードは改めてリクスヘルデンにリカルドの死の真相を話す。
すると、リクスヘルデンはこれまで黙っていたことを話した。
「実はリカルドには、取引のある商人から〝ある物〟を取りに行かせていた。最も信頼に足るリカルドなら安心して行かせられると思っていたのだが……」
メルマドゥナはリクスヘルデンに呆れ加減で苦言を呈する。
「あのさ、ある物なんて言い方やめたらどう? まどろっこしいのよ、そういうの」
「いや、だが……」
たじろぐリクスヘルデンに、ジュラフォードは迷わずに訊ねた。
「あの石のことだな? 魔法結晶のことならお前の娘から既に聞いてる。そいつを使ってなにか企んでいるのか?」
予想外の言葉に、リクスヘルデンは目を丸くする。
しかしジュラフォードが「どうなんだ?」と続けると、リクスヘルデンは観念した様子で使い道を話した。
「知っての通り魔法結晶があれば禁忌魔法すら発動できる。だが私の目的はあくまで防衛だ。このティダインベルグの領土に究極の防御壁を張りたかったのだ」
「なるほど。メルマドゥナならその術者にもなれるってわけか」
「あぁ、そういうことだ。だが…… 実はまだ魔法結晶はある。先ほど話した書庫、そこに併設された宝物庫にいくらか貯蔵している」
「だがそれを取りに行く人員も足りない、と…… そうだな?」
リクスヘルデンは小さく頷いて応えた。
するとジュラフォードは、そこまで事実を知った上で、リカルドの死に関して引っ掛かる疑問点を口にした。
「しかし妙だな。サイクロプスに追われていたということは、リカルドの行動を監視されていたということか? それに……」
ジュラフォードは、リカルドの斧が深々と突き刺さっていた惨状を思い出しながら続ける。
「リカルドの背には斧が深々と突き刺さっていた。もし結晶を奪うだけならそこまでする必要はないはずだ。強い恨み、殺意…… そんな感情が無ければそんな殺し方は非合理だろ?」
リクスヘルデンの表情が固まった。開いた口も塞がらず、言葉さえ失っていた。
「お前、デタラメを言うな!!」
ジュラフォードの背後から、グランザの怒声が響く。
くるりと振り返り、グランザの方を向くと、取り押さえられたウリスゼラが痺れを切らし一度は飲み込んだ言葉を吐き出し始めた。
「ていうか、おい!! さっきのサイクロプスがどうとかって話!! エルグリアの連中がグルになってた魔獣もサイクロプスだった!!」
「なに?!」
ジュラフォードがウリスゼラの言葉に呆気に取られていると、グランザはウリスゼラを縛る手をさらに強めた。
「いてて……! おい! いてえだろ!!」
「黙れ!! お前は余計なことを喋らなくていい!!」
怒りを滲ませるグランザを一瞥したあと、ジュラフォードはリクスヘルデンに問い掛ける。
「お前の娘はあぁ言ってるぞ? どうなんだ?」
リクスヘルデンは眉をひそめながら、語気を強めて言葉を発した。
「ウリスゼラは悪魔の子だ!!! そんなものは、魔法を暴走させたことを誤魔化す妄言に過ぎん!!!」
室内に響くリクスヘルデンの怒号のあと、ウリスゼラは軽く舌打ちを打った。
ジュラフォードは考えを張り巡らせる。
まず第一に引っ掛かるのはサイクロプスの存在だった。
エルグリア家が裏で結託していたとされるのも、ティダインベルグの屋敷を襲うのも、そしてリカルドを付け狙っていたのも……。
全てはサイクロプスという魔獣が共通している。
必ずなにか裏がある、と。リクスヘルデンと違いウリスゼラの言葉を信じるジュラフォードはひとつの閃きを得た。
「俺とウリスゼラでそのサイクロプスの親玉を突き止める。それなら問題ないだろ? どうだ?」
ジュラフォードの問い掛けに、メルマドゥナも併せるように重ねて言った。
「さすがにそこまでされたら、疑う余地なんて無いんじゃないのかしら? そもそもここまで言って警戒してるのも私はどうかと思うけど」
リクスヘルデンはジュラフォードとメルマドゥナの言葉を受けて、慎重な表情で静かに答える。
「……よかろう。そこまで手を貸すというなら、私も最低限の協力はさせてもらおう」
リクスヘルデンの返事に、ジュラフォードから思わず微笑みが零れる。
「ふっ、決まりだな。それにウリスゼラの身の潔白も証明できる。一石二鳥ってとこか」
「我々を襲う魔獣の真相解明、それと並行して宝物庫にある結晶の回収もしてもらう。よいかな?」
「あぁ、構わねえぜ。だがよ、本当に俺とウリスゼラで行かせていいのか? お目付け役がいるんじゃねえのか? それも、腕っぷしのあるやつでな……」
ニヤりと口角を上げながらジュラフォードがそう言うと、リクスヘルデンは納得したように返答する。
「そ、そうだな…… ではグランザ、お前も同行せよ」
リクスヘルデンの命令に対し、グランザは小さな声で本音をこぼした。
「なぜ俺まで……」
「グランザ、聞いておるのか?」
「あ、あぁ、はい! 承知しました!!」
その言葉を聞き届けると、次にリクスヘルデンはジュラフォードの名を呼び掛ける。
手のひらに乗せた宝石がちりばめられた鍵を魔法で浮遊させると、リクスヘルデンはそれをジュラフォードの元へと送った。
「受け取りたまえ、書庫の鍵だ。それを委ねるというのは私の少しばかりの期待の現れと捉えてよい」
「あぁそうかい。じゃあご期待通りに……」
目の前で宙に浮く書庫の鍵を、バシッと掴み取ると懐に仕舞い込むジュラフォード。
流れるような動作でウリスゼラとグランザの方へ近付き、声をかける。
「さぁ、仕事だ。行くぞおまえら」
「オレの足引っ張んなよジュラフォード!」
「チッ……」
意気揚々とするウリスゼラに、不快感を抱いているのか舌打ちをするグランザ。
と、そのときだった。
「待ってください!!」
「そうよ、待ちなさいよ!」
これから屋敷を出ようとするジュラフォードを、リリアフィルとメルマドゥナの二人が引き留めた。




