第35話 魔女、ふたたび
グランザがゴミ溜めと形容した牢屋を抜けて、既に五分ほど歩いているジュラフォード。
視界の先にはユバとリリアフィル、そして後方にはウリスゼラ。
「まだ着かないのか? もはや広いなんてレベルじゃないぞ」
愚痴を漏らすジュラフォードに、騎士が答える。
「向かってるのは目の前に見える建物だ! あと少しくらい黙って歩け!」
ジュラフォードは騎士が告げた目的の建物に視線を走らせる。
それは、一国を治める王の城と見紛うほど豪華な宮殿だった。
いま通っている整備された道は、辺りを色とりどりの綺麗な花々が取り囲む花園にもなっている。
宮殿の最上階からこれらを眺める景色は、さぞ壮大なものなのだろうとジュラフォードは感じていた。
そんなことを思いながら、今度は宮殿ではなく花園に視線を寄せていると、ジュラフォードは二つの人影を捉えた。
「誰だ……? あれは……?」
取り囲む花に見え隠れする人影を、目を凝らしながら見つめた。
まず最初に気付いたのは、ユバと近しい年頃とおぼしき、気品溢れる高貴な装いに身を包む華奢な少女。
そして、寄り添うようにその傍にいるのは、同じ様に上品に仕立てられたメイド服を纏う大人の女性だった。
「お、おい! あそこにいるのは誰だ?」
ジュラフォードは花園に佇む二人を指差しながら騎士に訊ねた。
「余計なことを喋るな!」
騎士はまともに取り合う気配はなく、期待した答えは得られなかった。
宮殿へ歩きながら、首を右前から右後ろに動かしつつ、見えなくなるまでその姿を捉え続けた。
花園に揺らめくメイド服の女性と小柄な少女。
その正体が分からぬまま、気付けばジュラフォードは宮殿の前へと辿り着いていた。
「さあ、入れ!! だがリクスヘルデン様に対する一切の無礼は認めぬぞ!」
騎士は荒っぽい言動のまま、ジュラフォードの背を押しながら宮殿内へと入れた。
「先に行かせた連れの女と子供は先にリクスヘルデン様のところへ行っているみたいだな」
ロビーを見回しながら、リリアフィルとユバ、そして二人に付いていた騎士がいないのを確認するとそう言った。
「こっちだ、付いて来い罪人。くれぐれも先ほどのように余計なことに首は突っ込むなよ」
騎士が忠告すると、豪奢な絨毯が敷かれた階段を登っていった。
その後ろを黙ってついていくジュラフォード。
絵画やシャンデリア、装飾の細部に至るまで、全てが豪奢を極める宮殿にジュラフォードは既に息苦しささえ感じていた。
階段を登りきった先には長い廊下が待ち構えていた。
そして、その最奥には偉大さを思わせるほどの扉。
あの扉の奥には、自分の知らない間の出来事を知っているかもしれない魔導卿がいる。
そう思うと、ジュラフォードは妙な緊張感が走った。
「失礼します! リクスヘルデン様!!」
騎士が声高に問い掛けると、厳格な声で入室を認める言葉が聞こえた。
木製の扉が軋む音とともに、ジュラフォードはついにリクスヘルデンとの対面を果たす。
「魔導卿……!!」
ジュラフォードの見つめる先には、ステンドグラスから差し込む光が後光のようになった、魔導卿・リクスヘルデンが待ち構えていた。
「ジュラフォード様!」
「ジュラ様!」
それと同時に、二つの声が左右から届く。
首を振るように辺りを見ると、そこには先に到着していたリリアフィルとユバ、そしてメルマドゥナが待っていた。
「リリアフィル、それにメルマドゥナ! お前、どうしてここに!? 一体どこに行ってた!?」
「ふふっ、逢いたかったわジュラ様♡」
嬉々として瞳を輝かせながらジュラフォードを見つめるメルマドゥナ。
心なしか、以前よりもその色香は増していた。
するとそこへ、ジュラフォードの後方を歩いていたウリスゼラとグランザも、リクスヘルデンの部屋へと到着した。
「へっ、久しぶりだな…… クソ親父」
ウリスゼラを一目見た途端に、リクスヘルデンの表情は一瞬にして曇った。
なにか言いたげな表情ではありながら、口はへの字に曲がり、あえてウリスゼラから視線を逸らしていた。
「おいおい! 可愛い可愛い自慢の娘との再会だぜ? もっと嬉しそうな顔しろよ!」
部屋のなかでウリスゼラの言葉が虚しく響く。
リクスヘルデンはグランザへ視線をやると、顎先をくいっと軽く動かし、合図を送る。
グランザはその合図を受けると、こくりと頷くと、ウリスゼラを部屋の隅へと連行した。
抵抗するウリスゼラの乱暴な声が聞こえるなか、ジュラフォードがリクスヘルデンに訊ねる。
「お前に聞きたいことは山ほどあるが…… なぜ一度は投獄した俺たちを出した?」
そのジュラフォードの問いに、リクスヘルデンが答えるよりも先にメルマドゥナが答える。
「私が出すように言ったのよ、ジュラ様」
ジュラフォードの傍まで近づき、太ももを絡ませながら耳元で囁くメルマドゥナ。
放たれる妖艶な色気と艶かしい薫りが、ジュラフォードの脳をくらくらとさせていた。
「ちょ、ちょっと……!! メルマドゥナさん!!」
リリアフィルは顔を赤らめながらも、握った拳をぷるぷると震わせ、声を漏らす。
それはまだ本人にも自覚がないジェラシーの片鱗だった。
そんなリリアフィルを横目にしながら、メルマドゥナはわざとらしく続ける。
「……でね、私はサキュバスとは因縁があってね。だから供養をしてあげていたの。そうしたら、館からジュラ様たちの姿はもうなくなっていたし……」
メルマドゥナは人差し指を立てて、いやらしくジュラフォードの胸元から首を沿わせつつ続ける。
「仕方ないから、私に出来た〝新しい目的〟のために一人で旅に出たのだけれど…… どうしてもジュラ様のことが忘れられなくって…… だからデオリア村にわざわざ引き返して情報を聞き出したの」
「なるほど…… 俺を追ってここまで来ていたわけか。やつがお前に協力を要請していたことは知っていたのか?」
ジュラフォードが問うと、メルマドゥナはくすりと笑みを浮かべながら答える。
「ふふっ、そんなの興味なかったからデオリア村の人に聞かされて初めて聞いたわ」
「そして、辿り着いたら俺が捕らわれていた、と…… フンッ、数奇な運命だな」
その一言に、メルマドゥナの表情はさらに悦びを増していった。
「嬉しいわね、〝運命〟だなんて……! そうよ、あのボンクラがジュラ様を牢に閉じ込めていると聞いて、心底ムカついたわ」
打って変わって、メルマドゥナは眉間に皺を寄せながらリクスヘルデンの方へと顔を向けた。
「そ、それは…… あなたにとって大事な人とは知らなかったんだ。 それに、我々からしてみればあまりにも不審な人物で……」
メルマドゥナはジュラフォードから離れ、リクスヘルデンの方へくるりと向きながら怒り混じりに返す。
「だから言ったでしょ!! そのリカルドって男をジュラ様が殺すはずないって!! それに私が認める実力よ!! 大人しく戦力として迎え入れるべきなの!!」
強めの語気に、リクスヘルデンは気圧されながらも反論をする。
「だ、だが…… あなたのお墨付きなのは理解したが、本当に信用に足る人間なのかどうかは、私自身の目で判別したいのだ」
そう言うとリクスヘルデンはジュラフォードに目線を変え続けた。
「ジュラフォード、だったかな。君にも私に聞きたいことがあるようだが、まずは私からの問いに答えて頂こう。本当に信用できるのかどうかを見定めたい」
「あぁ、それで納得するならそれでいい。俺は…… いや、俺たちは、あくまで平和的解決を望んでる。敵対意思はない」
ジュラフォードがそう答えてもなお、リクスヘルデンは慎重な表情を崩すことはなかった。
「私がメルマドゥナさんに送った手紙については概ね事情は分かった。だが、リカルドの遺体を連れたこと、そして持っていた石のことについては不審点が残る…… さあ、お聞かせ願おう」
ジュラフォードは、リクスヘルデンが引っ掛かっていたその二点について、真相を明かした。
リカルドが命の恩人だったこと、襲われていたリカルドから気持ちとして石を渡されたこと、そしてここへ向かう道中で最初に発見した状態──
ありのままを話すと、リクスヘルデンの表情はほんのわずかに緩んでいた。
「ほら、言ったでしょう? 実際に私もその場に居たし、助けられてるの。証人がここにいるのにまだ疑うの?」
割って入ったメルマドゥナがそう言うと、リクスヘルデンは再び表情を曇らせる。
まだなにかが引っかかっている。
ジュラフォードから見ても、そう思っているということが分かるほどだった。
「まだ信用には足らないか…… じゃあ逆に聞く、何が腑に落ちない?」
「それは……」
リクスヘルデンは、ジュラフォードの少し離れた隣側にいるリリアフィルへ視線を寄せた。
「へ? 私?」
さらに表情を曇らせるリクスヘルデンからついて出た言葉に、ジュラフォードは目を丸くする。
「その娘が着ているバニースーツはただのバニースーツではない。そうだろう?」
ジュラフォードを鋭い眼差しで見つめながら、リクスヘルデンは続けた。
「あれは、神具・聖装だ…… 違うかね?」
想定外に図星を突かれ、戸惑いを浮かべるジュラフォード。
その顔には、一粒の大きな冷や汗がたらりとこめかみに伝っていた。




