第34話 悪魔じゃない
ギギィという鈍い音が、眠りが浅くなっていたジュラフォードを起こした。
扉から差し込む明かりに眩しさを覚え、片手で目元を覆いながら、まだぼやけた視界で辺りを見る。
ジャリジャリと鳴る鎧の音とともに、看守がやってきたのが分かった。
だがどうにも昨日と違うのは、その手には食糧の代わりに槍を持ち、さらには人数が二人に増えていることだった。
「ジュラフォード、並びにその同行者。リクスヘルデン様から特別な御赦しが出た。多大なる感謝をするがいい」
そう言うと、看守の男はジュラフォードの檻に取り付けられた鍵を解錠した。
しかしジュラフォードは、檻が開いたというのにその場から一歩も動く気配が無かった。
「おい、何をしている? リクスヘルデン様が出してやると言っているのだぞ? それともそんなにここが気に入ったか?」
嫌味混じりの看守の言葉に、ジュラフォードは冷静に、それでいてハッキリとした声で答えた。
「出すなら全員だ。リクスヘルデンにそう伝えろ」
「なんだと!? 貴様!!」
ガチャリと音を立てながら看守はジュラフォードに槍を向けた。
それでもジュラフォードは、一切臆する気配無く淡々と続ける。
「そもそもどういう風の吹き回しだ? 言った通り、ここにいる全員を出せ。例外はない。ウリスゼラもだ」
「お、お前! なぜその名を!?」
声だけで看守の二人が困惑した様子だったのは丸分かりだった。
「どこでその名を知ったのか知らんが! お前には関係のないことだ!」
看守は二人がかりでジュラフォードに槍を突きつけた。
「いいから早くしろ。お前らこんなことで命を落としたくないだろ……?」
ゾワゾワゾワ……
ジュラフォードから滲み出る気迫に、看守の二人は生唾を飲む。
それと同時に、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥っていた。
「10秒数える。そのうちにとっとと行け」
そう言うと、ジュラフォードは恐ろしいほど冷淡な声色で数え始めた。
「10…… 9……」
看守は思わず金縛りにあったかのように足がすくんでいた。
「8…… 7……」
ついには看守の表情までもが恐怖で固まっていた。
それからほどなく、ジュラフォードが「3」を数え終えたそのとき──
看守の二人は、大人らしからぬ情けない声を漏らしながら牢屋を大慌てで飛び出して行った。
さらにその場には、慌てて放り投げた槍が二本転がっていた。
「す、すげぇ……!! オレまでピリピリさせられちまったよ!! お前ホントに何者なんだ?」
感心するウリスゼラの言葉がジュラフォードの耳に届く。
「なに、死に損ないの只の剣士だ」
「へへっ、どんな顔してんのか興味が湧いてきた」
「それは俺もだ、ウリスゼラ」
*
一方、大慌てで牢屋を出た看守の二人はリクスヘルデンの部屋の前までとんぼ返りしていた。
リクスヘルデンは部屋へと招き入れた来客と会話をしている最中だったが、廊下からの騒々しい足音にその会話は遮られる。
不愉快な足音に、リクスヘルデンの側近は自ら部屋の扉を開け待ち構えていた。
「何事だ!! それに罪人ジュラフォードはどうした!?」
言葉以上にその顔色は強い不快感を滲ませ、看守を睨み付ける。
「は、はっ!! 失礼しました……!! ですがジュラフォードが……」
看守は処刑を覚悟の上で、包み隠さず全てを報告した。
「チッ、少しそこで待っていろ。リクスヘルデン様には私から伝える」
側近はくるりと部屋の方へ向き直り、椅子に深々と腰掛けるリクスヘルデンの元へと向かった。
そして跪きながら、部下である看守からの報告を伝える。
「……ど、どういうことだ……?」
リクスヘルデンは思わず取り乱した。
その震えた声に、側近は思わず顔を上げて反応する。
すると、そこに来客として来ていた〝黒いドレスの女〟が側近とリクスヘルデンの会話に割って入った。
「ジュラ様がそう言ってるんだから、その娘とやらもまとめて出しなさいよ」
「だ、だが…… メルマドゥナさん、あれは我が一族の問題で……」
「あらそう? 私はジュラ様に会いたくてここに来ただけだから。そういうことなら、勝手に連れ出してさようならするだけよ」
来客として招かれていたメルマドゥナは、艶やかで長い黒髪をかきあげながら強気の姿勢を見せた。
困り果てるリクスヘルデンと側近。それは取り付く島もないという様子だった。
「黙ってちゃ分からないわよ。例の魔法を発動するのに私の協力が必要なんでしょ? どうするのよ?」
メルマドゥナの容赦ない要求に、リクスヘルデンは言葉を詰まらせる。
しばらくの間を経て、痺れを切らしかけたメルマドゥナが部屋を出ようとした、そのとき。
リクスヘルデンはメルマドゥナを引き留めるかのように言葉を発した。
「わ、分かった…… ジュラフォードの要求を飲もう。ただしメルマドゥナさん、こちらの要求も貴方には飲んで貰う」
慎重に言葉を選びながらのリクスヘルデンの発言に、メルマドゥナは微笑みながら答えた。
「私はジュラ様に会えるならそれでいいわ。早く会わせてちょうだい」
リクスヘルデンは、自身の顔色を窺う側近に視線を合わせた。
「……頼む。ウリスゼラもここに連れてこい」
「ですがリクスヘルデン様!」
「構わん。もしもの時は〝騎士長〟であるお前がウリスゼラを討て」
側近は言葉を殺し、無言のまま部下の看守を連れて地下牢獄へと向かっていった──
*
看守たちが逃げ去ってしばらく。
薄暗い檻のなかでジュラフォードたちは看守が持って帰る答えをただ待っていた。
するとそこへ、扉の開く鈍い音と僅かに射し込まれる光が再び訪れた。
ゾロゾロと看守が立ち入り、その人数は八人まで増えていた。
それだけでなく、列の最後には一際存在感を放つ騎士が現れた。
「……ゲホゲホ。ゴミ溜めの匂いだ。気分が悪くなる」
「騎士長、大丈夫ですか?」
「あぁ気にするな。それより早く全員出せ。〝悪魔〟もだ」
部下から騎士長と呼ばれた男は、片手で鼻を摘まみながら空いた手を扇いでいた。
ジュラフォードの檻の中へ二人の騎士が入ってくると、ジュラフォードは訊ねる。
「ウリスゼラも出すんだろうな?」
「あ、あぁ…… それより、いいから大人しく出ろ」
あくまで平和的解決を望むジュラフォードは、遥かに格下である騎士の乱暴を見逃していた。
ユバ、リリアフィルも同様に二人ずつ付き、檻から出される。
「ジュラフォード様、これ一体どうしたんですか急に?」
「ハハハ、お前寝てたから分からねえのか。気にすんな。力業は使ってねえよ」
「なら良かったです……!」
「しかしお前、随分と図太くなったか? こんなとこで寝られるようになったなんてな」
「ほ、ほっといて下さい!!」
リリアフィルとジュラフォードの立ち話を遮るように騎士が割って入る。
「ほら、早く行け!!」
「ユバとリリアフィルは先に連れてくれ」
「おまえ、自分の立場を分かってんのか?!」
他の騎士がそう言って釘を刺すと、ジュラフォードは殺気を漂わせた。
ギロリ……
「俺に二度も同じことを言わせるな」
「わ、分かった……」
まず先にリリアフィルが、騎士に連れられ檻から抜け出た。
「リリアフィル、心配するな。後で会おう」
「はい!」
そして次に、ユバと騎士がその後ろをついて行った。
「ユバ、絶対に喧嘩はしちゃダメだからな。約束できるか?」
「うぃ~~。でもね、いまユバはお腹が空いてるから戦えないよ」
しょんぼりした様子でユバが答える。元気がないのは、声にも表れていた。
リリアフィルとユバが出ていくのを見届けると、ジュラフォードは看守を掻き分けながらウリスゼラの傍へと近付いていく。
「おい、待て。なんのつもりだ?」
しかし、それを唯一見逃さなかった騎士長が、目の前を横切ろうとするジュラフォードの肩を掴んだ。
「少し話がしたいだけだ。それくらいいいだろ?」
ジュラフォードは騎士長の手首を力強く握りながら、その手を肩から払いのけた。
「少し妙な真似をすれば粛清だ」
騎士長はそう吐き捨てると、ウリスゼラへ向かうジュラフォードを見逃した。
「……ウリスゼラ」
ジュラフォードは名前を呼び掛けながらウリスゼラが収容されていた牢屋の中へと入っていった。
「お前がジュラフォードか。へへ、なんだよ案外男前じゃねーか。つーか、まさか本当にオレを出しちまうなんてな」
その目に映ったのは、悪魔でもなければ忌み子でもない──
毛先が肩に揺れる、透き通った淡い瑠璃色の髪の少女。
誇り高き優しさと純粋な心を持つ、勇ましき令嬢・ウリスゼラだった。
「なんだ、男勝りな奴だからどんな顔してるのかと思えば…… ちゃんと年相応の可愛らしい女の子じゃないか」
「う、うるせえ! なに言ってんだこの野郎!! あんまオレのことからかうなよな! ブッ殺すぞ!!」
聞き慣れない言葉に痒くなったウリスゼラは、思わず本心とは異なる言葉を口にした。
しかし、その根っ子にある本当の気持ちは、真っ赤に染める頬が言葉にせずとも物語っていた。
「俺は恩人であるリカルドが信じたお前を信じる。覚悟は出来てるか?」
「……オレももう一度オレを信じる。そして、お前も信じてみることにする」
その言葉にジュラフォードがやさしくはにかむと、ウリスゼラもまた照れ臭そうに微笑み返していた。
すると、その二人を分かつかのように騎士長の言葉が割り込んできた。
「ワケの分からん話はそこまでだ。お前ら、さっさと二人を出せ」
部下に指示を下すと、ジュラフォードは牢屋の外へと連れ出された。
一方のウリスゼラは、取り付けられていた枷を外されるものの、騎士長によって再び身を拘束された。
「騎士長だって? 随分と偉くなったなぁ、グランザ」
ウリスゼラは久方ぶりに再会する父の側近であるグランザに嫌味を吐いた。
「黙れ……! この悪魔がッ……!!」
その嫌味に表情を滲ませると、グランザはウリスゼラに施した縄を更に強く縛り上げる。
そしてついに、ジュラフォードたちは魔導卿と対面することとなる──




