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第32話 掟破り


じゃらじゃらと鳴る鎖の音と少女の荒っぽい声が牢の中で反響する。


耳に届いた名は、ジュラフォードの脳内で目まぐるしく繰り返される。


やがてそれは、驚愕と疑問の言葉として少女へ向かった。


「……ティダインベルグだと!?」


驚きを隠せないでいるジュラフォードに、少女はゲラゲラと笑いながら返した。


「まァ、無理もねぇよなあ! なんで同じティダインベルグ家のやつがこんなトコに居んのかってな。分かるぜ、その気持ち」


「お前の名が本当である保証は!?」


未だに信じきれないジュラフォードがそう言うと、少女は凄むように言い返す。


「疑ってんなら別にそれでもいい。でも名乗れば事情は話すって約束だったよな? さぁ、次はお前が答える番だぜ」


「確かにそりゃあそうだが……」


少しの間、ジュラフォードが黙ったままでいると、急かすように鎖の音が鳴り響く。


「どこから話せばいいか…… まず聞きたがってたリカルドのことだが」


「あぁ、リカルドになにがあったんだ!」


リカルドの名を出せば、またしても食いつく反応を見せる。


それからジュラフォードは、リカルドが追われていたこと、助けを受けたこと、そして最後に道中で亡骸と再会したことを話す。


それだけでなく、渡された奇妙な石が殺された直接の原因である推測を立てたこと…


さらには、遺体を主の元で弔わせようと、ここまで運んできたことも併せて語った。


「……なるほどな。ジュラフォードだったか? おめえの渡されたそれは〝魔法結晶〟って石だ」


「やはりただの石ではなかったか……」


「そういやァ、魔法結晶のことはあんましベラベラ喋んなってクソ親父に言われてたっけ。でもまあいっか」


そう言うと少女は呆気なく石について話し始めた。


「ありゃよォ、自然そのものが発するエネルギーを魔力として溜め込んでる石なんだよ」


「自然のエネルギー? 風とか水とか炎とか、そういうののことか?」


「あァ、そうだ。オレたちには目に見えない形でこの星そのものがエネルギーを発してる。それを吸収してんのがあの石ってわけだ」


だがジュラフォードは、石の仕組みそのものを理解できても、なぜそれがリカルドが殺されるだけの理由になるのか分からないでいた。


「なあ、それってそんなに凄いものなのか? リカルドを狙ったやつはそれを入れた袋だけ持っていってる。殺してでも奪いたいものなのか?」


ジュラフォードの問いに、少女がハキハキと自信を持った口調で答えた。


「ンなもん当たり前だ。クソ親父が言うには、遥か昔は魔法結晶を巡って戦争まであったらしいからな」


「たかが石ころで戦争だと!?」


「そうなるのにも理由があんのよ。そもそも魔法結晶は滅多に手に入らねえ。まず第一に希少価値が高い…」


少女はそこまでを言い切ると、続く言葉は重たいトーンへと変わった。


「そしてなにより、その膨大なエネルギー量があれば〝禁忌魔法〟を使える。一番の理由がそれだ」


ジュラフォードの眉がぴくりと動いた。「禁忌魔法」という仰々しい言葉が引っかかっていた。


「禁忌魔法だと……」


「ちょっと魔力の総量に自信がありますって奴が十人束になっても発動できねぇ、とんでもねえ魔法だよ」


「それは一体どんなものなんだ!?」


「そうだなァ、あくまでクソ親父から聞いた話じゃあ、なんでも神具っていうとてつもねえ力に匹敵するらしいぜ」


これまでの衝撃の連続から、ついにジュラフォードのこめかみを冷や汗がなぞる。


神具に匹敵する力を持つ禁忌魔法の存在に、ジュラフォードの胸は震わされていた。


「じゃ、じゃあ…… リカルドを殺してまで魔法結晶を奪った連中は、その禁忌魔法を使おうと…」


「必ずしもそうってワケじゃねーけど、まァ大方の理由はそれ以外にほとんどねえからな」


かつて、ジュラフォードが山に篭る以前の世界には、魔法結晶は流通していなかった。


それどころか魔法そのものが管理されているため、その存在を初めて知ることとなったが、ジュラフォードに嫌な予感が込み上げる。


「もしそれを、他人の犠牲を厭わないようなやつが手にしたら……」


「神具でもねぇ限り、誰も敵いやしねえだろうな」


しばらくジュラフォードは、ただひたすら無言のまま同じことを延々と考えていた。


気付けば世界には魔法がありふれたものになっていた。


そして果ては、神具に匹敵すると言う禁忌魔法と呼ばれるものが現実的に起こりうる可能性があるかもしれない──


それは、ジュラフォードを妙な焦燥感へ駆り立てるには十分すぎるものだった。



ただジュラフォードが黙っている時間が過ぎていると、少女は次にユバに向かって話しかけていた。


「おい、そこのちっこいの。少しは腹が膨れたか?」


問い掛けるものの、ユバは「ちっこいの」が自身を指していると分からず、返事をしなかった。


「質問の仕方が悪かったか? あ~、パンは美味しかったか?」


その質問で、ようやくユバは自身に向けられた言葉だと理解した。


「うん! でもなんかねー、変な味がした!」


ユバがそう答えると、少女は鎖を鳴らしながらぼやいた。


「チッ、また腐ったやつ持ってきやがったな…」


舌打ちをしながら、廃棄予定の食糧を横流ししている体制に怒りを露にした。


しかし、その愚痴の一言から一変。


「次来た時には綺麗なのよこせって言っといてやるから。それにオレのもくれてやるからな。だからこんなトコにいても悄気るな!」


ジュラフォードが思わず耳を疑うほど、少女は優しげな声色で諭すように語りかけていた。


「うんっ!! ありがとー! えーっと…… 誰かわかんないけど、お姉ちゃん!」


嬉しそうに返事をするユバ。対してジュラフォードは少女にまたしても驚かされていた。


「……お姉ちゃん、か。なんか久しぶりにそんな呼ばれ方したな」


ユバへの語り口は、それまでの粗暴で荒々しい言葉遣いからはまるで想像できないものだった。


それを目の当たりにしたそのとき、ジュラフォードにはひとつの疑問が生じる。


その疑問は、考えるよりも先にスラスラと言葉にして直接ぶつけていた。


「なぁ、おい。お前が本当にティダインベルグ家の人間だとして、なんでこんな所にいるんだ?」


ユバへの接し方から、どうしても悪人だとは思えなかったジュラフォードが本音から出た質問だった。


「アッハハハ!! オレのことが本当に気になって仕方ねえみてえだな。リカルドの恩人とあっちゃ話してやっていいかもな……」


薄暗い檻のなか、暗闇の先で顔も見えない少女が明かそうとする事情に、ジュラフォードは固唾を飲みながら集中した。


「……オレはな、婚約者とその親族を抹殺した。それからだよ、この暗闇での生活は」


「なぜそんなことを?」


「ありゃ? もっと驚くのかと思ったけど、魔法の話より全然驚かねえじゃん」


「まぁ、そりゃあ……。何か理由があったのか? 話せる内容なら話してくれないか?」


「ん~~~、どーしよっかなぁ~~」


少女のいたずらっぽい言葉に翻弄されるジュラフォード。するとそこへ、ユバが間に入ってきた。


「ねえねえ、ユバもお話聞きたい!!」


「おぉ~? そっかぁ、君はユバって言うのか! 困ったなあ~ いたいけな子にそう言われると無下にはできねえしな~~」


体を揺すっているのか、じゃらじゃらと鎖の鳴る音が響く。


それから間もなく、少女は囚われの身になった婚約者殺しの全容を明かし始めた。


「本当はティダインベルグ家の一族全員が墓場まで持ってく話なんだけどよ。大罪を犯してんだよね、オレは」


そう切り出しながら、話したのは、ティダインベルグ家とそれに並ぶ一族の話だった。


「知ってるだろうけど、この世界には位ある姓を持つ一族はたったの三つしかない。通称、御三家ってやつ」


「ごさんけ? サンドイッチみたいでおいしそー!」


「アハハ、こらこら! サンドイッチじゃないぞ~! ユバにも分かりやすく言うと、すっごい魔法が使える人たちのこと!」


「そっかぁー!」


ユバはまるで解っていない様子だったが、ジュラフォードはこれもまた自身が知らない間に生まれたものだと瞬時に察した。


「……んで、まずオレの生まれたティダインベルグ家、次にエルグリア家、そしてムーヴァント家。この三つだ」


流暢に御三家の名を並べながら、少女はさらに続けた。


「で、問題はここからなんだけどよ。この御三家ってのは色々と厄介でよ。互いに色んな決まりごとしてんのよ」


「決まり事? それは協定みたいなものか?」


「なんつーのか、オレから言わせりゃ縛り合いみてーなもんなんだけどよ」


「それがどう関係してる?」


「その決まり事のひとつに御三家同士は協力こそはしても、互いに争いはしないって鉄の掟があんのよ」


「ってことは、じゃあ…… お前の婚約者ってのは」


「そう、そう言うこと!! てへへ。なんだ案外鋭いんだなジュラフォード!」


少女が語った御三家の存在。そしてその御三家の間で交わされた条約。


互いに争わないという条約を破ったことにより、ティダインベルグ家は謀反を起こした一族という不名誉が重くのし掛かった。


「んで、殺した相手ってのはエルグリア家の一族だよ。どう? これでもオレがまだティダインベルグ家の人間じゃねえって思う?」


「い、いや…… 作り話にしちゃ出来すぎてる。分かった、お前がティダインベルグ家のウリスゼラとして、その続きを聞かせてくれ」


ジュラフォードは顔も見えぬ捕らわれの少女を、ティダインベルグ家の令嬢・ウリスゼラとして認識するようになった。


そして──


「一番知りてえのは、なんで殺したのか…… だろ? 顔は見えなくても分かるぜ、知りたがってそうな顔してんの。アハハ!」


ウリスゼラは最後に、ジュラフォードにとって最も引っ掛かっていた〝抹殺の動機〟についてを明かし始めた。



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