第31話 その少女の名は
「リクスヘルデン様、ご報告にあがりました!」
ジュラフォード拘束の際に陣頭指揮を取っていた一人の騎士が、豪奢な扉の前で跪く。
そこは広大な面積を誇る魔導卿の領土のなかでも、中枢にあたる屋敷の一室。
ティダインベルグ・リクスヘルデン公爵が住まう部屋であった。
扉の奥から聞こえる騎士の言葉を受け、リクスヘルデンは隣に構える側近に向け、指で手招きをした。
そのサインを見た側近の男は、リクスヘルデンの顔に耳を近づける。
「扉を開けよ」
「はっ、かしこまりました」
威厳ある低い声が、側近を扉まで走らせた。
ギィという重たい音を鳴らしながら、派手な装飾の扉が開く。
跪いていた騎士の眼前には、豪華絢爛なローブに身を包み、赤基調の椅子に腰を据える魔導卿が構えていた。
リクスヘルデンに謁見した騎士は、思わず息を飲む。
「……して、報告とはなんだ」
落ち着いた声色で訊ねるリクスヘルデン。
騎士は少したどたどしい口調で、その場から動かずに声を張り上げて報告を始めた。
手始めに、捕らえた三人から聞き出した名前を話す。
リクスヘルデンはジュラフォードの名を耳にしたとき、わずかに表情が変わったが、騎士の報告を続けさせた。
「不審な三人組から押収したものがあまりにも不可解で!」
さらに騎士は、リカルドの亡骸・メルマドゥナ宛の書簡・リカルドから譲り受けた石……。
これら三つをジュラフォードが所持していたと説明。
「リカルドさんの遺体は安置所へ移送しています。あと、それからこちらを……」
そう言うと、ジュラフォードから押収した書簡と石のふたつを差し出す。
それらを側近の男が受け取ると、険しい表情で確かめていた。
「間違いない。これはリクスヘルデン様の筆跡だ。それに石…… 頼んでいた〝魔法結晶〟だ…… だがなぜその者がこれを?」
「いえ、それが分からないんです。リカルドさんの遺体まで連れていますし、それに三つ星の魔女への手紙を持っているのも不自然で……」
「確かに、そいつが殺して奪ったと見るのが妥当か。だがそれでわざわざここへ来る理由はなんだ? 挑発のつもりか?《《こんなときに》》……」
「よさぬか」
リクスヘルデンの厳格な声が響き渡る。
その言葉に側近も騎士も緊張が走ると、一瞬にして背筋を伸ばした。
「さあ、報告を終えよ」
リクスヘルデンがそう言うと、続けて騎士は、ジュラフォードたちの特徴を話した。
その話の最後に、リリアフィルだけは拘束が叶わなかったことで締め括った。
「一人、謎のバニースーツを着た少女は、触れただけで弾き飛ばされて拘束ができませんでした。大人しく向こうから収容はされましたが……」
その報告を受けたリクスヘルデンの眉が、わずかにピクリと動いた。
「そうか。なるほど…… まあよい、厳重に監視しておくのだ。以上だ」
「はっ!」
報告に来ていた騎士はまるで気付く様子はなかったものの、側近の男はリクスヘルデンの反応の機微に違和感をいだいていた。
騎士が下がり、再び扉を閉める。側近の男はリクスヘルデンの傍へ戻ると、慎重な様子で問いかけた。
「あ、あの…… 報告にあった少女…… なにかご存知なのですか?」
恐る恐るの質問に、顔色をうかがう側近の男。
「……いや、なにも知らぬ」
その問いに、リクスヘルデンは顔色を崩さぬまま答えると、室内には静寂が戻った。
『バニースーツの少女の話に、〝リクスヘルデン〟の反応が変わっていたのは一体どういうことだ……?』
答えを得られないまま、男はリクスヘルデンの見せた反応の機微について思索を張り巡らせていた。
*
一方のジュラフォードたちは、リクスヘルデンの住まう屋敷から少し離れた別の建物にある地下牢へと投獄させられていた。
度重なる説得や言い分も虚しく、小さな松明の明かりと、冷たい石畳だけが三人を歓迎していた。
「もう、ジュラフォード様がいきなりあんなこと言うからですよ」
リリアフィルのいる牢からいじけた声が響く。
そんなリリアフィルは、牢の隅で地べたに座り、三角に曲げた足を両手で抱き心細い面持ちを浮かべていた。
「仕方ないだろ。強行突破は無しで、しかも向こうが最初から警戒してたなら他に入る方法ないだろ」
「それでも、ちゃんと初めから事情を話しておけば良かったんですよ」
「どう見ても、まともに話を聞くようには見えなかったがな」
すると、ジュラフォードの隣の牢から、ガチャガチャとけたたましい音が鳴り出した。
「ふにゅーー!!! ぶはぁーーっ…… お腹が減って力が出にゃい……」
それは分厚い鉄格子を破ろうとするユバだった。
「うぅ~…… 御師様ぁ、リリアぁ……」
今にも泣き出しそうな声が、虚しく牢屋のなかで響く。
「しかし、どうしたものか……」
事を荒立てずに近付く必要があったといえ、あまりにも無策だったと自身の行動を振り返るジュラフォード。
冷たい檻の中は、次第にジュラフォードの思考を奪っていき、気付けばまどろみの中へと誘われていく。
「……い……ろ! ……おい! 起きろ!」
次にジュラフォードが目を覚ましたのは、日を跨いだ次の朝だった。
野営時の不寝番が響いていたのか、ジュラフォードは無意識の内に、自然と眠りに落ちていた。
その眠りから引き上げたのが、看守の騎士の粗暴な言葉と──
「腹が減った!! 早くごはん食べさせろぉー!!」
空腹に限界を迎えた食べ盛りのユバの声だった。
「俺としたことが…… 寝こけてしまっていたか」
「これは偉大なるリクスヘルデン様のご厚意によるものだ。ありがたく噛み締めろ!」
看守はジュラフォードの寝ぼけた顔にパンを投げ付ける。
「ユバにも! ユバにもはやく~!!」
「順番にくれてやる! 静かにしろ!」
ユバに檄を飛ばすと、看守はくるりと背後を振り向き、リリアフィルへパンを投げる。
薄暗いなか、ジュラフォードは看守の動きを見つめていた。
すると看守はリリアフィルの隣の牢屋で止まり、同じ様にパンを投げ入れた。
『そこにもだれかいるのか……?』
ジュラフォードが様子を窺っていると、斜向かいの牢屋から声が聞こえてきた。
「オレはいらねぇ。そこの腹空かしたガキにでもくれてやれ……」
それは、ジュラフォードが耳を澄ましてようやく聞き取れるほどの小さな声だった。
乱暴な口調に「オレ」という一人称でも、それは間違いなく少女の声だった。
「……そうですか」
看守の言葉遣いに、ジュラフォードは違和感を覚えた。
くるりと無駄のない動きでユバの方へと向き、謎の少女の分も併せて二つのパンをユバの牢屋へと投げる。
「わぁーー!! パンだ!! ユバ、パンだいすきっ!」
パンを拾い上げると、土埃など気にせずすぐさま口へと運ぶユバ。
それは状況を理解していないというより、空腹で周りが見えていないという状態だった。
その能天気な姿を見た看守は、ぽつりと呟いた。
「こんなのんきなやつらが〝悪魔〟と同じ場所に収容されるなんてな…… おっと、いかんいかん……」
独り言をうっかり漏らした看守は、牢屋の外へと出ていく。
ジュラフォードは最後までその独り言を聞き逃さなかった。
それと同時に看守の呟いた一言で、いま収容されているこの牢屋がなにか特別な意味のあるものだと察する。
重たく分厚い扉が開くと、その隙間からわずかに明かりが差し込んだ。
その光を頼りに、ジュラフォードはユバにパンを譲った少女の方に視線を向ける。
顔までは見えないものの、手足には金属の枷が取り付けられていることだけは視認できた。
バタンッ……
扉がゆっくりと閉まり、再び辺りは薄暗い闇に包まれる。
と、そのときだった。
「あぁ~あぁ~、嫌だねまったく!!」
謎の少女は、看守が居なくなった途端にいきなり声を張り上げて言った。
「ひゃっ!? だ、誰かいるの!? うそ、うそ!? 幽霊……!? やだやだやだもーー!」
リリアフィルは、隣から聞こえる声に思わず両手で両耳を塞いだ。
看守がパンを与えに来るまでその存在にすら気付かなかったもう一人の囚人。
これまで何も喋っていなかったのにも関わらず、突如として饒舌に喋り始めた。
「こんないたいけな子供まで投獄するようになったんじゃ、ティダインベルグ家も地に落ちたな!!」
威勢の良い口調で話す少女に、ジュラフォードは慎重に問いかける。
「おまえ、そこにいるお前は誰だ?!」
しばらくの間が生まれた。
向かいから、鎖が擦れる音だけが聞こえる。
「誰だと聞いている!」
「……チッ、うっせーな。オレの独り言にいちいち反応すんなよな」
舌打ち混じりの少女の乱暴な声が薄暗い牢屋のなかで響く。
「つーかよ、人に聞くときはまずそっちから自己紹介すべきじゃねーの?」
「……ジュラフォードだ」
顔も見えないまま、声だけのやり取りが続く。
「へぇ、ジュラフォードね。それで、あんたは何をやって〝こんなところ〟にぶちこまれたんだ?」
「誤解を受けているだけだ。リカルドの遺体を主の元へ持ってきてやったというのに」
「なっ……!?」
少女の反応が明らかに変わった。すると、少女は畳み掛けるように質問を重ねた。
「リカルドだって!? リカルドが死んだのか……!? 一体誰にやられた!? 外で何が起こってる!?」
質問の多さから、心境が穏やかでなくなったのは明白だった。
「まずは先に俺の問いに答えてもらう。お前は、誰だ?」
「そんなにオレが誰だか気になるのか? いいぜ。名前を教えてやるからさっきの話詳しく聞かせろ」
「あぁ、分かった。あったままの事をお前にも話してやる」
ジュラフォードがそう答えると、少女はハッキリとした言葉で自身の名を名乗った。
「……オレの名は〝ティダインベルグ・ウリスゼラ〟だ」
粗暴な少女が口にしたのは、リクスヘルデンと同じティダインベルグ姓の名だった──




