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第30話 囚われた三人


地図通りに到着したのは、屋敷というにはあまりにも無骨な要塞だった。


壁には等間隔に砲台が備え付けられ、辺りには甲冑に身を包んだ騎士が配備されていた。


「本当にここで合ってんだよな……?」


改めて地図を確認する。それと同時に、目の前にある建物を凝視する。


何度も地図と周囲とを交互に見ても、この場所が魔導卿の屋敷であることに間違いはない。


「ん~…… 地図の向きが違うとか?」


「地図にもある通り、敷地は円状に出来てる。どこから見ても一緒のはずだが……」


手元の地図を見つめていると、視界の端から妙な光がちらついた。


地図から視線を外し、光の方を向くと、それがただの光でないことがすぐに分かった。


「おいおいおい……!!!」


ジュラフォードたちを目掛けて放たれたのは、高出力の魔法エネルギー弾、いわゆる魔弾だった。


襲い掛かる魔弾は一発や二発ではなく、目に届く範囲全ての砲台から放出されていた。


それはジュラフォードたちにとって、魔導卿までの穏やかな道のりが、まるで嘘だったかの如く青天霹靂だった。


「クソ~めんどくせぇ! こうなりゃ力尽くで……」


ジュラフォードが不用意にそんな一言を零すと、リリアフィルはジュラフォードの耳をぎゅうとつねった。


「いててて!」


「ダメですよ! そんなことしたら余計に狙われちゃいますよ! 話もなにも出来なくなるんですからね!?」


「仕方ねぇ、それもそうだな」


ジュラフォードたちが敵対する意思を持たずとも、雨粒のように押し寄せる魔弾は留まることを知らなかった。


「と、とにかく逃げるぞ!」


魔弾を躱しながら、添うように周囲を走り回る。


「わははは!!! かけっこだ~!!」


魔弾に狙われているというのに、ユバはその状況にまるで危機感はない様子だった。


ぐるりと半周したところで、ジュラフォードたちは、警備にあたっていた騎士に見つかってしまった。


「おい貴様! なにをしている!」


警備にあたっていた騎士が手を挙げた途端に、魔弾は一旦収まりを見せた。


「ふぅ~…… そうそう、やっと分かってくれたか、俺たちは客人だからな」



シャキン……



騎士は、ジュラフォードに手にしている槍を突き付けた。


「おいおい、今の聞こえなかったか? 俺たちは客だ。敵じゃない」


「そんな話は聞いていないぞ」


「ほれ、魔女だよ。連れてきてやったぞ。お前の主が用があるみたいじゃねえか」


「ふむ……」


槍を一度下ろし、ジュラフォードが指差すリリアフィルを見つめる警備の騎士。


「ちょ、ちょっ…… 恥ずかしい……」


騎士はリリアフィルが恥ずかしがっていることに、気にもとめず全身を観察しだした。


ぐるりと一周し、背中や足先までくまなく見終えると、騎士はジュラフォードに問い掛けた。


「三つ星の魔女は、三つの特徴的なほくろがあると聞いているが?」


「あ、あぁ…… それな、それはほら、化粧とかで…… 一時的に見えなくなってるっちゅーか……」


「化粧だと? そんなもの、しているようには……」


騎士がもう一度リリアフィルを観察し直そうと向き直ったところで、隠すようにジュラフォードが間に割って入った。


淑女レディにそんな野暮なことは言うなよ! お前さてはモテないだろ!」


「なな、なんだと?!」


「ハハハ、冗談よ冗談。魔女様にちっとお化粧を落として頂くから待ってろ! いいな!」


騎士の返答も待たず、リリアフィルの手を引いてその場から一旦離れるジュラフォード。


「おい! どこへ行く! まだ話は終わっていないぞ! それにそのけしからん格好はなんだ!」


「いいから待ってろって言ってるだろ~!」


騎士から小走りで離れながら、ジュラフォードは曖昧な言葉で濁した。


しかしリリアフィルは、ジュラフォードの咄嗟のハッタリに憂慮していた。


「ちょっと、ジュラフォード様! あんなこと言って本当に平気なんですか!?」


「まぁいいからいいから、俺に良いアイディアがあるんだよ」


そう言ってジュラフォードが連れ出したのは、来た道に咲いていた実の成る木だった。


「ユバ、あの木の実を取ってくれ」


「うぃー!」


ユバは素早い身のこなしで、見上げる高さに実っている木の実を収穫する。


それを受け取ったジュラフォードは、その木の実に傷をつけた。


すると、木の実からだらりと黒い蜜が垂れ流れ、それを見るや否や得意げな表情で言った。


「これ、クロミツの実って言ってな。名前の通り黒い蜜を出すんだ。そしてこれを、こうしてっと…」


垂れ流れる蜜を爪先に染みこませると、それをリリアフィルへと近付けた。


「なにするんですか!!」


「いいからいいから、三つ星の魔女になってもらわないとしょうがないだろ」


「でも、その……」


「じゃあ目瞑ってろ、すぐ終わるから」


「はい……」


リリアフィルはジュラフォードの言われた通りに目を瞑った。


それと同時に、辱めを受けているような感覚に陥っているからか、下唇をぎゅっと噛んでいた。


「……っと、目元は終わって、次は口元っと……」


目、口の順に機械的に蜜を付け、メルマドゥナと同じような特徴的で妖艶な疑似ほくろを作っていった。


「最後は胸元っと…… あぁ、そういえばメルマドゥナはがっつり見せびらかすような格好だったから、もう少し内側なんだよな…… はいはい、ちょっと失礼ね」


「いやっ……!」



バシッッッ!!!



反射的に繰り出されたリリアフィルの張り手がジュラフォードに炸裂する。


「痛ってぇぇ~!! なにすんだよ!」


「それはこっちのセリフです! どこ触ってるんですか!!」


「どこって、胸だけど? いやな、メルマドゥナと格好が違うからさ。位置的にはちょうどこのパッドの下なんだよ」


「そんなこと聞いてるんじゃないですっ!! バカ~~!!」


さらに二撃目の張り手が飛び、ジュラフォードの両頬は綺麗な赤色を滲ませた。


「あははは!! 御師様の顔おもしろ~い!! ユバもやり~たい!!」


「よせ、こら! やめろ! 遊んでるんじゃないんだぞ!」


「ユバちゃん、やっちゃっていいからね! 手加減なしだよ!」


「うぃ~!」



数分後──


ユバのおもちゃにされてしまったジュラフォードは、リリアフィルから貰ったものに加えさらに追加できついのを撃ち込まれた。


最強を誇る剣士であるジュラフォードの、唯一の弱点が露呈した瞬間だった。


「……そ、それで、ご納得いただけましたかリリアフィルさん…」


赤く腫れた両頬を押さえながら、いつになく弱気な声で話すジュラフォード。


「最初から私がやってれば良かったんですよ」


「おぉ、いい出来だうん」


「ジロジロ見るの禁止です! もぅ!」


最終的には、リリアフィル本人が拵えた胸元のほくろを確認し、なんとも言えない心境ながらも、ジュラフォードは納得した様子を見せる。


「でもほんとに大丈夫かなぁ。私、魔法なんて使い方わかんないですよ? 里には大して魔法なんて無かったですし」


「あぁ気にするな。いざって時は体調が悪いとでも言えばいい」



「あー、それとな、クロミツは水分に弱い。間違っても確認中は汗なんてかくんじゃねぇぞ?」


「そんな! 無茶ですよ! そうじゃなくても恥ずかしいのに…… プレッシャー掛けないでください!」


「大丈夫だ、おまえならやれる!」


「う~~ん、なんか心配だなぁ……」


リリアフィルのその懸念は、予想を裏切ることなく現実のものとなるのだった──


気を取り直し、再び騎士の元へと向かうジュラフォードたち。


「お、おう、ちと時間かかって悪いな。やっぱレディに化粧になれってのも説得がいるもんでな」


「それよりお前、その顔はどうした? 随分と腫れてるみたいだが。なにかあったのか?」


「あぁ~。いやいや! 気にすんな! な? 俺のことはいいんだよ!」


必死に誤魔化そうとぎこちない作り笑いを浮かべるジュラフォードを、騎士は怪訝そうに見つめた。


「ほれ、早く確認しろ。そして早く魔導卿に合わせろ」


その言葉に促されるように、騎士は再びリリアフィルを検めた。


自身に向けられる視線に思わず緊張が込み上げる。


だが、溢れ出る感情はそれだけではなかった。


案の定、胸元に視線が向けられれば、恥ずかしいという感情が爆発する。


そしてそれは滝の様に吹き出る汗となって現れた。


「んん? ……ん!?」


リリアフィルを見つめる騎士が眉をひそめた。


「なんだね、これは!」


騎士はジュラフォードを問い詰める。


その指がさしているのは、緊張と恥じらいが生んだ汗によって滲んでしまった蜜の痕だった。


点ではなく線になってしまった疑似ほくろ。


疑いがかっていたジュラフォードたちは、自らトドメを刺す形で不審人物と認定されてしまう。


「捕らえよォォォ!! 不審人物だァ!!!」


目の前の騎士が吠え叫ぶように言うと、ぞろぞろと他の騎士が押し寄せた。


その数は、ジュラフォードの視界に入る範囲でもざっと見積もっても数十。


さらにその背後にも取り囲まれていた。


「こうなったら……」


「ダメですよ! 抵抗しちゃったら不審者と認めるようなものです! 話し合いで解決しないと」


ぐっと拳を握り応戦体勢に入ろうとしたジュラフォードを、リリアフィルが耳元で宥めた。


「そこ! なにを話している!」


「大した話しはしてない。というか、俺の話しを少しは聞け」


そう言うと、ジュラフォードは背負っていたリカルドの亡骸を、騎士の目の前へそっと置いた。


「リカルドの亡骸を持ってきてやった、主君の元で弔ってくれ。俺たちの恩人だ」


「なんだと!?!」


その一言に、騎士の警戒がさらに強まる。


数名の騎士がぐるぐる巻きにされた幌を外し、中身を確認する。


「間違いない、リカルドさんだ……」


目の前を取り囲んでいた騎士たちは、明らかな敵意を見せ始めた。


「手荷物を検めさせてもらうぞ。事と次第によっては生きては返さんからな!」


有無を言わさず、ジュラフォードたちは手荷物検査を受ける羽目になった。


当然、ジュラフォードの懐からは、本来メルマドゥナに充てられた書簡と、リカルドから譲り受けた謎の石が出てくる。


それを見るや否や、検査にあたっていた騎士が部下の騎士に伝令をする。


「リクスヘルデン様に連絡だ。地下牢に三名の罪人が入ると通達しろ」


「了解!」


複数人の騎士が、まず手始めにジュラフォードの背を強引に掴みその身を拘束した。


『本当ならこんな奴ら片手で片付けられるのによ……』


胸の内ではそう言いつつも、あくまで敵対の意思は示さないように、渋々ながら受け入れていた。


子供相手でも容赦せず拘束しようとする騎士たちは、必死に抵抗するユバに手間取っていた。


残る数名がリリアフィルの腕を掴みかけようとした、そのとき、ジュラフォードが騎士へ忠告を始めた。


「おい、その子には触らない方がいい。俺たちは敵対する気はないから大人しく牢にでもなんでも入ってやる。だが、その子には触るな。お前の身のためだ」


「なにぃ? 今更なんのつもりだ! ええい構わぬ、捕らえろ!」


数名の騎士がリリアフィルを拘束しようと、手を寄せたその瞬間──



ドゴンッッッ!!!!



強烈な衝撃波とともに、リリアフィルに触れた騎士は他の騎士を巻き込みながら勢いよく吹き飛ばされた。


その場にいる全ての騎士は衝撃をもたらしたリリアフィルに注目を寄せる。


「あの、本当に抵抗する気はありませんから! これは私の意思に関係なく、勝手に!」


騎士から見れば、言動と行動がまるで一致していないものの、何度も拘束を試みようとも結果は変わらず、むしろ無駄な痛手と時間ばかりを食らっていた。


「もういいだろ。抵抗する気はないと言っているだろう。ただ俺たちは魔導卿に会いに来ただけだ」


「……えぇい、仕方あるまい。だが妙な真似はするな。その時は総力を上げておまえらを始末することになる」


「はいはい、分かったよ」


抵抗しないジュラフォードには二人がかりで、ジタバタするユバには十人がかりで。


そしてリリアフィルには左右前後を囲むも誰も触れないまま。


それぞれ逃げ道を塞ぐ形で、バリケードの入場門へと向かって行った。


「本当にいいんでしょうか、あんな得体の知れないやつらを領土内に招き入れても」


列の最後尾にいた新米騎士が、隣の先輩騎士にこっそりと耳打ちで訊ねる。


「心配はいらん。いざとなれば〝騎士長〟もリクスヘルデン様もいる。罪人としてここへ入った者はどのみちタダでは出られない」



こうして、ジュラフォードたちは「罪人」という思わぬ形で、魔導卿の敷地内へと踏み入れることとなった──



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