第28話 不穏なる再会
第三章 ~魔導卿と悪魔令嬢~
◇
山々に取り囲まれるようにして形成された広大な大地。
そして、その地を統べるかのように堂々と構えるのは、豪奢の限りを尽くす広々とした邸宅──
要塞とも形容できるバリケードの奥には、数棟の館が点在している。
なかでも一際目立つのは、その中央に位置する大きな屋敷。
その近辺を這う魔獣たちも、ドーム状に形成された邸宅エリアだけは避けるように棲息している。
その理由は他ならぬ、邸宅に備えられた徹底的な防衛設備にある。
承認されない者が近付くと、自動的に発射される追尾性能を持つ魔法エネルギーによる魔弾。
交代制で周囲をくまなく監視する、優れた騎士たち。
そして屋内には、純白が輝かしいメイド服に身を包んだ侍女たちが、さながら蟻の行進のように館の中を行き交う。
これらは全てこの邸宅の主を護るため、尽くすためのものだ。
そして今日もまた、魔獣たちが押し寄せる。
性懲りもなく、邪悪なる魔獣の群れはそれらを支配せしめようと目論んでいた。
ここは、かの名高い魔導卿──
〝ティダインベルグ・リクスヘルデン公爵〟の屋敷である。
*
遡ること数時間前──
デオリア村を発ち、旅路を再開したジュラフォードたちには、あるトラブルが発生していた。
それはトラブルと呼ぶには些細で、だが何でもないこととは言いがたい、火の粉のような出来事だった。
「嫌です! 私は絶対反対です!!」
「だからよ、お前も少しは聞き分けってもんを……」
「嫌なもんは嫌なんです!!」
普段はおとなしいはずのリリアフィルは、珍しく気を荒らげ、ジュラフォードに睨みをきかせていた。
ジュラフォードはそんなリリアフィルにほんの少し気圧されながらも、どうにか説得しようと試みていた。
「ねーねぇー、なんでふたりとも喧嘩してるのー?」
言い合う二人に割って入るユバ。
その手には、ジュラフォードからご機嫌取りで渡されたキャンディーを持っていた。
ペロペロとキャンディーを味わいながら問いかけるも、二人はユバの言葉がまるで耳に入っていない様子だった。
「ねぇねぇ! ねぇってば~!!」
ジュラフォードの衣服の袖を強く引っ張りながら意識を引き付けると、再びなぜ言い争っているのかを訊ねた。
「はぁ…… 全然聞いてなかったのか?」
「うん」
キャンディーを頬張り、無邪気な瞳を見せながら答えるユバ。
まるで「やれやれ」と顔に書いてるかのような反応を示しながら、ジュラフォードが言い争いの理由を話した。
「いいか? ほれ、見ろ。この先、右と左どっちにも道があるだろ?」
ユバの目線に合わせるように屈み込むと、目の前の分かれ道に指をさした。
「俺は右に行きたいんだ。その方が目的地に早く着く。でもリリアフィルは左が良いと言って聞かないんだ。わかるか?」
「ん~~、わかんない」
「って、あのなぁ……!!」
リリアフィルも同じように屈み込むと、左の道を指差しながらユバに語りかけた。
「ね、ユバちゃん。あっちの方がいいよね? だってほら右なんて…… 絶対怖いの出ちゃうよ!」
「え~!? ほんと?」
「うんうん! ほんとほんと!」
「ンなわけねぇだろ! 騙すような真似するなよな!」
「ジュラフォード様は黙ってください! いま私はユバちゃんと話してるんです!」
「はぁ…… まったく……」
ジュラフォードは呆れたように肩をすぼめながら、自身の推す右の道へ視線を向ける。
平坦で見通しが良く、綺麗な轍が出来ている左の道とは違い、右の道は人の往来を感じさせない鬱蒼とした木々が生い茂っていた。
しかし、右側にも微かに轍らしきものはあり、道としては最低限の機能を果たしている。
デオリアの村人から貰った地図を見ても、左右どちらも目的地には通じる。
最短で着けるものの荒れ果てている右の道か、遥かに遠回りだが安定した左の道か──
それこそが、リリアフィルとジュラフォードが言い争っている原因だった。
「もういい面倒だ。多数決でいこう。ユバが行きたいと言う方で決まりだ。リリアフィルもそれでいいな?」
「えぇいいですよ。もちろんユバちゃんは左だよね~? 左ならいっぱいおしゃべりできるよ?」
「ほんとか!」
吸い寄せられるように、瞳を輝かせながらリリアフィルに視線を向ける。
「いや、右だ。右の方が色んな生き物に会えるぞ~?」
「おぉ!!」
今度はジュラフォードの方へと視線が吸い寄せられる。
ユバは引き込もうとする二人を交互に見つめた。
ジュラフォードとリリアフィルが同時にユバへ顔を近付け、トドメの説得を試みる。
「どっちだ!?」
「どっちがいい!?」
賽は投げられたというのに、当の本人であるユバは、のほほんとしながら小さくなったキャンディーを舐めていた。
「ん~~、じゃあねえ~」
ユバへ顔を寄せる二人は、ごくりと固唾を飲みその答えを見守る。
「えっとね、ユバはどっちでもいい!」
ズコン!
肩透かしを食らった二人は予想外の回答にその場で転げ落ちる。
「っておい! なぜそうなる!」
「そうだよユバちゃん! 左にしようよ!」
するとユバは、突然リリアフィルに年齢を訊ね始めた。
「ねー、リリアは何歳?」
「えぇ? どうしたの急に。19歳だけど…」
「じゃあ御師様は?」
「さあな。28から数えるのをやめた」
突飛な質問に、言い合っていた二人も不思議そうな表情を浮かべながら顔を見合わせていた。
「ん~~、じゃあ左だね! うん左で行こ~!」
「なぜだ!? さっきの質問とどう関係がある!?」
ユバは「ニシシシ」と声を漏らしながら微笑むと、答えを左にした理由を明かした。
「年下に合わせてあげるのが年上の努めなのです!」
胸を張りながら両手を腰に添え、誇らしげな表情をみせるユバ。
「さすがユバちゃん! 賢い! もう天っ才! 最強っ~!」
「わぁぁ~!! くすぐったいよ~!」
理由はどうであれ、自身の意見にユバが賛同したことに歓喜するリリアフィルはおだてながらユバを抱き締め頬擦りをする。
「ジュラフォード様もこれでいいですよね? 言い出しっぺですし、それにユバちゃんの言ってることも真っ当ですよね?」
意地悪げな表情でジュラフォードの逃げ道を取り上げるリリアフィル。
「まったく、そんな言葉どこで覚えたのやら… さてはあの村の連中が要らん入れ知恵を…」
「ジュラフォード様!」
「あぁ~あぁ、もう、分かったよ! 分かった!」
観念したのか、ジュラフォードは渋々ながら左の道へ行くことに同意した。
「でも言っとくが、こっちの道は二日も掛かるぞ。途中で泣き言いっても知らないからな」
そんな捨て台詞を吐きつつ、ジュラフォードは分かれ道を左に進んでいった。
その後を、ご機嫌なリリアフィルとユバが互いに手を繋ぎながら続いていく。
だがそれが、思いがけない出来事に出くわすことになるとは、ジュラフォードたちはまだ知る由もなかった──
*
時は戻り、現在。
分かれ道での一悶着を経て、左の平坦な道を進むジュラフォードたち。
代わり映えのしない景色が続き、飽き性のユバからは「歩くのが疲れた」と、駄々を捏ねる言葉が漏れ始める。
痺れを切らしたジュラフォードがユバを背負うと、ものの数分で寝息を立て始めた。
その背でスヤスヤと鼻提灯を作る。もはやジュラフォードはそんなことを気にも留めなくなっていた。
リリアフィルとジュラフォードは、互いになにも話すことなく沈黙のまま道を進む。
これがあと丸一日以上も続くのかと思うと、リリアフィルは心の隅で大人しく右に従っておけば良かったと思いつつあった。
「あ、そうそう! 子供の時の話なんですけどね、私ってほんと食べ物の好き嫌いがあって…」
「……それもさっき聞いた」
「ですよね…… すみません……」
どうにか場を持たせようと必死に話題を作ろうとするものの、途方もない道のりでは、それもすぐに尽きてしまう。
それどころか、喋ることにスタミナを使おうものなら、遠回りの道では歩く余力も奪われていく。
ついにリリアフィルも無理に話すことを諦めた、そのとき。
二人の眼前には、血溜まりの上で力無く伏せる何者かが、道を塞ぐように横たわっていた。
俯せのその背には、一本の斧が突き刺さったままだった。
「ひどい……!」
「な、なんだあれは……?」
その何者かにジュラフォードはどこか見覚えがあると思いながら、慎重に近付く。
「あの格好…… まさか!!」
鎖帷子の装いを一目見ると、ジュラフォードは一瞬にして目の色を変えた。
ユバをリリアフィルに預けると、慌てた様子で駆け寄っていく。
すると、そこに横たわっていたのは……
「嘘だろ……! リカルド!!」
既に死後一日以上が経過した、リカルドの亡骸だった。




