第2話 最強の剣士
リリアフィルは集落の外れにある、ひときわ大きな山の麓まで辿り着いていた。
見上げるほどの霊峰に、まだこんなにも歩かなければならないのかと思わず辟易するリリアフィル。
それと同時に、これから自分はどうなるのだろうという不安も込み上げていた。
「さて、急ごう。一刻の猶予もないのだからな」
そう言ってバーネルが再び歩み始めると、一本のナイフがその足元を掠めた。
「こらこら! あっちいけ! ここはお前たちが来てもいい場所じゃないんだぞ!」
ナイフの飛んできた先から現れたのは、リリアフィルよりいくらか年下の幼い女の子だった。
「なんじゃおぬしは。いま子供のじゃれ合いに付き合っとる暇はないのじゃ」
バーネルのその言葉に憤慨したのか、少女は頬を膨らませ不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ユバはもう子供じゃないもんっ! 立派な剣士…… の見習いなんだもん! 剣だって出来るんだぞ!」
「ユバ……?」
「う、うん!! じゃなかった、オウ!! そうだぞ! ユバはユバって言うんだ!」
自身をユバと名乗った少女に思わず呆気にとられるバーネルとリン。
しかし、リリアフィルはユバを軽んじることなく、丁寧な言葉で語り掛けた。
「ユバちゃんって言うんだね。えっと、あのね、私たちいまそれどころじゃなくって……」
静かにリリアフィルを見つめるユバ。
「うん、だからお願い。ユバちゃんは立派な剣士だから分かってくれるよね?」
「ユバが立派な剣士……!」
ユバは目を輝かせると、てくてくとリリアフィルに近づき、一方的に手を握った。
ぶんぶんと振られる手に、リリアフィルは動揺を隠せなかった。
「おまえ! 気に入った! 名前はなんだ!」
「ええっと…… エルフ族のリリアフィルだよ」
「そうか! リリアか! エルフ族って本当に耳が長いんだなぁ! それに髪もまっきんきんだぞ!」
「う、うん、でもね…… そろそろ手を離して欲しい…… かな……」
「握手嫌いなのか!? じゃあやめる!」
そう言うとユバは無邪気な笑みを浮かべたまま、手を離した。
案外、素直な子なんだとホッとするリリアフィル。
「わ! うっかり忘れるとこだった! 御師様におまえたちを追い払えって言われてたんだった!」
リリアフィルは両手を挙げて抵抗する意思がない事をアピールする。
「あのね、私たちの暮らしてる里がいまとんでもないことになっていて、それでね剣士様に助けてもらいたくて……」
「剣士様? 御師様のことか? 御師様はすっごく強いんだぞ!」
「うん、だから力を貸して欲しいの。会わせてもらえないかな?」
ユバは瞬きひとつせずリリアフィルを見つめる。
リリアフィルもまた、ユバから視線を逸らすことなかった。
「ユバ、嘘は嫌いだぞ!」
「嘘じゃないよ! 本当に困ってるの!」
そう言うと、リリアフィルの瞳からぽろぽろと大粒の涙があふれでる。
「わ、どうした急に!?」
ユバは短剣を戻すとなにか考えたような素振りを見せ、リリアフィルたちに言った。
「……ん~、わかった! でも御師様に怒られたら庇ってくれる?」
リリアフィルは泣き顔のまま何度も首を縦に振って応えた。
「ええい、もう話はよいじゃろう!」
痺れを切らしたバーネルがユバを急かす。
その表情には苛立ちが込み上げていた。
「お願い、案内してくれるかな?」
リリアフィルがそう言うと、ユバはリリアフィルに手招きをすると、元気良く山道を進んでいった。
山頂へ至る道すがら、遠くで昇る火柱が目に映ると、リリアフィルに不安が込み上げる。
「リリアフィル、もう少しの辛抱じゃ」
「はい……」
息を切らしつつも長い山道を登りきり、ついに山頂に到着すると小さな小屋が見えた。
「おぉ、昔のままじゃ」
リンが呟く。視線の先には、背を向けて立つ一人の男が居た。
「御師様~! エルフ族は悪いやつじゃなかったよ! だから連れてきちゃった!」
ユバは無邪気に笑いかけるも、男は首ひとつ動かすことなく集落の方を見つめていた。
「あ、あのう、恐れ入りまする…… 貴方がかつて里を竜から救ってくださった剣士様でいらっしゃいますか?」
バーネルが問いかけるも、応答はない。
見兼ねたユバが男の顔を覗くと、男は静かに口を開いた。
「追い払えと言ったろう…… なぜ連れてきた?」
気圧されたのか、ユバの表情は一変して曇り、尻込みする。
「え、えっと、困ってるから…… 力になってあげたくて。ごめんなさい」
ユバの謝罪を聞き入れるわけでもなく、またしても無言となる男。
そこに、リンがそーっと近付き声を掛けた。
「お久しゅうございます、剣士様。あれから数十年経ち、私を覚えてはいないでしょうが。 里はご覧の有り様です。どうか、どうかお力添えを……」
そう言って跪くと、バーネルも肩を並べ併せて土下座をした。
「どうか、どうかお願いします剣士様! あの魔獣を打ち祓ってくださいませ! 里一番の生娘を用意しました! ですのでどうか!」
バーネルの放ったその一言で、男の眉が軽く動いた。
「ダメだ、帰れ。俺は俗世を捨てた身だ。前回は貴様らがあまりにもしつこかったから仕方なく手を貸しただけに過ぎん……」
男は目の前にいるユバに視線を寄せ、さらに小声で続けた。
「こうなると面倒だから追い払えと言ったんだ」
「うぅ、ごめんなさい……」
申し訳なさそうにするユバ。依然として頭を下げ続けるバーネルに無反応を貫く男。
痺れを切らしたリリアフィルが、土下座する二人を横切り男の視界へと割り込んだ。
「私はリリアフィルと申します。剣士様、私はどうなっても構いません。なのでどうかお助けください!」
瞳を潤ませながらも、男の目の前で深々と頭を下げるリリアフィル。
すると、これまで無言を貫いていた男の態度が一変する。
「ま、待て…… 今のは……!? 君、顔を上げてくれ、その顔をよく見せてくれ!!」
「は、はい……?」
リリアフィルが顔を上げた途端、男は両手でリリアフィルの顔を挟み凝視し始めた。
「なんてキレイな眼をしているんだ……!!」
それまでの無愛想が嘘だったかのように、男は態度をコロッと一変させる。
「この〝眼〟は間違いない! 母上と同じ……!!」
「あ、あの…… なんでひょう……」
男の手で圧迫され口をつぼめ、おちょぼ口で声を発するリリアフィル。
その姿を見つめるユバはゲラゲラと笑うものの、男の眼差しは至って本気であった。
「紛れもなく〝綺羅ノ眼〟だ──!」
リリアフィルの金色に輝くその瞳が映し出す男……
彼もまた、紛れもなく言い伝えにある伝説の剣士・ジュラフォードだった。




