第27話 受け継がれるもの
「三つ星の魔女のこと、だと……?」
「えぇ、彼女の力を借りたんだろう? だが当の本人の姿が見当たらないが……」
ジュラフォードは肩をすぼめながら、軽佻浮薄な村長の問いに返した。
「それは俺も知らん。俺だって聞きたいことは山ほどあったが…… あぁ、そうだ……!」
村長の肩を両手で掴むと、ジュラフォードは思い出したかのように話を続けた。
「お前でも良い。伝統に重きを置くお前なら詳しそうだ」
「は、はぁ?」
首をかしげる村長に、ジュラフォードは続けた。
「なぜ誰もが魔法が使えるのか、そしてこの国は一体どうなってるのか……」
自分の質問を有耶無耶にされたうえ、逆に質問を返されたことで村長は露骨に不機嫌そうな態度を示した。
「なに言ってるのか分からねえよアンタ! 魔女はいないのか!? この村には戻らないのか、生きてるのか!? どっちだ!」
「……お前、ひとつ教えてやろうか」
「な、なんだ急に、改まって……」
村長の魂胆を見抜いているジュラフォードは、核心に迫る言葉を突き刺した。
「やつはお前の言いなりにはならんぞ。上手く利用してやろうと考えてんだろうが…… 諦めた方がいい」
「な、なにを……!! チッ。ま、まあいい。用が済めばこの村を早く出ていくんだな」
「自分で言うのもなんだが、一応これでも村中のヒーローだ。礼はされても嫌味を言われる覚えはないがな」
「チッ、なんだよ。それが目的かよ。礼ならやるからとっとと失せな!」
鼻持ちならない態度を貫く村長は、一言二言ほど嫌味の捨て台詞を吐きながら人混みの奥へと消えていった。
「ほんとに嫌な人ですね、あの人。まったく反省なんてしてない……」
それから少しの間、リリアフィルとジュラフォードの会話にも、メルマドゥナの話題が上がった。
館で治療を受けて姿を眩ましたあとどこへ行ったのか、いまどこにいるのか。
それから間も無く、鐘の音とともに、鎮魂の演舞が終わった。
村人たちを掻き分けながら、ベウニルとユバがジュラフォードの元へと戻ってきた。
さらにその背には、数人の村人を引き連れていた。
「無事、終わりましたよ。ジュラフォードさん」
「あぁ、良い踊りだった。ユバも良かったぞ」
「うぃっー!」
仲を深めた女の子と肩を組みながらピースサインを見せつけるユバ。
後ろから顔を覗かせた村人の一人が、ずっしりとした麻袋を持ち出す。
すると、それをジュラフォードの足元へドンっと置いた。
「これ、村長がジュラフォードさんにって」
「なんだこれは」
ジュラフォードが覗き込む。その中身は、両手で掴みきれないほどの宝石の数々と、一枚の紙切れだった。
「こんなものいらん。というか、こんな小さな村でこんな大層なもの出せるのか?」
「そ、それは……」
村人は後ろめたさを感じた様子で視線を逸らす。
しかし、事情を知るベウニルがうっかりそのカラクリを口走ってしまう。
「これ、前に〝公爵〟の使いが持ってきたやつじゃないか!」
「あ、おい! 村長がそれは内緒にしとけと…」
「え、そうなの……?」
その場には気まずい雰囲気が漂い始める。
「どういうことなんだ? 説明しろ」
ジュラフォードに問い詰められ、恩義を感じる村人とベウニルは、嘘を付けず真実を語った。
「これは、以前〝ティダインベルグ公爵〟の使いの方が、前金として置いていったものなんです…」
「どういうことだ?」
「詳しい事情は分からないですが、なんでも公爵は、三つ星の魔女に協力してほしいと……」
「それと、実はジュラフォードさんに渡したコンパスもなんです」
ベウニルは、コンパスもその前金の一部として袋に詰められていたと話した。
「しかし、魔女は行方知らずだったでしょう? だから居ないと伝えたら、戻ってくることがあればこれをと。だからずっと置きっぱなしで…」
その事実を聞かされたジュラフォードは、忌々しげな様子で呟く。
「それを、さも俺への報奨と装って転用したわけか…… どこまでもふざけた奴だ」
「す、すみません…… 我々も止めたんですが……」
「まあいい。そうだ、村長はアテにならんがお前らなら答えられそうだ」
「はい、なんでしょう?」
山籠りしていた間の歴史を、ほんの僅かでもいいから知れないかと淡い期待を抱きながら質問した。
加えて、なぜ自由に人々が魔法を使えるのか。これまで何人かに訊ねたことと同じ内容だった。
好意的な村人たちでも、その反応は芳しくなく、またしても明確な答えは得られなかった。
だが──
「……あぁ、でも、ティダインベルグ公爵なら何か知っているかもしれません。なんせ彼は〝魔導卿〟として知られてますから」
「魔導卿?」
「はい。ですから魔法の歴史には我々に聞くよりも魔導卿の方がいいかと」
この場では答えこそ得られずとも、その手懸かりとなる人物の有力な情報を得るジュラフォード。
「そうだ! 魔女の代わりにジュラフォードさんが協力してあげたらいいんじゃないですか?」
「あぁ、そりゃ良い! あんたは実力者みたいだからな」
ベウニルと村人たちが口々に言うと、ジュラフォードは麻袋を突き返しながら答えた。
「その魔導卿とやらの元へ行ってみる。場所はどこだ?」
村人が麻袋に詰められていた一枚の紙切れを取ると、それをジュラフォードへと手渡した。
書簡には具体的な事情こそ書かれていないものの、戦力を必要とする旨、それから下部には屋敷の場所が示されていた。
公爵の直筆文に加え、ティダインベルグ家の家紋を表した印鑑も押印されていた。
「……なるほど、依頼文か。これはなんともご丁寧だな」
ジュラフォードが公爵の書簡を見つめていると、村人たちは最後にもう一度だけ改めて礼を告げた。
「袖振り合うも多生の縁ってやつだ。…じゃあ、俺たちはそろそろ行く」
「そうだ、ベウニル! 村の出入り口までお見送りしてやれ」
村人の一人が言うと、周りもそれに合わせゾロゾロと順に去っていった。
「あ、そうだ。これ、良かったら持っていって下さい。きっと役に立つと思います」
寝泊まりする家を提供した初老の男は、少し古ぼけた地図を手渡した。
ジュラフォードはそれを公爵の書簡とともに懐へと仕舞い込んだ。
「……じゃ、私たちはこれで。ベウニル、お前もあとで片付け手伝ってくれよ! 村長よりもお前が頼りなんだからな!」
ベウニルの背中をトンと叩くと、最後の一人が去っていき、ベウニルだけが残った。
そのとき、去っていった村人の集団の中から子供の泣きじゃくる声が届く。
「うぇぇ~ん!! ユバちゃん~~!」
「うぅ~! やだやだ~! ユバも!! もっと遊びたいよ~!!」
別れを惜しみ駄々を捏ねるユバを、ジュラフォードがつまみ上げる。
「じゃあ置いてくぞ。いいのか?」
「それもやだ!」
ユバはジュラフォードの肩に乗っかると、いつまでも手を振り返していた。
特にこれといった会話もなく、三人がそれぞれ微笑みながらユバの機嫌に視線を向けるだけ。
それからまもなく、ユバが手を振るのをやめた頃。
気まずさのない沈黙を経て、村の外れにある境界線へと到着した。
まるでデオリア村そのものが別れを惜しむかのように横殴りの小さな風が吹き抜ける。
その風に煽られるようにして数匹の蝶が目の前をヒラヒラと横切った。
「わ~! 綺麗だな~! 待て待て~!」
蝶々に目を付けたユバが、ジュラフォードの背を飛び降りると蝶を追いかけだした。
「あ、こら! ダメだよ! 一人でどこ行くの! 危ないよ!」
さらにユバの後をリリアフィルが追いかけると、ベウニルが訊ねた。
「いいんですか? 放っておいて」
「構わん。リリアフィルに子守りは任せる」
「はは……」
渇いた笑いを浮かべながら、ベウニルは無意識で蝶々と戯れるリリアフィルとユバの方へ視線を向けた。
「うあわっ!!」
ベウニルは咄嗟に両手を鼻にあてながらジュラフォードに視線を戻す。
「……そ、そうだ、ジュラフォードさんに聞いておきたかったことがあるんです」
「なんだ?」
「ジュラフォードさんたちがここへ迷い込んだ理由というか、旅の目的をそういえば知らないなと思って……」
「旅の目的……か」
ジュラフォードはベウニルの目をしっかりと見つめる。
一連の神隠し事件で時に剣を交えた末、剣士として分かりあった二人。
もはや信頼に足る相手と確信するジュラフォードは、自身の旅の目的である母の遺言についてを語った。
「……そうだったんですか。伝説の剣士と同じ名前だなとは思いましたけど、まさか本物だったなんて……」
「信じられない話だなんて思わないのか…?」
「そりゃあ…… 何百年も生きてるとか、神具がどうとか、いまいちピンと来ませんけど……」
ベウニルはジュラフォードとともにメルマドゥナの捜索へ向かっていた際に話した言葉を、会話のなかで振り返った。
そのときに明かしたベウニルの過去、この世の最底辺と形容したパンデモーラの出身であること。
それから、姿を変えた現代の烙印同盟。そして現団長の存在──
「……どうか。この先もし会うことがあるなら〝シュラウゼント〟だけは、気を付けてください」
「いまの烙印同盟の団長だったな」
「はい、やつは本当に恐ろしいやつですから」
「分かった。頭に入れておく」
「ま! ジュラフォードさんがその気になればメじゃないでしょうけど! あはは」
一転して、神妙な面持ちからいつものベウニルの明るい表情を見せる。
するとジュラフォードは、すーっと鼻で空気を吸い込み軽く呼吸を整える。
その後、ベウニルにひとつの提案を持ちかけた。
「……お前は剣士の素養がある。どうだ? 俺と一緒に来ないか? 俺が剣を教えてやろう」
ベウニルにとって予想もしていなかったジュラフォードの提案に、思わず目を丸くする。
「本気ですか!?」
「あぁ、本気だ」
ジュラフォードの真剣な目を見て、ベウニルはそれが嘘の類いでないと瞬時に理解する。
「……すみません! 気持ちは嬉しいです。でも、だからこそ俺もハッキリと言わせてください!」
そう言うとベウニルは真剣な眼差しでジュラフォードに告げる。
「俺、村に残ります!」
ガッと頭を下げながらのその言葉に、ジュラフォードは静かに「そうか」とだけ返した。
「今回の件で俺がもっと強かったらみんなを守れたんじゃないかって……」
言葉を溜めて、最後に本心から来る決意の言葉を放つ。
「だから俺、村のみんなをもう死なせたくないんです! 一人の剣士として守り抜きたい!」
その言葉を受け止めると、ジュラフォードはどこか満足したような微笑みを浮かべた。
さながらそれは、我が子が巣立っていくのを見届ける親のようだった。
「お前の覚悟はよく分かった」
ベウニルの決意を聞き届けたジュラフォード。
背負っている荷物を下ろすと、おもむろに肩に掛けていた得物の剣を取り出した。
「こいつをお前に譲る」
右手に持った剣を差し出すと、ベウニルは慌てた反応を示した。
「そ、そんな! 俺になんか勿体無いというか、恐れ多いというか!」
「気にするな。俺が使っていただけで只の剣だ。……それに、お前の剣は壊れたんだろ?」
「そうですけど… でもいいんですか? ジュラフォードさんだって剣が無いんじゃ…」
「バカ言え、俺は体術も得意だ。それに、いざって時は……」
左手を一瞥しながらジュラフォードはそう言うものの、真意を知らぬベウニルはそれを不思議そうに見つめているだけだった。
「一人の剣士として…… 俺から、お前に」
ベウニルは、ジュラフォードが右手で持つ剣を見つめると、ゴクりと唾を飲み込んだ。
ゆっくりと鞘と柄の二ヶ所に手を添えると、ジュラフォードに視線を移す。
「……じゃあ俺、貰います。剣士として!」
そう言うと、ベウニルは両手でジュラフォードから渡された剣を、勇気と力を込めて握り締めた。
それを確認したジュラフォードは、パッと右手を離す。
と、その瞬間だった──
ドシンッッッッ!!!!
受け取った剣は、ジュラフォードが手を離した途端に吸い込まれるように地面へと落ちていった。
「な、なんて重さだ……!! これを片手で持ってたなんて……!!!」
「ハハハ、お前もまだまだ鍛練が必要みたいだな」
ベウニルは全身全霊の力で剣を起こし、なんとか地面へと立てる。
「お互い生きてたらまた会えるといいな」
「はい、必ず! いつか俺はこの剣に見合う立派な剣士になってみせます!」
「じゃあな、ベウニル。達者でな」
バサッと装束を靡かせると、ジュラフォードはリリアフィルとユバの方へと向かっていった。
「ほら、行くぞ。次に向かうは魔導卿とやらの屋敷だ」
「ユバ疲れた! なのでおんぶ!」
「まったく…… 手が掛かる子だ」
背後から、空気を震わせるほどのベウニルの声が轟いた。
「本当に本当にありがとうございましたーー!!! 立派な剣士に必ずなりますーーー!!!! また会いましょう!!!」
ベウニルの言葉に、リリアフィルはくるりと振り向き、言われた通りに最小限の動作でペコリと会釈した。
一方のジュラフォードは、振り向きもせず親指を立てて応える。
『強くなれベウニル! その折れない心こそが真の刃だ──!』
しばらくの間、ベウニルの希望に満ちた声は森のなかでどこまでも鳴り響いていた。
◇
〈三つ星の魔女編〉 【完】
第三章へ続く───




