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第26話 左手の真実


「あのとき、ジュラフォード様のこの左手…… あのとき一体なにがあったんですか?」


リリアフィルに触れられた左手の感覚は鈍く、それでもジュラフォードは誤魔化すように平静を装った。


「なんでもない。心配するな」


「そんなの、嘘です! ホントのこと話してください!」


ジュラフォードは考え込んだように口を閉ざす。


「何も感じない…… ですよね? この左手」


思いがけない一言に、ジュラフォードの眉がピクリと動く。


その反応を見逃さなかったリリアフィルが、畳み掛けるようにさらに続けた。


「隠そうとしたってダメです。私、これでもちゃんと見てるんですから」


「いや、そんなつもりは……」


「それに、私なにも知らなすぎるから。知っておきたいんです、ジュラフォード様のことも」


しばらく無言が続いた。ジュラフォードは考えた末に、心配させまいと隠しておくつもりだった事実を打ち明ける決心をする。


「……分かった。お前にも左手これについて話しておく」


リリアフィルの重ねる手をそっーと離すと、静かに振り向いた。


振り向きざまにリリアフィルの深刻そうな面持ちを見つめると、ジュラフォードは釘を刺すように言った。


「でもいいか、無用な心配はするな」


流れるような動作で食卓の椅子に腰を下ろすと、ジュラフォードはもうひとつの神具、帝剣について語り始めた。


「この左手には、母さんから託された神具を封印している……」


「神具って、私のこれと同じ……?」


「あぁ。あらゆる邪を祓う最強の剣、それがこいつの正体だ」


布が巻かれた左手を顔の横まで上げると、握って開いてを何度か繰り返す。


その仕草を続けながら、次に帝剣のもたらす〝代償〟を口にした。


「絶対の力だが、聖装と違って代償が伴う。それは肉体への極度の負担だ」


「じゃあ、あのとき……」


リリアフィルはインキュバスと戦っていた時のジュラフォードの姿を思い出す。


帝剣を再び左手へ戻した途端に痛みもがいていたジュラフォードの姿を。


「俺はかつてこれを使ったあと、その代償による痛みで生死を彷徨った…… なんとか耐えたが、おかげで左手の感覚はあまり無い」


「そうだったんですね……」


「本当は最初からこいつを使うべきだったんだ…… だが、俺は最後までそれを躊躇った…… だから、俺のせいで…」


「そんな! ジュラフォード様のせいなんかじゃありません! 私もみんなも助けてくれたじゃないですか!」


ジュラフォードもまた、リリアフィルが左手に触れたときのことを思い出していた。


「確かに痛みは鎮まりこそしたが、お前には何もなければいいが……」


感覚は薄れているというのに、帝剣の代償が及ぼす激痛だけは強烈に響く。


その痛みを吸い上げたのは他でもない、リリアフィルの持つ聖女の力なのかもしれない。


その事実をただ一方的に知るジュラフォードは、表情を曇らせた。


すると、ジュラフォードを見つめるリリアフィルは、何も知らないなりに明るく振る舞ってみせた。


「もし私の力でお役に立てたなら、それはそれで良かったです! それに、私はなんともありませんし!」


「いや、だが……」


「ほら、この通りっ! もうピンっピンっ!」


胸を揺らすほど小躍りを見せ、何事も無かったとアピールするリリアフィル。


励ますように振る舞う様子に、ジュラフォードはどこか申し訳なささえ感じていた。


と、そのとき。



ガチャガチャン!



ノックも無しに、勢いよく扉を開けたベウニルが現れる。


励ますことに夢中になるリリアフィルは、ベウニルに気付かず体を揺らし続けていた。


それは、黒光りするバニースーツから溢れそうなほどの──


「あ、ああ……! あぁっ……!!」


ジュラフォードの背後からは、ドンっと鈍い音が聞こえた。


何事かと振り向くと、そこには鼻からドバドバと大量に血を噴き上げる、仰向けになったベウニルの姿があった。


「お、おまえ……! またかよ!?」


ジュラフォードはベウニルの元へ駆け寄ると、のぼせて目眩を起こす顔を軽く叩いた。


その後ろから、様子を窺うリリアフィルが覗き込む。


「う、うぁぁぁああ……!!!」


朦朧とするなか、ベウニルが再びその目で捉えたのは、前屈みになりさらに強調された透き通るほど柔い素肌だった。


「あぁっ! なんでまた気絶しちゃってるんですか!!」


「お前の〝それ〟は若い盛りのベウニルには刺激が強すぎる」


そう言いながら、ジュラフォードは右手を広げリリアフィルの谷間を隠すように手を翳した。


「わあ、あっ……! ちょ、ちょっと!! えっちですよ!」


ようやく事の意味に気が付いたのか、恥ずかしさからすぐに顔が紅くなるリリアフィル。


ジュラフォードの手をパシっと払い除けると、くるりと回って背中を見せながら身を縮めた。


「ふわぁぁぁ~~、みんななにしてるの~?」


屈伸しながら目を覚ましたユバが起き上がると、騒々しいジュラフォードたちの方へと目をやった。


「うわ! 何があったの! 死んじゃってるの!?」


「あ、ユバちゃん! もう行こっ! ここに居たら危ないから!」


「わわ! ちょっと! リリア~!どうしたんだよ~!」


ユバを強引に引き連れながらリリアフィルは屋外へと抜け出す。


ドアをくぐる前に、振り向きざまに舌を出しながら下まぶたを指で引いた。



「べーっ」



バタンっと騒がしい音を立てながら戸を閉め、室内にはぽつんっと二人だけが残った。


「ベウニル…… おまえのせいだぞ」


つーっと鼻の下に血痕を作るベウニルを見つめながら、呆れ加減で呟いた。




それから二十分後──


「う、うぅ……」


ジュラフォードによってベッドに移動させられていたベウニルが目を覚ます。


「ようやく目が覚めたか。まったく、お前のせいで俺までとばっちりを受けたんだからな」


「俺は確か、鎮魂演舞の準備が出来たからジュラフォードさんを呼びに行こうとして、そしたら…」


前後の記憶を整理しながら思い出したのは、ジュラフォードへ声を掛けに行ったことだけではなかった。


扉を開けた途端に不意に見てしまった胸を揺らすリリアフィルの跳び跳ねるような小躍り。


そして、決定打になった前屈みの刺激的瞬間。



「……思い出すな。もう、なにも。お前は何も見てないし何もしてない。分かったな?」


ジュラフォードはベウニルの鼻をぐぐっと摘まみながらに言う。


「いたた……! うぐっ……!」


すると、ジュラフォードたちの元へ外から賑やかな音頭が聞こえ始めた。


楽器の音色とともに、子供や大人の入り乱れる掛け声。


「もう始まってます! ジュラフォードさん抜きで始めるなんて薄情な人たちだ!」


「いいんだよそれで。村が一丸になってる証拠だろ」


「そうですかね……」


「あぁ、そうだ。さて…… 様子を見に行くか」


ジュラフォードは椅子から立ち上がると、演舞とは対照的に粛々と中央広場へと向かった。



キン、コン、カン、ドン!



村人たちは音色に合わせ舞いながら、中央広場の御輿を囲ってぐるりと回っていた。


「よし、俺も行ってきます!」


ベウニルも演舞の輪に入ると、演舞は盛り上りを増していった。


その輪にはユバの姿もあり、同年代の子供達と意気投合しながら笑顔を見せていた。


ユバだけでなく、子供も大人も分け隔てなく村人全員が笑みが溢れる演舞。


しばらくその様子を眺めていると、隣からリリアフィルが声をかけた。


「すみません…… さっきは言い過ぎちゃいました」


「気にしちゃいねえよ。それよりいいのか? お前は混ざらなくて」


「私、運動神経まるで無くて…… だからずっと眺めてたんです。そしたらジュラフォード様の姿が見えたから、それで……」


「まあ、あんな小躍りを見た後ならなんとなく分かる」


「もう! その話はやめてください!」


「ハハハ、冗談だよ冗談。そうカッカするなよな」


「んむぅ……!」


頬をぷくりと膨らませて眉間にシワを寄せたかと思うと、次の瞬間に声を上げて笑い飛ばした。


ジュラフォードがリリアフィルの笑顔に小さく微笑み返すと、村長が二人の元へとやってきた。


「おやおや、なんとおアツい。少し話をと思ったのだが、お邪魔だったかな」


ジュラフォードが村長の方へと振り向くと、村長は昨晩の一件について改めて謝罪をした。


「……謝るなら俺じゃない。帰らずの身になった子供達とその親だろ」


「ごもっともだ。もうそれについては、とことん反省していてね」


どこか軽薄にも思える態度に、ジュラフォードは思わず鬱陶しげな表情をわずかに見せた。


ジュラフォードが感情を隠しきれないでいると、それに構うことなく村長は話を続けた。


「……それで、少しお話がありましてね。〝三つ星の魔女〟のことなんですがね……」


なにか企みがあるというのは、ジュラフォードは薄々勘づいていた。


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