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第22話 刹那の無双


ジュラフォードが放った「けろ」の一言に呼応して、漆黒を纏う帝剣が金色に輝く。


その神々しき光はインキュバスを包み込み、一瞬にして跡形も残らずに葬り去った。


文字通り、骨の粉塵ひとつさえも残さずに──


「あと一秒、足りなかったな……」


その場に残ったのは、首と胴体が分離され、翼をもがれたサキュバスの死体のみとなった。


「……っ…ぐっ………!」


と、そのときだった。


先ほどまで金色を纏っていた帝剣だったが、役目を終えると再びその姿を変える。


雲のような漆黒の物体となって、ジュラフォードの左手へと戻った。


すると、ジュラフォードの左手にはズキンズキンと、脈打つ強烈な痛みが一気に押し寄せた。


ドンと大きな音を立てながらその場で膝を落とす。


ジュラフォードは歯を食いしばり、片目を閉じるほど顔を滲ませながらもその痛みに抗った。


「っ……!」


神具のもたらす絶対の力は、代償を伴うものだった。


再び漆黒に染まる左手を、右の手で押さえ続ける。


「ジュラフォード様ッ……!!」


ジュラフォードが痛みに悶えていると、わずかに離れた位置からリリアフィルの声が届いた。


振り絞るかのような掠れた声に、ジュラフォードが横目に視線を寄せる。


そこには、足を引きずりながらジュラフォードの元へと向かうリリアフィルの姿があった。


サキュバスが殺されたことで結界は解かれ、身の自由を取り戻していたリリアフィル。


それでも依然として満身創痍の状態は変わらなかった。


「あと……少し…っ……!」


黒を纏うジュラフォードの左手へと、必死に手を伸ばすリリアフィル。


体を這わせ、片手で床を押し上げながら前へと進む。


バタバタと揺らしながら伸ばす指先が、ようやくジュラフォードの手の甲をなぞった。


「お願い……!」


一息ついて、最後にもう一度手を伸ばすと、ようやくリリアフィルの手が届く。


絶対に離すまいと、力任せにジュラフォードの手を握ると、祈るかのように念じ始めた。


『ジュラフォード様を助けたい……!』


リリアフィルの行動はただがむしゃらで、どうにか出来る確信を持って行ったものではなかった。


しかし祈りにも似たそれは、本人の想像を超えた力を及ぼした。


痛みが走るジュラフォードの手は、リリアフィルが触れた途端に次第に痛みが抜けていく。


衝撃が鎮まった左手を見つめるジュラフォードの顔色は、まさに驚きを禁じ得ないというものだった。


「リリアフィル…… お前なにを……?」


「よ…… 良かった…… 治まったんですね…… へへ」


満足そうに穏やかな笑みでジュラフォードを見つめる。


力尽きたように触れた手が静かに床へおちていく。


「私もう動けないや……」


「リリア……」


堪え切れず流れたジュラフォードの涙が、リリアフィルの額を打った。


「えへへ。なんか、嬉しいです。私のために泣いてくれるなんて」


「俺のために……!」


リリアフィルの潤んだ綺羅ノ眼は、心なしかその輝きが衰えているようにも見えた。


完全に輝きを失ってはいないものの、ジュラフォードはそれを、痛みを吸収したからなのではないかと感じていた。


「私は大丈夫ですよ。体がへとへとなだけですから。それより他のみんなを……」


「あぁ、分かった……!」


こんなときにでも、他者を思いやれるリリアフィルの清い心をとことん痛感させられるジュラフォード。


その思いを踏みにじらないためにもと、帝剣が再び封じられた左手に新たな誓いを立てた。


「俺はこの時代で死んでもいい…… だから最後までこの力はお前に委ねよう」


ジュラフォードは、身に着けていた装束の一部を手で引きちぎると、それを左手に巻きつけた。


漆黒が完全に覆い隠されるまで巻き終えると、辺りをぐるりと見回した。


サキュバスの死体を一瞥する。


「お前はなにを言おうとしていたんだ…」


疑問が残るジュラフォードに、メルマドゥナの掠れた声が聞こえてきた。


「メルマドゥナ……!」


乾いた血が生々しく映るメルマドゥナを見つけると、すぐさまジュラフォードは駆け付けた。


「おい、大丈夫か?!」


人差し指と中指の二本をメルマドゥナの首筋に当て、脈拍を確かめる。


「良かった、まだ生きているのか……」


ハッキリとした反応こそないものの、完全に瞼を閉ざしてはおらず、僅かに眉を動かして応えていた。


すると、メルマドゥナは力を振り絞るように静かに腕を上げ、そっと指を差した。


その指先が示したのは、インキュバスが逃走のために破壊した、壁の残骸だった。


厳密にはもう壁と呼べるものは残ってはいないが、屋外でなにかがあったと伝えたいことは瞬時に理解出来ていた。


「外だな、分かった」


ジュラフォードは軽々と下へ飛び降りると、荒れ果てた庭に着地した。


どれほどの戦いがあったのか、想像に難くない荒れ方にジュラフォードは思わずベウニルの死が過る。


激戦によって崩れた草木は樹海のように辺りを囲っていた。


それらをかき分けながら、ベウニルとユバの名を呼んで捜索を開始する。


しばらく歩いていると、見覚えのあるものが目に留まった。


「これは……」


歩を止め、地面に転がるそれを拾い上げながら確認する。


「間違いない、ベウニルの物だ」


ジュラフォードが見つけたのは、ベウニルが使っていた鋼鉄の剣だった。


しかし、その剣は刃が欠け、切っ先を失っていた。


そこから更に数歩進んだ先に、剣の割れた先端が転がっているのを見つける。


ジュラフォードは、この辺りにベウニルがいると考えを膨らませる。


それからすぐのこと。血に染まりボロボロになりながらも、何かに覆いかぶさるベウニルを発見した。


「無事か! ベウニル!」


そばへと向かうと、すぐにベウニルが何に覆い被さっていたのかが明らかになった。


「子供たち!? それにユバ!!」


赤黒い傷が生々しい背を見せ、力なく横たわるベウニル。


その下には、縄で拘束され誘拐されていた子供たちの姿があった。


「そうか、お前が命懸けで守ってくれたんだな……」


ジュラフォードは屈み込んでベウニルの上体を胸元まで抱き寄せた。


「死ぬなよ……!」


右手を使い、メルマドゥナにしたのと同じように脈拍を確かめる。


「微かだが…… まだ生きている……!」


気絶こそしていても命に別状はない状態にホッと安堵のため息を漏らす。


その次にユバや子供たちの状態を一人一人確かめた。


拘束された子供たちはベウニル同様に気絶こそしていても、命を落としているということはなかった。


ユバの赤く滲んだ首元を見つめ、表情が曇るジュラフォード。


「ユバ…… ありがとうな…… 出来れば俺はお前の笑顔だけを見続けていたかった……」


しかし、サキュバス・インキュバスの超人的な急成長によって奪われた命はもう戻らない。


失った命と繋がった命──


その重みを噛み締めるとともに、ジュラフォードは自身に強い後悔の念が押し寄せていた。


最初から帝剣を使っていれば、未来は変わっていたかもしれないと。


だが、絶対の力には相応の代償が伴う。


そうと知っていたからこそ、ジュラフォードは使うことを最後まで躊躇い続けていた。


奇跡とも呼べるリリアフィルの力で、帝剣のもたらす痛みを鎮められた──


だがもしリリアフィルがいなかったら……。


いまのジュラフォードは、そう思わずにはいられなかった。


それは、聖戦と呼ばれたかつての戦いのあと、人知れず帝剣の反動で生死を彷徨ったからこそだった。





仲間たちの救出を終え、少々の時間が経過した頃。


ジュラフォードは、子供たちやベウニルを館のエントランスホールへと運び込んでいた。


そこには三階の広間から担いできたリリアフィルとメルマドゥナの姿もあった。


それと同時にひとつの問題も抱えていた。


魔法を扱えないジュラフォードは、ここから全員を村へと運ぶにはどうするかと途方に暮れていた。


やがて日は沈みつつ、心許ない月明りだけを頼りに帰路につかねばならない状況に差し迫っていた。


「ここでジッとしているわけにもいかん…… なにより早く治療はしてやらないと……」


負傷者の治療と、村への移動。


そのどれもがままならない状態は、魔法の使えないジュラフォードにとってどんな戦いよりも苦戦を強いられるものだった。


「メルマドゥナはもう魔力切れだからな……」


「すみません。メルマドゥナさんみたいに私も魔力を分け与えられると思ったんですけど…… できないみたいで……」


唯一、はっきりと会話をするだけの意識を保っているのは、ジュラフォードを除けばリリアフィルだけだった。


そのリリアフィルも万全とは言えず、赤く腫れあがった足が歩行を困難なものにさせていた。


頭を悩ませていると、静寂な館の中に人の気配が届いた。


「いまの、聞こえたか?」


「は、はい……! 馬の嘶きが!」


「あぁ、それだけじゃない。車輪がひずむ音もした! ……馬車だ!」


「耳が良いんですね。私そこまでは聞こえなかったですよ」


館の外へ出ると、音の出所を確かめるジュラフォード。


「あっちか……!」


耳を澄まし、馬車の駆ける音へと一度は意識を向けたものの、すぐさま館の内部へ振り向いた。


もうこれ以上、誰も犠牲にしたくはない。


ジュラフォードのその思いが、リリアフィルたちを置いて離れることを躊躇わせていた。


「行って下さいジュラフォード様! このままだと手遅れになるかもしれないんでしょ!?」


珍しく声を荒げたリリアフィルの言葉に、ジュラフォードはハッとさせられる。


「……すぐに戻る、必ず。」


その言葉を残すと、藁にもすがる思いでジュラフォードは辺りを駈ける馬車の元へと向かった。


しかし、気付けば外は〝魔〟が活気に満ちる、冷たい夜へと移ろいでいた──



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