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第19話 それぞれの戦い


「私はあなたの母親なんかじゃないわ!!」


脇目も振らないメルマドゥナの怒号が広間に響く。


すると、サキュバスはその反応をからかいながら逆撫でするようにさらに煽った。


「でも、私たちがこうしていられるのも貴方のおかげ。ねえ、インキュバス?」


「……ふん、くだらん挑発をするな。捨てたはずの過去だろ」


インキュバスもまた、サキュバスに酷似した本来の姿へと変容していたが、冷徹な内面の変化はなかった。


「やつらの母親とはどういうことだ?」


メルマドゥナの横顔を覗き込みながらジュラフォードが問う。


「話したいのは山々だけど、そうはいかないみたいね。ほら前を見てちょうだい」


そう言うとジュラフォードはスーっと視線を前に戻す。


再びサキュバスを視界に入れると、禍々しい姿はそのままに三体に分身していた。


「ジュラフォード……!! メルマドゥナ……!!」


「俺も手を貸そう。俺が片割れの剣士に仕掛けた催眠術も簡単に解かれた。やつは厄介だ」


すると、インキュバスとサキュバスはジュラフォードを目掛けて飛び掛かった。


咄嗟に対応するジュラフォードだったが、サキュバスの言葉が引っ掛かり、その動きは鈍っていた。


分身も含めた素早い同時攻撃により、ジュラフォードは羽交い締めを受ける。


なんとか受け身の体勢は取るものの、リリアフィルたちから引き離されてしまった。


「強靭な精神力を持つ貴方には直接型の幻術は効かない… でも空間型なら話は違うわよねぇ!」


分身の二体が両肩を押さえ、本体が正面から手首を掴む。


三方を封じられたジュラフォードは、力ではね除けようとするも、鋭利な爪を捩じ込まれた。


尖った爪は手首を貫通し、ポタポタと垂れる血で床は滲んでいった。


それでも眉ひとつ動かさぬ強靭な精神力を見せるジュラフォードにサキュバスの表情がひきつった。


すると、サキュバスの背後からメルマドゥナの荒立たしい声が届いた。


「いい加減にしなさいッ!!」


その言葉とともに、メルマドゥナはジュラフォードの援護射撃に入っていた。


様子を見ていたインキュバスが、メルマドゥナの魔法を防ぐシールドを張り巡らせる。


メルマドゥナの放った火焔弾はサキュバスへ届くことなく、シールドの前に掻き消された。


「くっ……! 魔力が足りない……! 本当ならこんなのどうってことないのにっ!」


既に半分以上の魔力をリリアフィルに分け与えていたメルマドゥナ。


そのせいで、本来の力を完全に出し切ることが出来ずにいた。


一方のサキュバスは、ジュラフォード相手に油断を見せず早々の決着を急いだ。


「貴方にだけ特別よ! 幻影結界包囲網ミラージュ・フィールドッ!!」



ブォォォォォォ───!!



サキュバスのコールとともに、ジュラフォードの四方八方を怪しげな光を放つ壁が覆っていく。


およそ一辺が二メートルほどの光の壁は、やがて頭上をも閉ざす。


もはやそれは壁よりも箱という言葉が相応しい程だった。


幻術結界包囲網に囚われたジュラフォードの視界は一瞬にして霧の世界に沈む。


もわもわと立ち込める霧が徐々にその体を包み込んでいく。


足先から頭のてっぺんまで包む煙霧は、次第に空間の奥行きさえ奪っていった。


感覚までも霧に飲まれ、本来は狭い空間だというのに、ジュラフォードはそこが無限に続く闇のように感じていた。


「クソっ……! リリアフィル! メルマドゥナ! ベウニル! 聞こえたら返事をしてくれ!」


霧の虚空を彷徨いながら叫ぶジュラフォード。


しかし、いくら名を呼んでも返ってくるのはどこまでも冷たい〝無〟だけだった。


ジュラフォードは、幻術の霧世界へと誘われてしまった。



──



インキュバスの妨害によって、空間幻術の発動を許してしまったメルマドゥナ。


三人の目の前には幻術に囚われ膝をつくジュラフォードの姿。


そして、まるで勝利宣言かの如く高笑いを見せつけるサキュバスの姿があった。


「そんな……! ジュラフォード様……!」


「さあて、とっとと始末しようかしらねぇ」


三体のサキュバスは同時にバサッと翼を広げると、もくもくと煙のような冷気が立ち込めた。


魔法によって生み出された冷気が無数の羽根を氷結させ、サキュバスはそれを超スピードで射出していく。


ビュゥンビュビュゥン!


咄嗟にメルマドゥナが手を前へ翳し、得意のバリアで氷結羽根弾を防ぐ。


「ぐっ……! まさかこんなに力が上がってるなんて……!」


手数で物を言わせる攻撃にメルマドゥナは思わず怯む。


一発一発の威力は大した程ではないものの、射出されるその数に圧倒され、じわじわと圧されていく。


「だ、大丈夫ですか!? 私が魔力を送れば……!」


「忘れたの!? そんなことをしてしまえば、貴方は死ぬかもしれないのよ!?」


リリアフィルはなにも言い返せず、いたたまれなさから思わず肩を窄めた。


依然として留まることを知らない無数の氷結羽根弾による連続攻撃が続く。


「くそっ……! こうなったら俺が囮に!」


ベウニルは得物を強く握り締めながらサキュバスを睨み付けて決意を口にする。


「正気!? いまバリアの外に出たら蜂の巣にされて終わりよ!」


メルマドゥナの貼ったバリアは次第に勢いを失くし、徐々に薄れていった。


余力のない残りの魔力量では連続攻撃を前にバリアを維持し続けることは出来ず、とうとうバリアは無惨にも破壊される。


「うぁぁぁぁぁあ!!!!」


バリアが砕けた衝撃も加わりメルマドゥナたちは勢いよく吹き飛ばされると、そのまま床に背中を打ち付けた。


勝利を確信したのか、サキュバスは分身の幻術を解くとメルマドゥナに向けていた視線をジュラフォードへ移す。


「勝負あったな。俺はこのガキどもを連れて先に行く。おまえはそいつを片付けろ」


インキュバスは壁に片手を向けると、魔法による発破で跡形もなく吹き飛ばした。


鈍い衝撃音が森の中で反響する。


外の森にはそれまで立ち込めていた煙霧も消え去っていた。


それを一目見ると、メルマドゥナはすぐに察する。


『なるほど、ジュラ様にかけた幻術はよっぽど魔力を消費するのね』



渇いた音を鳴らしながら翼を広げるインキュバス。


浮遊する捕縛した子供たちを連れ、館を離れようとした、そのとき──



ズギュゥンン!



インキュバスの翼をベウニルの暴風弾が掠めた。


「まだ…… 勝負は着いていないぞ!」


床に突き刺した剣に凭れながら立ち上がると、ベウニルはさらに暴風弾を撃ち込んだ。


「てめぇ…… どうやらブチ殺されたいらしいな」


「子供たちを離せ!」


剣を握り締め、ベウニルがインキュバスの方へ向かっていく。


自身を意に介さず目の前を横切るベウニルに憤りを見せるサキュバス。


「この私を素通りするなんて生意気じゃないの!!」


すると、サキュバスは片翼を広げて氷結羽根弾を発射する構えを取った。


「サキュバス!! 貴方の敵は私よ!!」


油断していたサキュバスに放たれたのは、氷結を融かすメルマドゥナの火焔弾だった。


バチバチと弾ける音を立てながらサキュバスの片翼が焼かれていく。


「メルマドゥナァァァァ!!!!」


瞬く間にベウニルへの意識は完全に消え、サキュバスはメルマドゥナへの敵意を剥き出しにした。


「リリちゃん、もしまた分身したらその時は眼の力を貸してちょうだい」


「はいっ、分かりました!」


「メルマドゥナァァァァア!!!!」


怒りに満ち満ちたサキュバスの表情は醜悪を極め、もはや魔獣と呼ぶに相応しい醜さとなっていた。


再び三体の分身を作り出すと、合わせて四つの翼から氷結羽根弾が放出された。


対するメルマドゥナとリリアフィルと、残す力の全てを振り絞り応戦する──



一方、インキュバスを引き留めることに成功したベウニルは、戦いの場を館の外にある庭へと移していた。


「ほう、マインドコントロールはもう通用しないか…… この短時間で驚くほどの成長だ」


一度はベウニルが操られるに至った念導波だったが、ジュラフォードの言葉によって弱さを乗り越えたベウニルに同じ手は通用しなかった。


「インキュバス、俺はおまえにひとつ聞いておきたいことがある」


「どうした? それが〝命乞いをすれば見逃してくれるか〟ってことなら答えはノーだ」


真剣な面持ちから放たれるベウニルの問いを、インキュバスは皮肉で返す。


「おまえらの目的はなんだ! なぜ罪のない子供たちを拐った!?」


「ハハハ!!! 何を聞くのかと思えば面白いことを訊ねるじゃないか」


インキュバスは腹を抱えながら高笑いをみせた。


「なにがおかしい!? なぜ拐ったのかと聞いているんだ!」


再び質問を繰り返すベウニル。しかしインキュバスはその問いに真摯に答えようとはしなかった。


「意味のない質問をするから笑えるんだよ! お前と俺は人間と魔獣だ! 所詮、分かり合えるはずなんてないだろ!?」


ベウニルが何も言い返せないでいると、インキュバスは硬質の爪を伸ばし始めた。


それを手頃の長さまで伸ばすと、体表から切り離し剣のように扱った。


剣に見立てた爪を構える。ベウニルを鋭い眼差しで捉えると、インキュバスは挑発した。


「お前が剣に覚えがあるなら、本物かどうか試してやる。どうせ殺されるなら本望だろ?」


手首をスナップさせながらブンブンと爪剣を振り回す。


剣士としてのプライドを傷つけられたベウニルは「ふざけるな!」と吼え、インキュバスへ斬りかかった。


硬質の爪剣と冷たい鋼鉄の剣が弾け合う。


インキュバスの一撃にしたり顔を浮かべながら躱すと、カウンターの突きを放つ。


「ジュラフォードさんより全然弱いな、お前…!」


すると、インキュバスは魔法により一時的に肉体の一部を硬質化させ、突き攻撃を凌いだ。


反動を食らったベウニルが体勢をよろめかせると、尻尾を巧みに操り背後から首を縛り付ける。


「うっっぐっっ……!!」


尻尾で縛り上げられたベウニルの足が地面から離れていく。


「誰が弱いって? えぇ!!」


必死に抵抗するベウニルは、空いた手で暴風弾を作りインキュバスの脇腹へと捩じ込んだ。


カスゥン……


肉体を再び硬質化させ、押し寄せる全ての暴風弾を封じ込める。


暴風弾を五発放ったところで、ついにベウニルの魔力が底を尽きた。


縛り付ける尻尾がさらに首に食い込むと、次第に力も奪われ構えていた手もだらりと垂れ下がる。


カン、カンカララララ……


ベウニルの得物が音を立てて地面へ転がる。


とうとう剣を握り締めていた手からも力が抜け、ベウニルは完全に窮地に陥った。


「ハハハ…… 安心しろ、この剣で体を真っ二つにして殺してやる……!」


「ううっ……!」


ベウニルの視界は暗闇に吸い込まれるように、徐々にフェードアウトしていった。


意識を失う最後の一瞬、その視界に映っていたのは、愉悦と狂気が入り交じった笑みを浮かべる悪魔の姿だった。



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